ツイノベ 176-180

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五歳になる娘を連れて妻の墓参りへ訪れる。出産してすぐに亡くなった妻を、娘は何も覚えていないだろう。照れた顔が紅葉のように染まることも、頭を撫でる手が秋風のせせらぎのように感じることも。せめて、娘が大きくなるまで妻が生きていてくれたら。静かに、秋は去ろうとしていた/№176 橙の魂(百景 26番)
長らくの間、物置小屋として使われていた旧校舎を取り壊すことになった。机の片付けをしていると、彫刻刀で彫られた不器用な文字が目に入る。「あなたはまだそこにいますか?」言葉の意図は分からないけれど、その文字から哀しみを感じた。ここにいるよと、知らない誰かに返事をした/№177 誰かの言葉(百景 27番)
僕が住んでいた街が冷凍保存されたと聞いた。人口増加、環境維持、事情や思惑はいくつもあったのだろう。スノーボウル都市と呼ばれているそうだ。人や動物、建物が凍てついていく光景を思うとやりきれなくなる。地球が抱える全ての問題が解決されるまで、あの街は眠り続けるのだ/№178 冷凍都市(百景 28番)
世界に突如として蔓延した奇病により、彼女が植物人間になってしまった。文字通り、体の至る箇所が植物に形を変えている。彼女の左手が白菊の花になっていた。触れたら簡単に折れてしまいそうな彼女の左手に、涙でも落とせば元に戻るのだろうか。枯れないように、毎日、涙を流せば/№179 白菊の手(百景 29番)
「私はね、月のお姫様なの」と言っていた、幼稚園時代に友達だった女の子を思い出す。母親に聞いてもアルバムを探しても、どこにも女の子の姿は見当たらなかった。夜中に目を覚ます度に月を眺める。あの子はもしかしたら、友達がいなかった僕が生み出した、幻だったのかもしれない/№180 別れの月(百景 30番)



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