仕事を断れることはそのサービスの価値が明確ということ

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ビジネス・マーケティング
最近いくつか相談があってそこで面白いことに明確にやるやらないが判断されたという話です。

4つほどあった仕事は粒度もバラバラですが

1つはご相談ということで検討した結果お役に立てないか、力不足ということでお断りしました。多分無理して受けることはできるのですが、その後、つまり納品してアウトプットしたところでお客さんが喜ぶ絵が作れないだろうなと思ったからです。絵とは比喩であって、絵を送るのでなく。

別の1つはリピート頂いたもので、またやってみたいし、やれるのでぜひということで受けました。

他の1つは、いつも頂いている仕事なのでどんどん追加してもらってもスケジュールの許す限りOKで受けています。

さらに他の1つは、一度仕事した方なのですが、とはいえわりとフィーよりも、こちらの理解やいわゆる学習感が強いところでやっているものがあります。とはいえお金は頂くので手を抜くとかはないのですが、そういうところもあって、わがままでやると。そうでないなら強気となるのですが受けないと。フィーが高いわけではないのでというところで。

こうやって4つを並べると粒度はバラバラなのもありますが、それぞれ受ける受けないラインは線引きがあってここからは受ける受けないがはっきりあるか?というとそうでもないんですよね。

どちらかといえば、関係性とか、雰囲気とかがあります。それだけではないですが、この人ならやってみたいとか思えるならやると。これ完全に主観だし、関係性ありきです。逆に「そういうことを言われるならお金を増やしてもやりたくない」とかもあるわけです。フリーランスだとこういう仕事判断をわりかしやっていくことが「苦ではない」くらいでないと、一人では大変な気がしますよね。

断れるということは、なんでも受けないということ

話を少し戻して、断った仕事もあります。明らかにでもないですが、まあ相談の内容を考えると自分では無理かなというのが第一感というところです。まあ理由もいくつかはありました。

そういうところで断ったことで、明確になることがあります。
それは何でも受けないということですね。

依頼されると嬉しい=頼られる=だからなんでも受ける。全然アリだと思いますし、頼まれたら基本やるという前提を否定するものではないです。ただ、何でも受けるかどうかというとそれはないだろうなと。なんにせよ、何かそこで解釈をしてどう判断してやるか。またはやらないかを考えないといけないってことですね。それをせず出来るとは僕は思わないので。

断ることで、その仕事はそういうお客さんが望むことは対応できないだろうなということが明確になります。逆にいえば、そうでないなら受けられるというか。そうやってクリアになっていく。サービスや提供する自分の仕事の価値が明らかになっていく瞬間ってこういうことかなと思います。

何度か書いていますが、わりと「なんでもやれる」っていいがちです。分かります(笑)でも「なんでもやれる」って何も残らないので、「これができる」というほうがいいわけですね。とはいえ、追い打ちをかけると「これができる」からそれで依頼が来るわけではない。技術があるから仕事があるとか、そういう供給が少ないならいけるんですが、少なくともそういうところにいないといけないと。そんなことですよね。

基準としては無理をしないこと

断るにフォーカスを当ててますが、断るって別にミスマッチでもあることもあるので、別にありえることなんですね。自然に無理かもなあーじゃあやめようかとなるというか。

無理をして頑張っちゃうと大体このあたりテンションがはってストレスになります。そこを無理せずできるくらいのことでないと、つまり自分が色々勝手に学んでしまうような興味関心の方が楽に決まっているんですね。もちろん、依頼があるからやるというプレッシャーを刺激にする人もいるので、ここはやり方次第だとは思います。

無理しない=何もしないってことでなく、また自分がやれることだけにこだわるとかでなく。その範囲でこうすると良さそうという成長があるところがある。それって解像度として仕事の経験や自分でサービスなりお客さんに対して価値を提供して買ってもらう、または依頼を頂く経験を積んでいくしかないんだよなあと。そういうことをしみじみ感じた次第でした。

というわけで、依頼が来た、相談が来た。それは嬉しいことです。が、受けるかどうかは別。または受けてそれをどうできるか絵が描けるかは別。それらを乗り越えて出来る仕事ってやはり「ご縁」があるんじゃないかって思うわけですね。そうとも限らないこともありますが(笑)
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