【短編小説】ヴァーチャルかぐや姫

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 宮殿と見紛うばかりのお屋敷に、五人の男たちが訪れた。

 屋敷の主の名は、カグヤ姫。
 竹のうちより生まれ出でたと伝えられる、美姫である。

 屋敷の中、庭が見える広間にて。
 カグヤ姫の前に五人の男たちは並ぶ。
 男たちとはすなわち石作皇子、車持皇子、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂足。いずれ劣らぬ凄腕のモデラ―である。

 彼らはこのヴァーチャル世界において、路傍の石一つから、高山の頂に建つ宮殿まで、ありとあらゆるものをモデリングしてきた。何を隠そう、ここ、カグヤの屋敷をモデリングしたのも彼らであった。
 彼らは屋敷のモデリングにおいて、カグヤ姫と接し、その腕を褒められるうちに、いつの間にかカグヤ姫に懸想するに至ったのだ。

 それぞれが言葉を紡ぐ。
 言葉の細部は違えども、言っていることは同じだ。「自分と結婚してくれと」。

 それに答えてのかぐや姫の返答は「私の言う宝を持って来てください」であった。

 石作皇子には『仏の御石の鉢』。
 車持皇子には『蓬莱の玉の枝』。
 右大臣阿倍御主人には『火鼠の皮衣』。
 大納言大伴御行には『龍の首の玉』。
 中納言石上麻呂足には『燕の子安貝』。

 彼らは求婚に相応しい品を作るべく、その場で猛然とモデリングを始める。

 日の光が落ちる頃、男たちのモデリングは完成した。
 カグヤ姫は食んでいたポテチをそっと仕舞うと、男たちの前に座り直す。

 石作皇子が持つのは『仏の御石の鉢』。
 シャカの悟りを祝い、四天王が奉った石の鉢。ただし、シャカだけしか持つことは叶わなかった。
 持てなかったものをどうやって四天王はプレゼント出来たのか。

 車持皇子が持つのは『蓬莱の玉の枝』。
 三神山の一つ、蓬莱山より取り寄せた根が銀、茎が金、実が真珠の木の枝。
 木で出来ていないのに木の枝とはこれいかに。

 右大臣阿倍御主人が持つのは『火鼠の皮衣』。
 火鼠。その毛をとり、織って布とした火をもってして焼けない皮衣。
 金属繊維ですねわかります。

 大納言大伴御行が持つのは『龍の首の玉』。
 九重の淵にいる|驪竜《リリョウ》の|頷《あご》の下にある玉。
 玉といえば聞こえはいいが、イボでは?

 中納言石上麻呂足が持つのは『燕の子安貝』。
 燕の巣にあった子安貝。燕が生んだ貝とも言われ、目を治す霊薬とも、安産の象徴とも言われる。
 実際に燕の巣の下に貝が落ちていることがあり、ヒナへのカルシウム補給のための食材ではないかという説がある。産んだというかフン?

 五つの宝を受け取ったカグヤ姫は「確認を致しましょう」と庭に出る。

 暗い庭にカグヤ姫が一人出る。
 雲の切れ間から満月がその姿を現す。
 満月の光に照らされて、羽衣が輝き出す。
 この世のものとも思えない幻想的な光景の中、カグヤ姫は五つの宝を抱えたまま、身を沈める。

 もしや姫の身になにか。
 そう男たちが庭に身を乗り出したその瞬間。
 カグヤ姫は跳ねた。

 大きく跳ねて、空中でもう一度跳ねる。もう一度、もう一度。
 空気を足場にしたかのような見事な跳躍は、あっという間にカグヤ姫を空の彼方に運び去る。脱兎のごとく。
 月が再び雲に隠れる頃、カグヤ姫の姿はどこにもなかった。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……持ち逃げ?」

 真っ暗な庭、月は見えない。


「ふっざけんなよ!」

 男たちが再起動したのは夜半も回った頃。
 それまでは「確認するって言ってたじゃん」「用事が出来たとか」「トイレかも」と言っていた男たちだったが、何時間経っても戻って来ないことで不信感は高まっていった。そして決定的だったのは、フレンド登録が解消されていたのだ。それを確認し、男たちはやっと現実を認め始めた。

 我に返った男たちの行動は早かった。
 一時はカグヤ姫愛おしさにサークル崩壊寸前ではあったものの、協力してカグヤ姫の屋敷をモデリング出来る程度には仲が良かったのだ。
 そして男たちは協力し、一体のモデリングを完成させた。

 『海賊版カグヤ姫(R18)』

 つい数時間前までこの屋敷にいたカグヤ姫。その顔、体形、衣服までそっくり模倣した女性モデルである。しかも脱衣可能なR18モデルであった。
 男たちは夜明けまでかけてモデルを作り上げると、一体づつ持ち帰り嫁にしたそうな。

 めでたしめでたし。

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