ミンスキー先生の思い出 〜AI時代に思うこと

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マーヴィン・ミンスキー(Marvin Minsky, 1927-2016)元MIT教授。
ミンスキー先生が 2016年の1月に亡くなって5年が経ちました。

先生のことは「いままでの人生で一番恥ずかしかったこと」というタイトルでいつか書こうと思っていたのですが、何度目かのAI・人工知能ブームがここ数年ですっかり実用の段階からさらに社会インフラ化している今、「人工知能の父」と呼ばれた先生を忍ぶ意味を込めて「思い出」として書くことにします。

なぜ「恥ずかしかったこと」なのかは少し後回しにして、先生とお会いしたころの時代背景を思い出してみましょう。それは1986年か、もしかすると1987年でしたが、開設後まだ間もないMITのメディアラボで先生と二人だけでお話する時間をいただくことができました。その時、私は今で言うVRの概念を熱く語ったように思います。まだVRという語は一般的ではありませんでしたがメディアラボではすでにモーションキャプチャーと映像技術、音声認識技術を組み合わせてスクリーン上に表示された対象物を「これをそこに移動せよ(Put it there.)」と言うとスクリーンに表示されたCGの対象物が動く、といった研究を行っていました。

まだインターネットは軍事技術の色を残し Darpanet と呼ばれていたころだったと思います。アドレスが今とは逆順で表示されていたのを覚えている方はかなりの年配もしくは「通」です。もちろん日本にプロバイダーなどは無く、ネットに入るにはKDDIと契約してダイヤルアップでモデム接続して直接相手方のスーパーミニコンにログインするという時代でした。

メディアラボ初代所長のネグロポンテ氏はエーゲ海に自分のボート(日本流にいえば「本船」クラスの船)を浮かべて衛星経由でメールのやりとりをしていると研究所の人たちは言っていたのを覚えています。真偽のほどはわかりませんが「ありうる話」として聞きました。

そんな時代に私はひょんなことからメディアラボの客員研究員になったのですが、実際に長期滞在して研究できるような立場ではなかったため、時々ふらっと行って所内の様々な人と交流していた、というのが先生との出会いの背景です。

さて、とても残念なことですが今となっては先生が私の話に何かコメントをされたか、どういうサジェッションをいただけたのか全く覚えていません。ただ強く印象に残っているのは、私の拙い話にじっと耳を傾けて真剣に聞いてくださったということです。

冒頭に書いた「恥ずかしかったこと」というのは、この時ミンスキー先生が「誰であるか」を私は良く知らなかったということ、そして先生の専門領域と関連深いことを自信たっぷりに語ってしまったことです。先生の専門分野である人工知能や心理学とは縁のない分野からVRに入っていった私は(無知にも程がありますが)先生が「頂点」にいる人だということを全く認識していませんでした。もっとも知っていたら何も話せなかったでしょうから、ある意味無知で良かったのかもしれませんが。

亡くなってなお無数の思考や研究のタネ、取り組みの枠組みを先生はその著書や学生さんを通してこれからも長い間にわたって明確に示し続けてくれることと思います。

この記事を書くにあたって、先生の著書「心の社会(原著名:The Society of Mind, 1987)」を読み返してみました。原著の出版年が 1987年ですから、ちょうどお会いしたころに書かれた本です。実はこの本を買った当初は全体の1割ほどのところで挫折したように思います。心の働きを社会の働きになぞらえてとらえ、実際の社会で人とその集団がどのようにお互いに相互作用して社会の働きが成り立っているかというのを心の働きのモデルとして考察しているのです。この関係に当時の私はすっとなじむことができませんでした。

― どの目標に対してもまったく違った記憶を持つというのは、いわばぜいたくすぎるだろう。スペシャリストたちがみな、いろいろな目的に共通に使える記憶を共有できればもっとよいのではないだろうか。[訳書 p260から]

「TED」での先生のプレゼンテーション(2003年)動画をTEDホームページから見ることができます。ここで先生は次のような主張をされています。

― 大事なのは問題が何であるかということではなく、その問題に最も有効なのはどういうアプローチかを見極めること(11分28秒〜)。

どちらも個別の問題への解を探るのではなく、一つ上の「メタ」レベルでの問題設定、枠組みの方向性を提唱するものです。先生とお会いしてから35年、人生でも仕事でもいろいろな体験を経て今ようやく先生が「誰の話でも真剣に聞く」というスタンスを重視された意味が少しわかるような気がします。メタな思考のためには極力、特定分野の既存の知識にこだわらないインプットや思考方法が役に立つと思われていたのではないでしょうか。

まさに「天才」「巨星」という言葉がふさわしい先生でした。

カバー画像のクレジット:オリジナルのアップロード者は英語版ウィキペディアのSethwoodworthさん - en.wikipedia からコモンズに Mardetanha が CommonsHelper を用いて移動されました。

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