教養としてのギリシア神話③:オリュンポス12神

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ゼウス:オリュンポス12神のトップにして人類の守護神・支配神であり、ゼウス信仰はギリシア全域で行われ、ギリシア人達は一神教に近い帰依と敬虔さをゼウスに捧げていました。元来はバルカン半島の北方から来てギリシア語をもたらしたインド・ヨーロッパ語族系征服者の信仰した天空神であったと考えられ、正妻ヘラとの結婚や様々な地母神由来の女神や女性との交わりは、非インド・ヨーロッパ語族系先住民族との和合と融合を象徴するものと考えられます。これは「天孫降臨」説話を持つ日本神話や韓国神話でも見られることで、ギリシア神話は日本の神道などの民族宗教に相当するものと言ってもいいかもしれません。ローマ神話ではユーピテル(ジュピター)と呼ばれ、木星(ジュピター)の語源となります。ヘシオドスの『仕事と日々』によれば、ゼウスがクロノスに取って代わると、黄金時代は白銀時代となり、白銀時代の人間はゼウスに滅ぼされると、青銅時代となります。その後、神話の英雄が活躍する英雄の時代、歴史時代である鉄の時代と続くにつれ、人間は堕落し、世の中には争いが絶えなくなったとされます。オウイディウスの『変身物語』(メタモルポーセース、ドイツ語のメタモルフォーゼ)でも、黄金の時代→銀の時代→銅の時代→鉄の時代という四時代区分がなされています。

ポセイドン:海洋神、オリュンポス12神の1柱。ローマ神話ではネプトゥーヌス(ネプチューン)と呼ばれ、海王星(ネプチューン)の語源となります。ティタノマキアでキュクロープスからもらった三叉槍(トリアイナ、英語のトライデント)は、インド神話のシヴァ神の三叉槍(トリシューラ)と似ており、アメリカ海軍の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の語源ともなっています。

ハデス:冥界神。ローマ神話ではプルートーと呼ばれ、冥王星(プルートー)の語源となりました。

ヘラ:結婚と母性、貞節を司る女神、オリュンポス12神、ゼウスの正妻。サモス島で誕生したと考えられており、サモス島は古くからヘラ信仰の中心地となっています。元来はアルゴス、ミュケナイ、スパルタ等のペロポネソス半島一帯に確固たる宗教的基盤を持っており、かつてアカイア人に信仰された地母神であったとされ、北方からの征服者との和合をゼウスとの結婚で象徴させたと考えられています。

デメテル:豊穣、穀物を司る女神、オリュンポス12神。デメテル信仰は非常に古く、紀元前17~15世紀頃からデメテルの祭儀であるエレウシスの秘儀が始まっています。ゼウスとの間の娘ペルセポネはハデスの妻となってしまったため、1年のうち3分の1はペルセポネがハデスの元に行き、残りの期間はデメテルと共に過ごすとして、このペルセポネ不在の期間にはデメテルが実りをもたらさないことから冬となり、季節の起源になったとされます。

ヘスティア:クロノスとレアの長女で、炉を司る処女神、オリュンポス12神。炉は家の中心なので、家庭生活の守護神となり、また、炉は犠牲を捧げる場所でもあるので、祭壇・祭祀の神となりました。さらに国家は家庭の延長上にあるとされていたので、国家統合の守護神とされ、各ポリスのヘスティア神殿の炉は国家の重要な会議の場であり、新植民地建設の際にはこの神殿からヘスティアの聖火をもたらすのが習わしでした。また、全ての孤児達の保護者であるとされます。ちなみに、オリュンポス12神としてヘスティアの代わりにディオニュソスを数えることもありますが、これは12神に入れないことを嘆いた甥ディオニュソスを哀れんで、ヘスティアがその座を譲ったためとされます。

アプロディテ:愛と美を司る女神、オリュンポス12神。ローマ神話ではウェヌス(英語のヴィーナス)で、金星(ヴィーナス)の語源となっています。ルネサンスを代表する画家の1人、ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』などが有名です。プラトンの『饗宴』で、天上的な「ウラニア・アプロディテ」と世俗的な「パンデモス・アプロディテ」という2種類があるとしていますが、アプロディテにはクロノスにより切断されたウラノスの性器が海に落ちた時の泡(アプロス)から生まれたという説と、ゼウスとティターン神族の娘ディオネから生まれたという説と2つがあります。元々は、『旧約聖書』に出てくるバアル神と共に信仰されたアシュトレト、メソポタミア神話の豊穣・多産の女神イシュタルなどと起源を同じくする外来の女神で、キュプロス島を聖地としています。アプロディテはトロイア王子アンキセスとの間にアイネイアスを生み、アイネイアスはトロイア戦争でトロイア軍の武将として戦い、アイネイアスを主人公とした叙事詩がウェルギリウスの『アエネーイス』です。木馬作戦によってトロイアが陥落した後、アイネイアスはデロス島、クレタ島、カルタゴを経て、新たなトロイアにすべくイタリア半島のラティウムに上陸します。ここがラテン人、ラテン語の故郷であり、ローマもここに建設され、アイネイアスの後孫からユリウス家が成立し、ユリウス・カエサルが誕生したとされます。

ヘパイストス:炎と鍛冶の神、オリュンポス12神。ゼウスとヘラの子で、ローマ神話ではウゥルカーヌス(英語のヴァルカン)と呼ばれ、美女パンドラ、ゼウスの盾アイギス(英語のイージス)、ゼウスの雷、アポロンとアルテミスの矢、「アキレウスの盾」を含むアキレウスの武具一式、クレタ島を守る青銅の巨人タロスなどを作ったとされます。アイギスはアテナに与えられ、ペルセウスが討ち取ったメドゥーサの首がはめ込まれて、無敵の防具となったため、イージス艦やイージス・アショアなどのイージス・システムの語源となりました。小アジア、レムノス島、シチリア島における火山帯で崇拝された神で、古くは雷と火山の神であったと思われ、インド神話の火の神アグニに由来するとも言われています。

アレス:軍神、オリュンポス12神。ゼウスとヘラの息子で、ローマ神話ではマルスとされ、火星(マーズ)の語源となりました。火星の衛星フォボスとダイモスもアレスの子の名前から採られおり、黄道上に位置して、火星とよく似た赤い輝きを放つ天体であるさそり座のα星はアンタレス(火星に似たもの)と呼ばれています。戦争における栄誉や計略を表すアテナに対して、戦場での狂乱と破壊の側面を表すとされます。

アテナ:知恵、芸術、工芸、戦略を司る処女神、オリュンポス12神。ゼウスとティターン神族の娘メティスとの子とされますが、アテナ崇拝の伝統はクレタ島を中心としたミノア文明まで遡り、ギリシアの地に固有の女神であったのが、ヘレーネス(古代ギリシア人)達はギリシアの征服と共に自分達の神に組み込んだとされます。アテナイ、ミュケナイ、コリントス、テーバイなどの有力な都市でも、その中心となる小高い丘の上(アテナイであればアクロポリス)にはアテネ神殿(アテナイであればパルテノン神殿)が築かれ、多くのポリスで「ポリウーコス(都市守護者)」の称号で呼ばれていました。したがって、アテナの戦いは都市の自治と平和を守るための戦いであるため、ただ血生臭く、暴力が優越する軍神アレスの戦いとは異なるものです。ローマ神話ではミネルヴァと呼ばれ、知恵を象徴するフクロウを従えており、ヘーゲルは『法哲学』序文に「ミネルヴァのふくろうは迫り来る黄昏に飛び立つ」と書いています。それまでの理論や制度が限界を迎えた時、新たな知恵を携えたフクロウがミネルヴァの元を旅立ち、知の革命を引き起こすというわけです。

アポロン:牧畜、予言、音楽、詩歌文芸を司る神、オリュンポス12神。ゼウスとティターン神族の娘レトとの息子で、デロス島で生まれ、アルテミスとは双生児(もしくは姉と弟)とされます。オリュンポスの神々の中で最もギリシア的と言われ、古典期のギリシアにおいては理想の青年像と考えられましたが、光明神の性格を持つことから太陽神ヘーリオスと混同され、ローマ時代にはすっかり太陽神と化しました。ニーチェは『悲劇の誕生』で、アポロンを理性を司る神として、陶酔的・激情的芸術を象徴する神ディオニュソスと対照的な存在と考え、「アポロン的」「ディオニュソス的」という対概念を生み出しました。「汝自身を知れ」という標語や「ソクラテス以上の知者はいない」という神託で有名なデルフォイ神殿はアポロンの神託所で、ミケーネ文明以前の時代からの伝統を持ち、ギリシア世界では最大の権威を持つ聖地でした。竪琴に巧みなオルフェウスや医神アスクレピオスもアポロンの子とされ、最もギリシア的な神とされますが、母親レトは元来、小アジアで信仰された大地の女神であり、アポロンも生誕後、北方の民ヒュペルボレオイの国で暮らしていたとされ、北海沿岸の琥珀産地と地中海沿岸を結ぶ交易路「琥珀の道」とも深い関わりを持つ神だと考えられています。

アルテミス:狩猟・貞潔を司る処女神、オリュンポス12神。小アジアの古代の商業都市エペソスはアルテミス女神崇拝の一大中心地で、この地にあったアルテミス神殿はその壮麗さで古代においては著名でした。『新約聖書』「使徒行伝」はエペソスにおける女神信仰の様を偶像崇拝と記しており、パウロも「エペソ人への手紙」でエペソスの人々にキリスト教徒のあり方を語っていますが、このアルテミス女神信仰と正面から戦いを挑んでいたとも考えられます。アルテミス女神の壮麗な神殿は、キリスト教の地中海世界への伝播とともに信仰の場ではなくなり、やがてゴート族の侵攻で灰燼に帰しました。

ヘルメス:神々の伝令使、旅人・商人などの守護神、オリュンポス12神。ゼウスとティターン神族のアトラスの娘マイアの子とされ、ヘルメス崇拝の中心地は牧畜民が多い丘陵地帯で、古代ギリシアの中でも原始的な文化をとどめていたと言われるアルカディアでした。羊飼い達はヘルメスを家畜の守り神として崇めていましたが、ドーリア人の侵入後にアポロンがヘルメスに代わって牧羊神の役割を担うようになり、ヘルメスは神々の使者といった多様な職能をもつ人格神へと発展したとされます。ローマ神話ではメルクリウス(マーキュリー)とされ、水星(マーキュリー)の語源となりました。

ディオニュソス:豊穣、ブドウ酒、酩酊の神。バッコスとも言われます。ゼウスとテーバイの王女セメレーの子。本来は集団的狂乱と陶酔を伴う東方の宗教の主神で、特に熱狂的な女性信者を獲得していきました。アテナイを初めとするギリシア都市ではディオニュソスの祭り(ディオニュシア祭)のため悲劇の競作が行われており、そこに叙情詩の会話形式が加わって、悲劇が大成したと考えられています。
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