和裁士の立つ瀬

記事
美容・ファッション
 着物の着方の動画で、どんな寸法でも、ほぼ着ちゃうよ! っていうのがあって、へ―って思いながら見た。
 着付けの仕方はともかく、コートの格を、「1道行! 2道中着! 3羽織!」って力説してて、はあ。と思った。
 どこで聞いてきたんだろう。まあ、某知恵袋でも、道中着を、「道行です」って回答してるし、うーん、って、考える。これを、わざわざ訂正するまでもない、と、高をくくっている時期は終わったのだ。もはや、コート=道行が浸透してしまっている。
 知らぬから知らぬで仕方がないと、諦めているからこの状態になってしまったのだ。

 とはいうものの。
 その動画からリンクをたどったら、とある和裁士のブログにたどり着いた。男性の和裁士で、1級技能士、とあったが、2級取得の記載しかない。まあ、1級とった時期を忘れたのかもしれないし、打ち込みを「1」とするところを「2」と間違えたのかもしれない。
 なぜなら、彼は、とても丁寧なお仕事をするらしく、身丈は5mm、そのほかは2mmの誤差しか許さないこだわりぶりをおっしゃっていたから。そんなに丁寧にする人が、数字を間違えるわけはないのだ。が、人間、うっかりというのはどこでもあるし……ん? すごい、矛盾してね?
 まあ、いいか。
 そんな風に、彼は、細部までこだわる仕立てをするのに、何でも着てもらっては、和裁士の立つ瀬がない。と、嘆いていらっしゃるのだ。うん。

……え?

 和裁では、メートル法ではなく、尺貫法を使う。主に鯨尺だが、曲尺を使うところもある。鯨=曲尺×0.8である。鯨8寸=曲1尺。鯨1分=4mm強。
 つまり、身丈は1分、その他は5厘の誤差しか許さない。とおっしゃるわけです。
 すごいね。その他の5厘は、まあ、ね。寸法表が存在する限り、その寸法は優先されるべきです。が、じゃあ、1分、身幅が違ったからと言ってそれがどうにかなるかというと、前述、着付け先生が登場するわけです。つまり、どうにもならない。逆に言うと、どうにでもなる。着付けで。

 浴衣を原理主義的に語る方に、過去にとらわれて自由度を失うのはどうなの、って話をするけど、まさに、その話で、寸法表にガッチガチにとらわれて、じゃあ、身丈、5mm違ったら着られないの? って話になるわけです。
 女物のいわゆる長着は、おはしよりを取るので、なんだったら10cm短い身丈でも、腰ひもの位置如何で、如何様にも着られるわけです。
 その最たるものが、身丈の出し方で、基本は背から身丈=身長です。個人的には身長ー1寸ぐらいが着やすいと思うけど、肩から身長+1寸が主流。で、この、「肩から」「+1寸」が曲者で、これを計算すると、つまり、背からの身丈で=身長なのです。

 昨今の寸法の決め方は、ネット頼りです。ネットで、身長、ヒップ、裄の長さを入れると、ぱっと、寸法が出てくる便利仕様です。それが絶対であり、必須になっているのです。
 だから、何も知らない人でも対応でき、だからこそ、全国チェーンの呉服屋ではない「着物屋」さんが台頭出来るのです。

 例えば、ヒップの寸法95cmから、後8寸、前6寸5分が標準だけど、これが98cmぐらいになると、後8寸1分、前6寸6分とかの指示が来るわけです。後ろ幅、8寸と8寸1分の、1分の違いの意味は?
 後ろ幅は、お尻の大小だし、前幅は、下腹が出てるかどうか。多少太ったからって、お尻が大きくなるとは限らないし、むしろ、太ったら、まず、下腹の肉がつくのが通常じゃなかろうか。だから、寸法を決めるときは、まず、後8寸で固定。前幅が7寸を越えたら、後は8寸2分から。1分は誤差の範囲。
 むやみに後ろ幅を広げると、脇線がどんどん前に回ってきて、下前がぐるんと後ろ側に回ってしまう。もちろん、着付けの時に折り返して裾裁きをよくするのだけど、すると、上前も、脇線が前に回ってきているので、あまり見た目がよろしくない。

 やっぱり、身幅の寸法の決め方は、着用者ご本人にあってみて、大体の体型を確認したほうが、後8寸にするか、8寸2分にするか、あるいは、前幅を7寸で抱き幅で2分詰めるか、6寸8分で抱き幅を通しにするか、が、変わってくると思うのです。そういう意味で、直接お客様と話す呉服屋さん、及び、店員さんの経験に基づいた知識量というのは重要になってくるのです。

 むやみやたらに、寸法表がそうだからって、ミリ単位で揃えなければならないことはない。と思うのです。ただ、裄や袖丈など、お襦袢や羽織がかかわってくる寸法は、出来るだけ正確に仕上げたほうが無難ではあります。

 だからさ。
 和裁士と着付けの先生が仲が悪いといわれる所以はそこら辺にあるのです。和裁士は、自分たちの技術に誇りを持っているので、お誂えされるご本人様にとって、着易い着物とは! を追求するし、着付けの先生は、どんな寸法の着物でも工夫次第でいかように着られるような技術を追求するのです。

 どこに価値観を置くかの話になるので、立つ瀬の問題では、ないと、思うんです。着付けの先生は着付けの先生の視点で着物を語るし、和裁士は和裁の観点で着物を見ます。
 ただ、これだけは言えるのは、自分の体型にあった着物は、本当に着易いし、着崩れがしにくいです。着慣れるまでは、自分の体型にあったものを纏うと、快適であるのは確かのようです。
 何事も、初心者のうちは、基本に忠実にいった方が、変な癖がつかなくていいんじゃないかな。

 ワタクシ視点の個人的な考え方です。着付けの先生には、また、別の理由がおありになると思いますので、ちょっと聞いてみたいですね。
(令和5年3月)
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す