”父の背~潮風の記憶~” オリジナルショートストーリー2

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鼻先を微かな潮風がくすぐっていった。
8月も終わりに近づく買い物帰りの夕刻に、海辺のこの静かな町を駆ける風は、残り僅かの夏休みを噛締めた様な子どもたちの、キャッキャと遊びまわる声を私の耳に届け、海岸からそう遠くない商店街に軒を連ねる色々の店先から売れ残った野菜や魚介や惣菜などの残り香を潮の香で包んで私の鼻に届ける。

私はふと、目の前に我が少女時代の晩夏の風景を見た。風景といっても、あらゆる記憶が断片的に甦り、まるでアルバムから零れ落ちた写真を拾って並べたようなものであったが。
鼻という器官は人間の体の中で最も記憶力が良いのではないだろうかと思うことがある。私の脳細胞の奥底に眠る記憶の欠片が嗅覚によってこのように呼び起こされることがよくあるのだ。私の夏の記憶はラムネ色の空と深緑の海、蝉時雨に潮の香、蚊取り線香と壊れて嫌な呻き声をあげる扇風機、そして父の背中だ。

父は夏が終わりに近づくと決まって私の前にでんと座り、シャツを脱ぎ背中を向けて、くぐもった声で
「皮、剥いてくれ」
と言うのだった。日に焼けた父の背は所々の皮膚が既に剥け始めていて、子どもの私の目には古びた世界地図のように見えた。剥げかけた皮膚の端を指先で軽くつまみ、慎重に引っ張ると金箔よりも薄いややくすみ気味の黄金色の皮膚の死骸が取れる。なにしろ金箔よりも薄いのだから、この作業には大変な集中力と根気を要した。幼い私にはその死骸がいかにも不思議で稀有なものに感じられ、なるべく途切れることなく綺麗に剥けるよう、躍起になって父の背に向かった。剥いた皮膚は毎年大切に保管していたが、次の年にはいつの間にか行方不明になるのだった。きっと
「そんなもの取っておいてどうするの」
と毎度呆れ顔で零していた母が年末の大掃除の際に処分していたに違いない。
私も年末になれば数ヶ月前の宝を気にも留めなくなる年齢だったのだ。

父の背の皮膚を剥いていた頃を思い出し、買い物袋を両手に引っ提げたまま感慨に耽っていると、晩夏という限られた季節を越えて父の背の記憶が甦ってきた。

休日に遠出して遊びに行くと帰途には必ず眠りこんでしまう私を背負う父の背。
家に近づくと何故か自然と目が覚め、負ぶさった父の背中の厚みと仄かな体温を感じて潮風に運ばれた商店街の残り香を鼻の奥に感じながら再び目を閉じたものだ。

風呂場で流した父の背。
どういうわけか冬にはよく一緒に風呂に入った。他の季節に入った覚えはないのだが、いや、もしかすると冬の寒さと浴槽に張られた湯の熱さのコントラストの強烈さゆえに冬の印象があまりにも強いだけかも知れない。熱い湯に足を入れるとつま先のあたりがじりじり痺れたことを思い出す。
父はいつも浴槽に身体を縮めながら入り、全身つかった後に
「かーっ」
という声と伴に息を吐き出していた。全身の体毛を逆立てるような痺れのせいで息を止めていたのだろう。私もよく真似をして二人で
「かーっ」
「かーっ」
とやりあったものだ。

競馬新聞を熱心に読む父の背。
休日になると父は決まって競馬場へ出掛けていった。釣りもゴルフも煙草もやらぬ父の、数少ない楽しみであり、母も文句を言いつつその口調には今ひとつ覇気が無かった。父は時折私を競馬場へ連れて行ってくれた。片手に煙草をかまえ、片手に馬券を握り締めた壮年期の男たちのヤニ臭さに揉まれて見た馬達は、青空の下でたてがみを風になびかせ、やけに眩しく輝いていた。
そんな馬達を見たい私は、食い入るように競馬新聞を覗き込む父の背中にのしかかり、次はいつ競馬場へ連れて行ってくれるのかしきりに尋ねた。そんな時の父は少し煩わしそうにしながらも、どことなく嬉しそうに見えた。

みじみじと日本酒をすする父の背。
父は毎夜晩酌した。父が飲む酒は決まって日本酒だった。洋酒のようなハイカラなものは一切口にしなかったし、焼酎や泡盛も飲まなかった。母は酒を飲まない人であったため、父はいつも一人で手酌しつつ、ちびりちびりと日本酒を舐めていたものだった。酒を飲んでも陽気になるでもない、酒乱になるでもない、目尻だけが少しだけ赤く染まり、眠気が差すのかもぞもぞと布団を敷いて寝てしまう。掛け布団もかけずに横を向いて丸まったような格好で眠る父の背中からはほんの僅かに日本酒の香が漂ってくるような気がして、未知の飲み物に対する漠然とした好奇心をもって私はその背中を凝視した。

私がつい数年前に結婚することを告げた時も、父は日本酒を飲んでいた。
「そうか」
と背を向けたまま一言だけ返事をし、その後に何も言葉が続かないので部屋を出ようとしたら、呼び止められた。振り向くと父はこちらに顔を向け
「相手の奴は、酒、飲むか」
とだけ聞いた。父も、娘の夫と酒を酌み交わしたいと思うのだろうか。意外な質問にとっさの答えが口まで辿り着かず、喉の奥で妙な音を発し、ぎこちなく頷くことしかできなかったが、父は大して興味もないように
「そうか」
とつい先程口にした台詞を繰り返し、再び背中を見せて酒を手酌した。

その時に見た父の背中の小さかったことに、我ながら驚いた。
成長と共に目に映る世界がだんだんと小さくなっていくものである。
負われた時に感じた父の背の広さ、競馬に連れていけとせがんだ時にまとわりついた父の背の厚さ、父の背に見た大きな世界地図。幼い私にとって父の背中は、それそのものが父であったのだ。包容力があり、無口な優しさがあり、温もりがあった。大学を出て就職し、結婚することになり、親離れをして独り立ちする私にはこうも父の背が小さく見えるものか。私はなんとも言えない気持ちで父を残して部屋を出た。

そんなこともあった、と次々と湧き出る記憶を懐かしく思いながら夫の待つアパートへ足を速める。右手に野菜や肉の入ったビニル袋、左手には父の好きな日本酒の入ったビニル袋を提げて。父の好きな日本酒は私が生まれて初めて口にした酒であり、偶然夫の好きな銘柄でもあった。私たちはその酒を好んで飲む。夏といえばビールであるかも知れないが、私たちは季節を問わずに月に一度は父の飲んでいた酒を飲む。

「今日は日本酒か」
夫が嬉しそうに目尻を下げる。近頃はビール続きだったため飽きてきた頃なのだろう。私はガラスでできた涼しげな猪口に酒を注ぐ。二人で乾杯もせずに口をつける。
「うまい」
夫は満足そうにそう言うと私の手製のつまみに箸をつけた。つまみを口に運び、酒を飲む夫の姿は父とは似ても似つかなかった。年齢の違い、服装の違い、猪口の違い…。椅子に座って晩酌する私たち。そこからして卓袱台に徳利と猪口を置き、背中を丸めてみじみじと手酌していた父とは大違いなのだ。
ふと目線を正面にやる。夫の顔が見える。

「あ」
思わず声がでた。

「お父さんと同じ」
夫の目尻に微かに朱が差していた。なんともいえない嬉しさがこみ上げた。父を彷彿とさせる目尻だった。父の記憶は背にあり、と決め込んでいたが、人間の記憶能力とは、嗅覚といい視覚といい、実に興味深い。

今度父と一緒に酒を飲もう。夫も交えて。つまみを作り、手酌などさせず、晩夏の話や競馬の話でも交わしながら。鈴虫の声が秋の予鈴のように鳴り響く、26歳の晩夏の一夜にそんな事を思ったのであった。

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