私は以前、閉鎖病棟に入院していたことがある。
閉鎖病棟への入院が決まった時、母は主治医に、
「この子は本当に手のかからない、いい子だったんです」
と言った。
当時の私はその言葉に何の疑問も抱かなかった。
当然である。
私も自分自身のことを「いい子」だと思い込んでいたのだ。
しかし、大人になってある一冊の本に出会い、
あぁ、私は『いい子になるしかなかったのだ』
と、気付かされることになる。
親の顔色を伺いながら、
逆らわず、問題を起こさない。
「いい子」になるしか、道はなかったのだ。
息苦しかった。
早く逃げ出したかった。
遠くへ行きたかった。
早く、自分の力で生きたかった。
念願叶って、私は今両親とはかなり離れた場所に暮らし、何かと理由をつけては会う機会を減らしている。
姉は電車で1時間ほどの距離に住んでいるが、もう8年ほど会っていないし連絡も取っていない。
このまま一生会わなくても後悔はしないだろうと思っている。
家族のことが嫌いなのではない。
苦手なのだ。
しかし、家族はみんな私に会いたがる。
だから、私は適度な距離を保ちつつ、両親とはそこそこうまくやっている。
逃げたところで、幼少期に歪んでしまった心は元には戻らないし、私はきっと一生薬を飲み続けるのだろうと思っているが、自由を手に入れられたのだから悪い人生ではない。
むしろ、ハッピーだ。
動物でも子供でも、「いい子だな」と思う時はどんな時か。
私は今小鳥と一緒に暮らしているが、その小鳥は、わがままですぐ怒るし私にベッタリ引っ付いていないと気が済まない寂しがりだ。
そういう鳥に育てたのはこの私だし、その全てが愛おしく感じる。
さて。
この子は、「いい子」だろうか。
「いい子」とは、何だろうか。
あなたにとっての「いい子」とは。