【短編小説】車椅子の同級生

記事
小説
 これは、ある山間の小学校での話である。

 その小学校の5年生のクラスに一人、車椅子の少年がいた。少年の名は大崎邦彦、この春転校してきたのである。
その日も邦彦は一人、校庭の片隅でドッチボールで遊ぶクラスメートを眺めていた。転校して3ヶ月、邦彦は自らの抱えるハンディのためになかなか、23人のクラスメートとは馴染めなかった。
「邦彦、見ているならもっと近くで」
そう、声かけてきたのは一郎。そんなクラスの中で、唯一親しい友人である。
「でも、…」
邦彦が口篭もっていると、一郎はクラスメートがドッチボールをしている方に車椅子を押していった。だがその一郎も、
「一郎、何だよ。途中で抜けて」
と、クラスでボス的存在の誠人に言われると、邦彦を置き去りにしてドッチボールのゲームの中に入っていった。
そこへ、担任の路子がやってきた。路子は教師になってこの学校に赴任してまだ、2年目。それながら、田舎の学校ゆえに5年生のクラスを任されていた。
「ねえ、みんな。大崎君も入れてあげてよ」
と、大声で路子が言うと、ボールを投げようとしていた誠人が、
「だめだよ、先生。邦彦を入れると誰かが怪我するから。この前だって入れたからほら」
と、隣にいた寿夫の足を指差した。
「寿夫が、邦彦の車椅子にあたって」
「そう」
路子は、指で唇を押さえ、考え込んだ。そうなると、一郎も、そしていつもは邦彦に好意的な美津子も何も口を挟めずにいた。
邦彦は、俯きながら申し訳無さそうに
「いいですよ、先生」
と、ポツリと言った。
「でも」
「ごめんさい」
「別に、大崎君が謝ることじゃないから、気にしないで」
と路子は、微笑みながら邦彦に言った。それを見て邦彦は、内心ホッとしていた。例え、クラスに馴染めなくても、一郎と路子先生がいる。それだけでいいと邦彦は思った。


 そんなある日、邦彦のクラスに一つの知らせが舞い込んできた。
ホームルームの時間、路子は、
「今度、地元のテレビで『小学生大縄跳び大会』が行われるそうです。その大会にうちのクラスが参加することになりました」
と、クラス全員に告げた。
すると、クラスメートの一人が
「俺知っている。テレビで予告やっていたから。あれって、先生。優勝したら賞金もらえるんだよね。確か50万円」
と言った。すると、たちまちクラス全員が騒ぎ出した。
「静かに。まだ、うちのクラスが優勝したわけじゃあないのよ」
路子がそう言うと、
「でも先生、あれってクラス全員が参加っていうのが条件じゃないですか」
と寿夫が言った。すると、一瞬クラスが静まり返り、全員の視線が邦彦に注がれた。それまでは、笑顔だった邦彦の表情が凍りついたような険しいものに変わった。
「いいのよ、大崎君は。車椅子だもの」
と路子が言うと、美津子は応援するかのように
「そうよ、大崎君にはハンディがあるんだから仕方ないじゃないの」
と、クラスの全員を睨み付けるような見た。
「だから、大崎君は応援団。応援団長よ。大崎君、わかった」
路子がそう言うと、邦彦は黙って頷いた。そして、邦彦の表情が幾分か緩んだ。そうして、その日から大縄跳びの練習が始まった。休み時間、昼休み、そして放課後。しかし、23人での大縄跳びはなかなか跳び続くことはなかった。それでも、邦彦は、そのそばで、
「一つ、二つ、三つ…」
と、大声で声援した。そして、ようやく邦彦の心の中にクラスに馴染んだという実感が沸いてきた。ところが、その三日後の放課後のことである。いつものように校庭で練習をしていると、そこへ校長と教頭がやってきた。
「みんな、やっているね。がんばってくれよ」
と、校長は言った。そして、しばらくして教頭は、
「でも、校長。全員参加なのにこれでいいのでしょうかね。あとで放送局からクレームが来るってことはないでしょうね」
と、小声で校長に言った。だが、その声はその近くにいた邦彦に、聞こえていたのだ。それまで、懸命に応援していた邦彦の顔が一瞬にして蒼白に変わっていった。そして、その場に居たたまれなくなった邦彦は、車椅子の向け帰り始めた。
「どうしたんだよ、邦彦」
と一郎が邦彦を追ってきたが、邦彦はその手を振り切り、校舎の方に戻っていった。そのとき邦彦の胸中には、どうせ僕はお荷物なんだという思いが渦巻いていた。


そうして、次の日、その次の日も邦彦は学校を「身体の調子が悪い」という理由で学校を休んだ。その間、路子は邦彦の家を訪れたのだが、邦彦はガンとして会おうとしなかった。
3日目の夕方、部屋で寝ていた邦彦が目を覚ますと、ドアの向こうから路子の声が聞こえてきた。
「大崎君、起きている。稲村です。どうして学校に来ないの。来れるんでしょう。お母さんに、養護学校に転校したいッて言ったって聞いたけど、どうしてなの。クラスのみんな、大崎君のことを待っているのよ」
だが邦彦には、そんな優しい路子の言葉が悪意のように感じられた。
「嘘だ」
と邦彦は思わず、枕もとの本をドアに向かって投げた。
「嘘じゃないわよ、だったら、窓の外を見てみなさい」
「窓の外」
邦彦は興奮を押さえるように深いため息をつくと、枕もとの向こうの窓のカーテンを引いた。
「雨」
ずっと、寝たままの邦彦はそれまで、その日が雨だったことを知らなかった。そして、身体をずらして窓の下を見ると、そこにはいくつもの傘が見えた。
「先生」
邦彦はすがりたい思いで、ドアに向かって言った。
「斎藤さんが言っていたわ。わたしが何度も縄に引っかかって泣いたとき、大崎君に『飛べるだけでも幸せなんだから、がんばれ』って励ましてくれたって。志村君もそう。鍵本君も。だからみんな、大崎君の『一つ、二つ、三つ…』という掛け声がないと跳べないって」
と、すすり声混じりの路子の声が聞こえてきた。
これは邦彦が後で知ったことだが、そのとき路子は教頭と激しい口論をして、「もし、大縄跳び大会で優勝出来なかったら、教師を辞めます」と言ったあとだったそうである。

そうして、邦彦がもとのように学校に来るようになり、小学生大縄跳び大会当日がやってきた。
本番中、邦彦は一生懸命、クラス一人一人の顔を見ながら「一つ、二つ、三つ…」と掛け声をかけた。クラスメートもそれに応じるかのように力いっぱい跳んだ。そして、練習では最高53回だったのが、112回まで行った。だが、惜しくも優勝はならず、準優勝だった。
その準優勝が決まった瞬間、クラスメートは邦彦を囲み歓声をあげた。
「やった、邦彦、やった」
一郎がそう言って邦彦の手をとると、邦彦は思わず立ち上がろうとした。
次の瞬間、邦彦の車椅子が横転し、邦彦は撃つつけられるように地面に倒れた。
「邦彦、大丈夫か」
と一郎と誠人が、邦彦の顔を覗きこむと、邦彦は薄笑いを浮かべ気絶した。
そして、すぐに病院へ。どうやら、足の骨にひびが入り、邦彦は1週間ほど入院をした。


 その間、クラスメート全員が邦彦の見舞いに来たのだが、ちょっと邦彦には
おかしなことがあった。というのも、何か隠しているようなのである。
「何か、隠しているんじゃないのか」
と、一郎に聞いても美津子に聞いても、笑うだけで何も答えてはくれなかった。
「そういえば、路子先生、辞めないで済むみたい。教頭先生、路子先生に謝ったみたいだから」
美津子がそう言っただけであった。
1週間後、午前中退院した邦彦は気になって、そのまま学校に行った。
邦彦が教室に来ると、クラス全員が邦彦を出迎えた。
「邦彦、準優勝で30万円の賞金もらったから、俺達、邦彦のために車椅子を買った」
と、誠人が邦彦に言った。すると、一郎が小声で
「俺が提案したんだけど」
と邦彦に耳打ちした。
「うるさいな一郎、だから」
誠人がそう言いかけると
「30万円の車椅子なんて、僕いらないよ。この車椅子があるし」
と、邦彦は戸惑いながら答えた。

すると、美津子が
「なに言っているのよ」
と、邦彦の車椅子を教室の窓辺まで押していった。
「ほら、見て」
邦彦が校庭をみると、そこに何台もの車椅子があった。
「23台あるわ。クラス全員の車椅子よ。大崎君が車椅子だからドッチボール出来ないなら、反対にみんなが車椅子に乗れば出来るかも知れないって」
そう、美津子は、クラスの意見を代弁するかのように言った。
「俺、まだ車椅子に乗ったこと無いんだ。邦彦、教えてくれよな」
と、誠人が言うと、
「僕も」
「私も」
と、クラス全員が邦彦に言った。
邦彦は、同級生皆と一緒に歩いているよう気がして、喜びで目から涙が溢れて出していた。
                                  完


《蛇足》
 以前、ネット上で公開していた拙作オンライン小説です。

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す