本当に怠けてる?

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こんにちは。


お話をしていて感じたことだけれど、
怠けすぎてる気がしますというところで
私たち本来、いのちの声を聴くこと
怠けているのがホントでないかな?と・・・


寝すぎてしまうんです。
というのであれば、それが怠けてるということではなく
寝すぎてしまうくらい
頑張りすぎたり、無理しすぎてる
いのちの声に反することをしてしまってないですか?の
サインな気がします。


そして、眠くて眠くて仕方がなく、眠れたのであれば
それがいのちの声を聴いてあげられたということで
逆に素晴らしいことで・・・


しなきゃいけないのに、できないという
表現もよく聴きます。
できなかったというのが
いのちの様子そのまんまで、
できなかったのであれば、する必要がなかったということで・・・
そのしなきゃいけないことは
いのちの声ですか??
と向き合うきっかけになったりと・・・


生きてきた中で気づけたことは
私がすべてしているんだという思いが
いのちが私を生きていたんだなあということ。


最初、近しい縁の人に
”サラさんいないよ”
と言われたときはショックでしたが
その当時衝撃的な知識が、
体験から自然に
そういうことか・・・と
腑に落ちてきた。


知識を求めよう、どういうことなんだ?と
わかろうとすると、
頭、考えの中に入ってしまうことになるので
今ここにあるその感覚から離れてしまう。


当時どういうことなんだろう。
そうぐるぐるしていて、頭が
いっぱいいっぱいになっていたこともありました。


自然に湧いてくる感情、思い・・・
移ろいゆく景色やお天気の様子と同じように
ここに現れては消えている。


無意識に思い込んでること、正解だと掴んでいたり
都合悪く見て見ぬふりしてる思いなどの
偏りを
近しい存在だったり、ご縁ある人が
雷落とすように
そこに気づかせてくれる。


そして、その思い込みや掴んでること、偏りが
溶けて解けて
真ん中に戻ってく。


そんな風に揺れながら揺れながら
人は存在してる。


苦しさが現れたり
恐さが現れるのも
とても自然なこと。


それを無いものとしてると
いのちの声を無視してるよ~ということで
どこかに気づかせてくれる
お知らせのような揺さぶりが
起きてくるかもしれません。


自然に働く心臓、起きてくる呼吸・・・
そこを感じてみると
いのちが私たちを生きてるんだっていうこと
気付かせてくれるかもしれません。


本当に怠けてるの?
これがいのちの声ではないかな?
そう反対方向から見てあげると
緊張が緩んでくるのではないかなと
感じるのでした。














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