世界で一番美しい場所⑩+ (終)

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これは世界で一番美しい場所、ローフォーテン諸島(ノルウェー北西部)を私がヒッチハイクで旅して回った時の記録。

第0話はこちら


(前回のあらすじ)
バイキングミュージアムでつい長居してしまった。

帰路

走る。走る。走る。
 もっと早く走らないと、と心が焦れる。魔の手はすぐそこまで迫っていた。


背後に身の毛のよだつ音がする。

べちゃっ
べちゃっ
べちゃっ

そう。私はまたカモメに攻撃されていたのだ。
 …行きと同じ場所で。


遡ること6時間前。
 14時過ぎにバイキングミュージアムを出た私は地元の青年、そしてハーシュタに向かうマダムの車に乗せていただいて、道端で全く待つことなくスムーズにナルヴィクまでの帰路についていた。

途中小雨が降っていた時に聞いたのだが、ローフォーテンは8月が天気が良くてベストシーズンで私がいた6月は天気が悪いのだとか。ちなみに9月になるともう寒く、暗くなり始めるからその意味でも8月がベストとのこと。
「8月にまたおいで。」
と青年は私にウインクしながら言った。

ハーシュタ方面とナルヴィク方面との分岐になるTjeldsund 大橋に到着したのは17時を過ぎた頃。行きの時は冷たい小雨が降る中歩いて渡ったものだが(ブログ第③回のエピソード参照)、今は雨の晴れ間といった感じで日が差していて暑いくらい。
 行きの時と同じくらい車は捕まらないものの、行きの頃の絶望感よりも気が楽だったのは私が少し成長したからだろうか。

大橋で待つこと1時間、目の前をオーからナルヴィクに向かう300番のバスが通り過ぎる。これが行きの時で、Tjeldsund 大橋からローフォーテン方面に向かうバスであったなら「乗ろう」と思っていたかもしれない。
 でも、もう今の私はそのバスに乗りたいとは思わなかった。どうイメージしてもヒッチハイク以外でナルヴィクに帰り着く未来が思い浮かばない。

そして。
 待つ場所を変えつつ待つこと1時間半。1台の大型トラックにビェルクビク(Bjerkvik)まで送っていただいたところで、私は冒頭のうんち攻撃(3日ぶり2回目)に見舞われたのだった。あいにく行きの時と違い、ナルヴィク方面の車線は海側。道とガードレールとの間のスペースはほとんどなく、またどこまで進んでも街灯の上にはカモメが侵入者である私を警戒して待ち構えている。


巡る恩返し

そこでカモメに襲われるのが2度目の私は、カモメと戦うことにした。彼らに勝たなければヒッチハイクどころではない。ナルヴィクまで33km。ここが正念場だった。

私の作戦はこうだ。
 まず、カモメがうんちを出し切るまでうんちを避ける。カモメ1匹が守るテリトリーは街灯1本とその周辺2、3メートル。つまり、ヒッチハイクに必要なスペースを得るには最低1匹のカモメに攻撃されなければいい。

うんちを出し切ったカモメは、私に向かって突っ込んでくる。そこでカモメがぶつかってくる時にカモメの頭に向けて小さいサブのバックパックを突き出すjことで、カモメをびっくりさせる。こうすると「攻撃するのは危ない」とカモメに思わせることができる、、はず。
 びっくりしたカモメは私に直接的な攻撃ができなくなるため、その隙にヒッチハイクするという作戦だ。

果たして私の作戦はうまくいった。
 カモメはエオー!という声こそ止めないものの、直接攻撃してくることは無くなったのだ。カモメには悪いが、これは生存競争。負けないものが生き残るというのが自然界のルールなのだ。

20時。カモメとの争いに勝った頃、雨が降り出した。
 雨が強まるにつれてカモメも大人しくなっていく。私は防寒ジャケットを着込んでヒッチハイクを続けた。しかし雨はいよいよ強さを増し、濡れ鼠な私を拾う車はない。カモメとの格闘で汗ばんだ身体が骨の髄まで冷えていく。
 無心でヒッチハイクを続けながら、
「白夜でも分厚い雨雲が覆うと空が暗くなるんだなあ」
と私は空を見上げて思った。


20時59分。もう今日中にナルヴィクに帰ることを諦めかけた時、おじいちゃんが運転する車が目の前で止まるのを私の両眼が捉えた。
 道を行き交う車はまばらになって久しい。なので、そこに車があるのが見間違えではないかと思った私は自分の目を擦った。

それは現実だった。

全身で感謝を伝えつつ、身体から雨粒を払って車の助手席に乗せていただく。


おじいちゃんはミュンヘン出身のドイツ人だった。
 今年で72歳になるそうで、昨年リタイアしてからデンマークからフィンランドへ船でわたり、北上してノルウェー最北端に行ってからナルヴィクに向かうところだったとか。
 聞く話によると、彼自身17歳だった頃にヒッチハイク旅をしていて、雨に降られて寒くて凍えた経験があったそうだ。

「誰かに助けられたら、同じことを誰かにしてあげなさい。」

そうやって受けた恩を次の誰かにバトンタッチして巡らせていくことが人生ですべきことで、それが一番の恩返しなのだと。


私はおじいちゃんの話を聞きながら、「頑張ろう。」と心の中で静かに思った。
 自分が生活できるだけでは足りない。受けた恩を巡らせるためには、誰かの助けになれる自分でいたいと思った。それには何かしらのスキルがあることや、金銭的体力的な自立も必要だろう。このヒッチハイク旅だけ見ても、受けた恩と同じことを誰かにしてあげるには今の貧乏バックパッカー旅をしている自分では未熟すぎる。強くなりたい。
 ヒッチハイカーとして「誰かのお世話になっている自分」がすごく悔しかった。


21時31分、ナルヴィク駅に到着。お礼とお別れの後、おじいちゃんの車は曲がり角に吸い込まれるように消えていった。

雨はもう止んでいて、乾き始めた道路がまだら模様になっている。

私は私の帰りを待っていてくれるホームステイ先への道を歩きながら、おじいちゃんの話を思い返していた。

(終)
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