「ごめんね」の行くあて

記事
占い
アガベの葉が、折れてしまった。
それも、二枚も。

アガベは、おひさまが好きな多肉植物だ。
剣のように尖った葉を、放射線状に広げて、光を浴びる。

直射日光に近い状態をつくるため、一番窓に近い場所に植木鉢を置いていた。
窓と、レースのカーテンに挟まれる配置になっていたので、
きっと私が乱暴にカーテンを閉めたとき、引っ掛かって折れてしまったのだろう。

水分をたっぷり含み、ふくらみを帯びたまま
皮一枚でつなぎとめるように垂れ下がる葉を見て、
自分の生活のほころびを痛感する。

みずみずしい生命力の行き場を、奪ってしまった。
大切にしたかったはずのに、ごめんね。
どうかまた、新しい葉っぱを伸ばしてください、と思いながら、
付け根にはさみを入れ、葉をカットした。

カーテンの奥に置かれたアガベ。
あたたかくして、無事に冬を越してほしいという想いだったのだけど、
結果、成長を目で確認する機会が減ってしまった。
その物理的な距離感が、心の距離にもちゃんと作用していたようで、
とてもやるせない。

そして現実はちゃんと、アンサーをくれる。
「あんた、育てる気あるわけ?」と不本意さをあらわにしているようだ。

一度心の距離が離れると、だんだん手をかけることが億劫になってくる。
億劫に感じていることに、私はだんだん罪悪感をつのらせる。

罪悪感とはたいへんに不愉快な感情だ。
罪悪感を知らんぷりしようとして、私はまた、心の距離をとる。

でもそれは、罪悪感をますます助長する。
逃げれば逃げるほど、
「あんた、育てる気あるわけ?」という声は自分に向かって拡張される。

不恰好になってしまったアガベ。
「あーあ、折れちゃった。」と涼しい顔でやり過ごしても良い。
「折れやすい葉っぱなんてイヤ。」とアガベを嫌いになっちゃっても良い。

でも、それは自分への欺きである。
思い通りに育てられずに無念さを感じているのは、私以外の何者でもない。
大切なものを傷つけてしまったことに、本当は、しっかりと傷ついているのだ。

そして罪悪感は、まるでつまった排水溝のように、
コポコポと後から後から、沸き上がってくる。

ためいきで押し流したつもりになっていても、
「ごめんね」は決して葬ることはできないのである。

こんなふうに、「葬ったつもり」でいた過去に、
ふいに打ちひしがれる瞬間がある。
「おまえのせいで」と、私が私に向かって、叫び出す。

あの人を傷つけてしまった、自分のとんでもない愚かさ。
気づかぬふりをした、あの人の胸の痛み。
返しきれないことに耐え切れず、言葉にできなかったあの人への感謝。
素知らぬ顔で払いのけた、あの人の好意。

たくさんの人たちへの、幾多の「ごめんね」の記憶が、
頭の中をビュンビュンかけめぐる。
だけど、そんなのも所詮、自分に酔っぱらっているだけである。

一切の後悔のない人生など、ありえないのかもしれないれど。

今の私にできることと言ったら、せめて、しっかりと悔やむことだ。
「ごめんね」を抱えて、精一杯生きていくこと。
やるせないが、それしか出来ないのだ。

二度と取り返しのつかない「ごめんね」を
真正面から受け止めない限り、
後悔はずっとずっと、私を追いかけてくるのだから。

みずみずしく生命に満ち溢れた、
でももう二度と伸ばすことのできない、アガベの葉。

私は葉の付け根に、「ごめんね」と、はさみの刃を添える。
もう二度と同じことを起こしませんようにと、
指に力をこめ、覚悟を宿らせる。

覚悟は痛みを伴うものだ。
後悔を忘れずにいられることは、人生の宝でもあると、私は思う。

不格好になったアガベに、たっぷりと水をやる。

こんなにズボラな私のところで、元気に育ってくれてありがとう。
私に毎日元気をわけてくれて、ありがとう。

私のせいで不格好になってしまったアガベをせめて、
大切に大切に、かわいがって育てていこうと、
湿った土のにおいを感じながら、もう一度、覚悟を決めた。

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す