回ってやっと立った道

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コラム
こんにちは皆様。

七夕が近いので、わが商店街でも七夕の用意みたいです、子供たちのお願いが書いてあったりして微笑ましい限り。

お願いって他人には笑われてしまうものが多かったりするけど、子供のお願いは本当に微笑ましい。

「怪獣になれますように。」とか「きかんしゃトーマスになれますように。」は、なれへんがな、と突っ込みを入れる。

自分が子供の頃は何を考えていたかな、そう考えると小説家になって文で身を立てたい(そんなしっかりした言葉じゃなかったと思うが)だったように思う。

変わってないじゃん、思わず自分に突っ込みを入れて、こんな風に文を書いている。

子供の考えることが微笑ましいと思うのは、大人が無理なのにと考えるからかもしれない。

私が子供の頃も無理無理(きっと今でも)って周りからは言われていた記憶がある。

人生は悩ましいもので、選ぶ道は幾つも有る、私は早い時期に結婚を選んで、その時期には文筆はできなかった。

ある程度年を取って、やっと周り周りで自分のしたい道の上に立っていて、まだまだ文筆で身を立てるなんて、夢みたいな所だ。

子供も怪獣やきかんしゃトーマスには成れなくても、怪獣の研究家や映画製作者になるかもしれない、電車や汽車の運転手や整備士になれるかもしれない。

人間の人生は繋がっている道なのじゃないかな、直線で叶えられる夢も有れば、回り道だったり立ち止まって考えてから、自分の道に着くこともある。

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子供も頃に考えていた夢や願いは人生の何処かの道に繋がっていて、道は遠いように感じても、実は動かなかったから遠かったり、道の周りで回っていたのかもしれないな。(私だけかもしれないが)

よく人に認めれなくても良い、これは自己満足なんだからっていう人もいて、それはそれで人生だと思う。

でも私は認められたいなと思っている。

人は誰かに知ってもらえるのが大事で、それはきっと子供の夢や願いのこうなりたいって希望に繋がっているのだと思っている。

人から笑われる夢も願いも、誰かの希望なんだろうな、子供たちを笑わずに道に立って歩きだしたいものだと思ってはいるのです。

まだまだだけどね。

いつも、有難う御座います。
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