私がクソつまらん公務員を退職したワケ VOL.7【補助金バラマキで泥沼化する企業誘致合戦】

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コラム

企業誘致ばかり進める地方自治体

 私は公務員を退職した。
ひと昔前に公務員試験をパスした私は順調に勤務していたが、そのうっ憤は募る一方。
なぜなら、公務員として働く意義が見い出せなくなってきたためだ。

 今回は「働く場所」がテーマ。
読者のみなさんは、自宅近くに雇用してくれる企業がたくさんあると嬉しいだろうか?
ほとんどの方の答えが、「YES」だろう。
そんな大多数の民意や世論をくみ、各地方自治体は企業誘致に躍起になる。
当然ながら、我々の地方税を「誘致補助金」として多額に注ぎ込んでいる。

 自治体は企業をたくさん誘致し、地元に働く場所を確保する。
そうすれば人口流出を防ぐことができ、自治体内は栄えていくという「ひと昔前の理屈」だ。

 しかし、自治体の企業誘致を取り巻く状況は、大きく様変わりした。
多くの自治体でも気づいているはずなのだが、このままでは次の時代に舵をきることはできないようだ。

企業に対する見方が変わる

 企業が何年続くかを示す「企業寿命」という数値がある。
業種によっても異なるが、現在は約30年と言われている。
1955年時点で企業寿命は75年だったので、間違いなく短くなってきている。
情報化で社会発展のスピードが上がり、企業の生まれ変わりも盛んになっているのだ。

さらに国税庁の調査では、企業が続く確率は10年で6.3%、30年で0.21%になる。
つまり自治体が補助金を大枚はたいて誘致した企業は、昔ほど存続しない状況になっている。 

自治体の住民として何を求めるか

 今回の記事は、企業誘致にまつわる地方自治体の思考停止状況を解説する。
企業誘致が、最善の雇用政策である」と、半世紀ほど盲信しているマヌケぶりをお伝えする。
また次世代に向けて、何に税金を投入して残していくかを考えていきたい。

 頭が凝り固まった自治体の職員だけでなく、子どもを抱える育児世代にもぜひお読みいただきたい。
我らの地方税が、何に使われているかを考えるきっかけになれば幸いだ。

公務員を退職した私のこと(プロフィール)

 田舎の県で地方公務員として、約15年間勤務する。
前職の経歴と風貌から、ハードな部署に回され続ける。
第二子誕生の際、当時の男性では珍しい1年間の育休を取得。

 復帰後の納税部門で目覚ましい成果を上げるも、旧態依然の閉鎖的な組織に見切りをつける。
育児をこなしながらも、今後の人生を真剣に考え公務員を退職して独立。
 引き継いだ農地で小規模農業を行いつつ、ブロガーとして歩み始める。

硬直化している補助金予算

 各県や大きな市の地方自治体では毎年度、企業誘致のための補助金を予算化している。
簡単に言うと「わが町に御社の工場を造ってくれれば、補助金を出しますよ」という趣旨の「誘致補助金」がほとんどだ。
補助金額は工場の規模にもよるが、数千万円~1億円くらいが主流だろう。

 自治体の単年度予算では、誘致する複数社に一度に払う財力はない。
そこで誘致企業には舌打ちされながらも、数年間の分割支払いにするところが多い。

 私は予算査定の立場上、この補助金の割り当てを示した「悪魔のリスト」を目にした。
企業名は仮名になっていたが、「来年はこれらの企業に、〇千万円」などと、各年度ごとの割り当てがビシッと記されていた。
このリストは企業の投資情報に直結するため、これを知ったうえで株取引するとインサイダー取引にもなりうるものだ。
そのため、私のような予算担当にも企業名が知らされず、担当者のみの極秘情報であった。

 毎年の補助金予算枠は、このリストを基に前年に準じて概ね決まっている。
どこかの企業の補助金が数年で終了すると、必ず次の企業がニョキニョキ出てくる仕組みだ。
この ’ニョキニョキ具合’ が、誘致担当職員の腕の見せ所。
’優秀’とされる公務員ほど、より多くの企業を誘致してくるのだ。

関連予算に盛り込まれる低俗誘致イベント

 企業誘致で悪目立ちするのは、明らかに高額な補助金。
実は、その裏に悪質な予算も隠されている。
それこそが、優秀公務員の’腕の見せ所’としてよく挙げられる、「企業誘致のイベント」だ。
毎年2回ほどその自治体への工場進出を考えている企業を集めて、自治体主催で立食形式の誘致パーティーを行なう。

パーティーの席では、たいていその土地の立地環境や交通の便などをプレゼンされる。
しかし、観光立国を宣言した頃からか「食文化」をアピールする傾向が強くなってきた。

 私が予算査定で気になったのは、そのイベントの飲食費が際立って高くなっていたこと。
問い詰めたところ、そのイベントで「地域特産の高級海産物と〇〇牛」などが提供されるためらしい。

誘致イベントに食が必要なのか

 そもそも、よく考えて欲しい。
アワビやイセエビなどの高級海産物、〇〇牛などの高級和牛など、地元民でも頻繁に食べられるわけではない。
しかし、イベントの席では「ここでは、こんなおいしいものが食べらる」と食文化をアピールしているのだ。

企業で工場進出を決定する役員も、その新設工場で働くわけではあるまい。
年に数回、観光がてら来訪するくらいだろう。
ましてやそこで働くことになる従業員は、地元住民(と自治体は想定している)のはず。

よって、そのイベントの席で地域特産の高級食材を提供することは、全く意味のないことだ。

 予算担当の私が論理的に説明すると、企業誘致担当は青ざめて担当課長に泣きついた。
担当課長は怒り心頭で、「イベントの席に高級特産品がなければ、成り立たないんじゃー!」と大声で怒鳴る始末。
フロア中に、マヌケ課長の怒号が響き渡った。
(ちなみにこの課長は、県庁内で 'やり手’ とされる課長)

 このマヌケ課長は、おそらく首長から「企業誘致件数の増加」を厳命されていたのだろう。
結局のところこの予算は認められたのだが、このような「税金からの高額出費を伴う食文化の紹介」が誘致イベントの最低ラインであるらしい。
食などで企業の役員さんをおもてなししたうえで、立地条件と誘致補助金の良し悪しを見てもらえるのだ。

さすがに賄賂を渡すほど豪胆な自治体職員はいないだろうが、住民の地方税が「過剰なおもてなし」に悪用されているようだ。
いつまで続くか分からない企業の言いなりになっている自治体や行政、その実状にウンザリだ。

かつての成功事例の成れの果て

 東海地方に三重県という県がある。
観光がさかんだが、名古屋市に近いことから工場の進出も目立つ。

 この三重県亀山市において、かつては「企業誘致の亀山モデル」と称賛される成功誘致があった。

2002年に三重県及び亀山市は、大手電機メーカー「シャープ」の工場誘致に成功。
シャープは当時、液晶テレビの製造で有名な会社。
2004年に操業した工場で「世界の亀山ブランド」を大量生産し、話題になっていた。
その補助金額は、三重県90億円、亀山市45億円の計135億円だ。
はっきり言って、空前絶後の桁違いの金額だ。

 経済効果としては、「関連企業を含め、9000人近くの雇用増加!」と称賛されていた。
人材派遣会社が他から労働者を引っ張ってきていることを含めても、自治体内の人口が増えるのは良いことではある。

早すぎた終焉

 その後のシャープは大活躍かと思いきや、その凋落ぶりは有名な話。
台湾や韓国メーカーの台頭、2008年のリーマンショックを受けて、2009年にシャープの亀山工場は操業を停止。
建屋内の設備は海外企業に売却し、建屋のみが残った。
しかし現在では、Apple製品の部品製造を受注するなどして、工場は稼働しているとのこと。

 三重県はシャープの工場撤退をうけ、約6億円の補助金返還を要求。
つまり誘致判断は、失敗だったことに間違いない。

三重県の苦し紛れの弁明は、
「工場も稼働していることから一定の誘致効果はあった。その是非はこれから議論されていくだろう」
と、他人事のような口ぶりだ。

企業誘致で引っ張り出される美談

 有名な企業誘致の美談は、これも三重県に残されている。
鈴鹿サーキットで有名な鈴鹿市が、自動車メーカーのホンダを誘致した話だ。
創業者の本田宗一郎の自伝によると、工場誘致の談義の場では粗茶が1杯提供されたのみ。
その後は、工場候補地の説明など実用的な話に終始したという。
宗一郎氏は鈴鹿市のこの実直な姿勢を気に入り、1959年に工場建設を決定したという。

 宗一郎氏の時代でも、企業誘致は料亭での接待が基本だった。
そんな風潮に辟易した宗一郎氏は、進出候補地の「人となり」を見ていた。

半世紀前から、大多数のやっている低俗行為は変化していないのだ。
見せかけだけのレセプションと補助金でホイホイ決まる誘致、これで企業が根付くのだろうか。
誘致件数を稼ぎたいだけの小物職員と、目先の利益しか見えない企業側の役員によって、地方の景観ががらりと変えられていってしまう。

 結果的にホンダの鈴鹿製作所は地域に根付き、鈴鹿サーキットまで誕生し、鈴鹿市はモータースポーチの聖地となった。
実直な誘致を行なった鈴鹿市と、それを見極めた本田宗一郎氏、ともにあっぱれである。
この美談を教科書にして、誘致担当職員に必携させたいものだ。
(御賢職員は、「当時と現代では状況が違う」とか弁明しそうだ)

地元企業育成のための予算

 企業誘致の予算の対局に位置するのが、地元中小企業の振興やスタートアップ企業の創設予算。

「大手企業の工場誘致ばかりで、地元の企業のことはどうでも良いのか!」
と議員を通じた有権者の叱責があるのだろう。
当然ながら自治体は、このような地元向きの予算も準備している。

ただ企業誘致の補助金額に比べると、圧倒的に予算が少ない。
自治体にもよるが、1/10くらいの規模感ではないか。

 目立つのは、中小企業の新商品開発の相談、商品の販路開拓などだ。
また、著名人を講師に迎えての起業サポートもある。

基本的には、先行する自治体のモノマネばかりの印象が強い。
これらの事業予算をもって、有権者はじめ議員には「しっかり地場産業振興もやってますよ」と行政アピールするのだ。

スタートアップに注力する福岡県

 地元振興のために企業のスタートアップに注力している自治体では、福岡県の北九州市や福岡市が有名だ。
各専用サイトでは、スタートアップ企業のための応援メニューがびっしり用意されている。
東京、大阪、名古屋などの大消費地から離れ、鉄鋼業も下火になった状況を踏まえ、「新産業創出」の気概が強く感じられる。

イノベーションに疎い日本人、さらに縁遠い公務員

 日本人は、「イノベーションに疎い」とよく言われる。
既存のモノをブラッシュアップしていくことには長けているが、ゼロ→イチを創出することには不向きなようだ。

しかもそんな分野を盛り上げようというのが、最も安定して前例踏襲を徹底する地方公務員。
イノベーションに最も縁遠い公務員に、起業に関する企画は極めて相性が悪いのだ。
その結果、「一定の雇用効果がある」とされる企業誘致を進めざるを得なくなるのだ。

働き方が多様化する時代

 コロナショック後の国内風潮として、「働き方の多様化」は見過ごせない。
情報化社会になり、企業に勤めることなくフリーランスとしてやっていける方法がどんどん出てきた。
毎日決まった時間に出社し、理不尽な扱いを受ける企業に勤める魅力も大きく低下しているだろう。

この風潮も、公務員とは最も縁遠い世界。
終身雇用で固められた公務員組織では、全くその空気を感じ取れないだろう。

まとめ 自治体では企業誘致程度の仕事が限界

 読者のみなさんもご存知のとおり、行政や自治体の動きは極めて遅い。
産業振興についても、半世紀以上も「企業誘致が花形」という古い固定観念で進めている。
なぜならイノベーションに疎い日本の中で、最も旧態依然の公務員が采配しているからだ。

公務員の個々人が「これではまずい」と思いつつも、数年経てば異動が待っている。
「企業誘致の評価は誰かがしてくれる」という盲信のもとで、自治体は新時代に舵を切ることはできずにいる。

そこに「公務員のやりがい」というものは、全く存在しない。
はぁー、これは公務員を辞めたくなるわ。
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