それは、日本に、数え切れない核爆弾が、投下された日のことであった。
ある核シェルターの中で、何人かの男女が、おびえながら、時の過ぎるのを、待っていた。
外界から、全く遮断されているとは言え、外部の音が、どこからか、聞こえてくる。 「助けてえ」とか、「水、水、水」とか、「苦しいよ」とか、外で、放射能を浴びながら、死んでいく人々の、わめき声、うめき声が聞こえてきた。
A嬢「もう、耐えられないわ」
B氏「二、三日の辛抱です。三日も経てば、外部にいるほとんどの人間は、息絶えると、思いますから。それに、ここには、三ヶ月は大丈夫ぐらいの食糧は、保存されています。この程度の放射能レベルであれば、一ヶ月もすれば、自然界の放射能レベルに、戻って外にも、出れますから」
A嬢「でも、耐えられないわ。私、一人でも、外に出して」
B氏「なにを言い出すんです。あなた一人、外に出れば、たちまち、全員被爆して、死にます。そんな勝手なことはできません」
C氏「そうですよ。それに、核シェルターの中で、生き残っているのは、我々だけではありません。他にも、たくさんの人が」
A嬢「たくさんの人って」
C氏「数千人か、数万人。日本にある核シェルターの数から推測するとそれぐらいかと」
A嬢「じゃあ、あとの一億人以上は、死ぬというわけですか」
B氏「そうなりますね。でも、それだけでも生き残れば、新しい日本を、造ることはできます」
A嬢「でも、生き残った人間と言うのは、今の私たちのように、外の人間を見
殺しにした、人間ばかりじゃありませんか」
C氏「さっきから、あなた。何が言いたいのですか」
A嬢「だから」
B氏「私たちが、核爆弾を投下したわけではありません。それに、外の人間達は、いざと言う時の備えを怠っていた、いわば、愚か者ではありませんか」
C氏「そうです。愚か者です。しかし、我々は、こうして生き残る、いわゆるエリートなんです」
E君「そうそう、それに、あなた一人、外に出たって、誰一人、助けられませんよ」
A嬢「愚か者とエリート。ああ、あなた達って、なんて、かわいそうな人たちなの。いままで、そういう目で、他人を見てきたの。あなた達って、人間じゃないわ」
B氏「でも、そういう、あなただって、ここにいるじゃありませんか」
A嬢「そう、そうなのよ。私も、始めは生き残りたいと、思っていた。でも、あの死んでいく人達の声を、聞いて、考え方が変わったの。こんなに辛い、こんなに嫌悪感を感じるものとは、思わなかった」
F嬢「わたしも」
E君「実は、僕も、さっきから、そう感じているんだ。こんな残酷なことを、黙って見逃して、あと、どんなに生き延びても、人間らしく生きれるかって」
F嬢「人間なんて、いつかは、死ぬんだしね」
C氏「そういえば、あの中に、私の好きだった人とか、恩のある人もたくさんいます。そんな人を亡くして、生きたって、悲しいだけじゃあ、ありませんか」
B氏「何を、言い出すんですか。あなたまでもが」
E君「もしかしたら、生き残って、何十年生きるより、無駄でも、何時間か、外の人達を助けることの方が、充実した生き方かも知れない」
A嬢「そうよ。私の言いたいことも、そういうことなのよ」
そんな議論が、何時間か、全員を巻き込んで、行われた。
結局、入り口の扉が開けられ、全員が、外に出た。見ると、他の核シェルターからも、人々が、出てきていた。 そして、人間らしい心を持った人間は、日本には、誰一人、居なくなった。
あなたなら、どういう生存の選択をしますか。
完
《蛇足》
20年以上前、ネット上で公開していた拙作オンライン小説です。そして、今、現実に形を変えて、同じようなことが起きているような気がします。