ワンシーン小説 異能力バトルサンプル(やや流血あり)

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「――眼鏡、割れてるよ。委員長」
土煙が消え、廊下の白線が見えたとき、立っていたのは霧也のほうだった。ヨーロッパの騎士が持っているような、鈍色の盾を掲げている。
「私が出した盾……窓から飛んでったのに、どうして」
尻餅をついたあやめの疑問を無視して、霧也は不敵に微笑んだ。
「直してあげる」
あざ笑うように、霧也がゆっくりと目を閉じる。次の瞬間、あやめの視界がクリアになった。霧也が目を開けたのと同時に、眼鏡のヒビが消えたのだ。
「確かに委員長は頭がいいよ。でも、これはゲームだ。僕のほうが慣れてる」
「ゲームだなんて、そんな」
「ゲームだよ。特殊能力を与えられて、制限時間内に倒されたら負け、一人も倒せなくても負け。簡単じゃん。何がわかんないの?」
「突然こんなことに巻き込まれて、わかるわけがないじゃない!」
「でも現実に起きてる。さっさと降参したら? 残り時間いっぱい、僕はいつものように屋上でゲームしてるから」
「……負けたら命の保証はないわ」
「逃げてたってそうさ。爆発に巻き込まれて死ぬかもしれない。勝ち欲しさに、委員長を拷問するヤツがいるかもしれないんだよ。僕だって」
銃声がとどろいた。あやめが悲鳴を上げる。校則通りの真っ白な靴下に、血が滲み始めた。涙がにじんだあやめの目に、右手で銃を構える霧也が映る。
「委員長と一緒で、命を狙いたくはないよ。違うのは、手を放すほど間抜けじゃないってこと」
「嘘でしょ……最っ低」
「何とでも言えば? もう、知ってる言葉も残ってないだろうし」
霧也の口から「知ってる言葉」というフレーズが出たので、あやめは目を見開いた。
「委員長の能力、『1言語につき1つだけ、言った単語に応じた物を取り出せる』でしょ。日本語で『盾』、英語で『gun』。焦って連呼した食べ物の名前いくつか。で、もう品切れ。英語が得意な委員長でも、他の国の言葉は、そんなに知ってるわけじゃないよね」
ニヤニヤと笑う霧也。痛みと悔しさで、あやめは唇を噛んだ。
「あんたみたいなやつに、降参なんてしないから」
「そんなこと言っても、これ以上不利な状況、ないでしょ。防御も攻撃も、こっちが上」
「なんで私が出した武器、あんたが持ってるのよ……あっ」
きれいな眼鏡に手をやって、あやめがつぶやいた。
「目をつぶると、念じたものを、元に戻すことができるのね。見た目でも、たぶん位置でも」
「惜しいな」
霧也が軽く首を振る。
「認識から外れたものを、リセットすることができるんだ。ゲームでよくあるでしょ? 通り過ぎたアイテムが復活すること。委員長が言語に関する能力を与えられたみたいに、僕はゲームが得意だからこんな能力になったんだろうね」
「あんた、授業中もずっとゲームやってたものね」
「それが今役に立ってる。銃の撃ち方とかも」
もう一発、銃口から弾が飛び出した。右手に当たり、あやめがうめく。
「ゲームで覚えたんだ。委員長と違ってね」
思わず後ずさるあやめ。霧也は動かない。リーチの長さを盾に、じっと立っている。と、あやめが口を開いた。
「あんたも……惜しいのよ」
「何が?」
「私の能力。『1言語につき1つだけ、言った単語に応じた物を取り出せる』じゃない。2つ間違いがあるわ」
「ふーん。細かいところにこだわるんだね」
「ケアレスミスは怖いわよ。『単語』じゃなくてもいいの。『フレーズ』。それから、『物』じゃなくて『概念』でもいいのよ」
「だから何? もう知ってる言葉はないと思うけど」
「ゲームも役に立つけど、英語の授業だって役に立つわ」
「英語はもう『gun』で使ったでしょ? これ以上攻撃はできないよ」
「And――」
煙から現れたときの霧也と同じように、あやめは不敵に笑った。
「Vice verca(逆もまた然り).」
今度は、霧也が目を見開く番だった。痛みに顔を歪め、膝からくずおれる。霧也の手と足には、あやめと同じ場所に銃創ができていた。
「あんたも、これ以上攻撃はできない。自分は認識から外せないから。そうでしょ?」
「なっ……んだよ、それ! 英語じゃないじゃんか!」
「英文には、ラテン語のフレーズが出てくることがあるの。あんたがゲームしてたとき、ちゃんと先生が説明してたわよ。覚えててよかったわ」
「そんな」
廊下の端の階段から、かすかな足音がした。
「誰か来たみたい。せいぜい、友達であることを祈りましょ。お互い……何もできなくなったんだから」
そう言って、あやめはそっと目を閉じた。

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