私の心に映るA君 20歳

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コラム
A君
「死にたいと思ったことって、ありますか?

 俺、昔オーバードーズしたことあるんすよ。辛い時期があって、、、。それで、周りにそのこと話したら、『お前アタマ大丈夫か?』って、、、冷たくかき消されて。そんなこと言われたもんだから、自分はなんか腹が立って、、、信用してたやつだったから、、、その友達とはもうつるんでないんす。でも、あ、これが世間の感覚なんだなって思って、そっからオーバードーズのことは誰にも話してないんすよね。 

 高校の頃、ジャーナリストになりたいと思って、それで大学に行くことにしたんすよ。メディアのこととか勉強するために。そんで頑張って受験勉強したんすけど、結局志望校には受からなくて。でもどうしても大学で勉強したくて、親に頼んで、浪人させてくれないかって、頼んだんすよ。そしたら、いいよって言ってくれて。高校卒業後の1年間は予備校に通わせてくれることになったんす。俺もここで腰据えて勉強しようってなって。

 それからは、ほぼ毎日予備校に通い詰めて、勉強の毎日。高校時代の友達が、大学行って楽しそうにしてるのを思ったら、なんか羨ましいというか、やるせないというか、自分何やってんだろ、って何回も思いましたね。

 ただ、自分で決めたことだし、親にも感謝してたから、ずっと予備校に通って勉強してました。でも、毎日ただただ机に向かって勉強してても、集中できなくて。成績もほとんど伸びなかったんすよ。

 頑張っても、成績が伸びないし、自信がなくなって、友達と話すのも避けるようになったんす。だんだん気持ちが沈んじゃって。風呂に入る頻度も減って、服装にも気も使わなくなって。親ともあんまり口を利かなくなったんすよ。

 その頃は、ほんと自分でもおかしいなって思いますけど、予備校のクラスのみんなが、自分を変な眼で見てる、って勝手に思い込んでて。周りで何か話をしてる人を見たら、また自分の悪口言ってるって勝手に決め込んで、いきなり怒鳴ったこともありました。キチガイですよね?でも実際そんなんだったんす。
もうなんか、生きてても仕方ないな、ってところまでいっちゃって、じゃあもう死のうかなって思うようになったんす。

 死のうと決めた日は晴れてましたね。家にあった、何て名前かは覚えてないですけど、とりあえず薬を瓶ごと、あと家にあったウォッカをこそっと持ち出して公園に行ったんすよ。ああ、俺はここで死ぬんだなって思ったの覚えてます。でも、それもぼんやりと思ったくらいで。その頃の自分は抜け殻みたいに生きる気力もなかったんで。とりあえず、薬を片手一杯分、口に放り込んで、ウォッカで一気に流し込みましたね。のどがやたら熱かったです。まあしばらくベンチに座ったままだったんすけど、何も起こらなくて。

 それから、近くのコンビニに行ったんすよ、確か煙草を買いに行ったんだと思います。レジでお金を払って、たばこもらって、、、そこからの記憶がないんす。そのまま倒れたんでしょうね。目開けた時は病院にいました。

 、、、ひどい頭痛で目が覚めました、自分はベッドの上で寝てて、横に、お母さんとお父さんが、悲しそうな顔して、じっとこっちを見てたんすよ。とにかく悲しそうな顔でしたね。でも、その時、あ、自分生きてるんだな、って思いました。あとで病院の先生が言うには、死んでも全然おかしくなかったって。

 ほんとうに親には申し訳ないなって思いました。申し訳ないと思いながらも、生きる気力はやっぱりあんまりなかったんす。もともと生気が弱いんだと思うんすよ自分って。それはそうと、そのあと、親に言われたんすよ、自分の視野は狭いって。考えたら、大学受験につまずいたくらいで、人生終わらせようとするのっておかしいですよね。自分には受験しかないと思い込んでたから。それに行き詰って、出口が見つけられなくて、死のうと思ったわけで。でも人生ってそれだけじゃないし、、、。

 で、もっと世界を見ようと思ったんすよ。生きる原動力が今は弱ってますけど、それでも、一歩踏み出して、世界を見て、自分の視野広げたかったんすよ、それで僕こうやってオーストラリアに来たんす。なんていうか、僕の1回目の人生は、もうコンビニのレジの前で終わってるんすよ。これからは2回目の人生って感じすね。とりあえず、世界を見て歩きたいです。」

Aのそんな話を聞いてから、2年ほどたった。

 FacebookでAの映った写真がタグ付けで投稿されていた。場所はスペイン。
そこはかなり大きな広場。Aの後ろには、大きな教会なのか、塔なのか、城なのか、自分はよく分からないけど、とにかく縦にも横にも大きいレンガ造りの建物が立っていた。Aはニット帽に、服はつやつやした青のマウンテンパーカー姿。デカいバックパックを背負っていた。ニット帽からは、長く伸びた髪の毛がくるりんとアゴの下に垂れていた。

 Aの隣には4人、同じような身なり、格好の欧米人(?)が映っていた。みんな睦まじそうに肩を組んでいた。Aも含め、それぞれ旅先で出会ったのだろう。

 異国で出会う旅人たちがおりなす喜びとか興奮とか、そういう情緒のたくさん詰まった写真だった。じっくり見ていると、みんなの笑い声が漏れてきそうな気がしなくもなかった。それにしても、5人とも素敵な笑顔だった。

 特にAは真っ白な出っ歯をむき出しにして、三日月を寝かしたような、幸せそうな目で笑っていた。

 私はただただ、あの時Aが死ななくて良かったな、って思った。

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