ココにアルモノ ~このお話はフィクションです?~

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ピリピリっ

また近づいてきた。


ずしっ

今日もか。

ゆっくりと暗くなる視界。
頭の芯に響き渡る、恐怖のサイレン。

肩口から始まった、沼に沈むような感覚は、
指先まで到達し、苦痛に変わる。

わたしは何と戦っているんだろう。

「痛いっ、痛っ、っ、、、、、、」

声にならないほどの痛みに到達したとき、
意識は遠くなった。




「おはよー!お母さん!」

元気な声に、目がぱっちり開く。
ピピッ。

ベッドに、がばっと飛び込んでくる息子。

手で受け止めようとするが、
キャッチできずに顔面同士がゲキトツ。

目に涙を浮かべながらも、
大笑い。

こんなに朝って、幸せだったっけ。

キッチンでは、
旦那が朝飯を作成中。

「いただきます!」

キレイに半熟で焼かれた目玉焼きに、
カリッカリのベーコン。

早く食べたいのに、
上手く口に運べない。

目玉焼きを、
ツルっと逃がしてしまう私をみて、
息子は爆笑。
旦那は苦笑い。


久しぶりに仕事でもしようかな。。。

PCの電源を入れ、
イラストレーターを立ち上げようとする私に、
あわてて声をかける旦那。

「大丈夫?できるかな?」

むむっ。
「何をおっしゃっているのかな?」
「私は、イラストコンテスト20○1で入賞した腕前ですが。」


旦那にミエをきった後、
少しだけ悪寒がした。

こんなことが前にもあった。
その時はとても嫌な思いをした。


今は、旦那が後ろから支えてくれるし、
スムーズに線が描ける。


午前中、ずっと付き合ってくれた旦那は、
お昼寝モードに突入。

となりで大股を開いて寝ている息子を見て、
苦笑。

笑うって、こんなに、気持ちいいんだな。

そう思いながら、「川」の字をつくった。



相変わらずご飯をこぼしながら食べるわたしに、
息子は爆笑し、
お風呂ではウトウト。

夕方は怖い時間だったような気がした。
夜は恐怖にあふれていたような気がした。


何故かわからないが、今日は、大丈夫だ。

特に、何もないけど、素晴らしい一日だった。



そう思ったら、涙が止まらなかった。


心配そうにのぞき込む旦那。
「あまり、効果はなかったか?」

「そんなことないよっ。ただ、うれしいだけっ。。っ。」

言葉につまる。



この「ゴーグル」はすごい。





わたしには手が無い。

正確にいうと、無くなった。

ちょうど一年前。
息子を迎えに出たわたし。

向こうから走ってくる息子を、受け止める構え。
大げさに手を出すわたし。

落ちてくる看板。

息子の目は、後ろから見ていた保母さんに隠された。


右上腕近位端切断・左前腕遠位端切断

これがわたしの手の現在。

右手は肩口から下は無し。
左手は手首の手前で無くなった。

義手というものを装着し、何とか生活を継続。

でも、悪魔が待っていた。

「幻肢痛」

無いはずの手が、痛む。

地獄の苦しみ。
そこに出来ないことへの苛立ちがループし、
おかしくなる寸前だった。

出来ないことがあると、痛みは増すものだ。


この地獄の苦しみから、わたしを救い出した「ゴーグル」。

これを着けると、「手」がみえるのだ。
本当に生々しい、「手」があるように見せてくれる。


そして、奇蹟が起きる。
無いのに痛んでいた「手」は、
かりそめのものだとしても、
徐々に、
感覚と統合され、
痛みは納得していったのか、
薄れていった。

最新の治療によって、
わたしの幸せは、復活した。

幻肢痛を克服したわたしは、
以前よりはるかに義手を使えるようになり、

息子と顔面をぶつけることもなくなった。

箸を使って笑われることもなくなった。

できるようになって、痛みとはおさらばした。


旦那の苦笑は、素敵な笑顔に戻った。


廊下を走ってくる息子の足音。
朝日が目に入り、
自然に口角があがる。



「おかあさんっ!おはよーっ!」

わたしは、「手」をのばし、
息子を受け止める構えをとった。



*このお話はフィクションです?

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