枕とカネ

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初めての同伴を終えたあと、ほとんどの男がこんな心境になるのだろうと思うと笑いがこみ上げてくる。


店員が客を店まで引っ張ってきただけの話なのに、なんだか『一歩前進した気になる』のは何だろう。


どこか俯瞰したような心境のまま、美華との会話を続けていた。


“同伴前と後”では明らかに距離感が近い。彼女が私に対して抱く信頼感が少し増したように感じた。


きっと合格圏内だったのだろう。




彼女は膝をこちらに向け、常に笑顔を絶やさずにいてくれる。見れば見るほど小顔だし、どこまでも好みのタイプの美人だ。


同伴とはいえ、彼女のほうから食事に誘ってきた。しかもその誘いは2度目に会った日だ。うまくいく時は本当に流れるように事が進む。これはいつも体験することなので違和感はないはずなのだ。なのに、完全に乗り気になれないのはどうしてだろう。


「私は少し慎重になりすぎている」


それしかない。私は100% 駆け引きしかしていないのである。ガチ恋したいはずなのに、セーブしているのだ。


普通の男は、嬢と客の関係性を取り払おうと動くはずだ。私はそれを堅持する。そのほうが惹きが強い事を知っているし、そうやって結果を出してきたのだ。


嬢と寝たい。ほとんどの男はそう考えるだろう。そのゴールに向かってお金を使う。使えば使うほどサンクコストバイアスに陥り『沼る』のである。


このことからも、嬢と寝る為の戦略としては、お金を使ってはダメなんだという事がわかる。つまり、嬢に気に入られたいが為に最初からいい客になってはダメなのだ。


カラダの関係になった瞬間、来店しなくなる客は多い。嬢はそれを経験から学んでいる。だからこそ、色恋営業で引っ張り続ける。賢い嬢は簡単に寝たりなんかしないのだ。


嬢と客の関係性を取り払う事なく、私はそれを堅持する。それ以上踏み込むなと言わんばかりにガードを上げる。


希少性の演出だ。


一般的な男がやっているであろう振る舞いの逆をいくのである。


嬢を口説く為には狡猾に立ち回る必要がある。慎重なくらいでちょうどいい。


現時点で私は勝っている。嬢の狙いはいつもカネだ。賢い嬢は簡単に寝たりしないのだが、賢い男も簡単にお金を使わない。簡単にお金を使う男は、楽をしようとしているか、他に打つ手がないのである。


互いの期待値が拮抗し力比べを始める。しかし所詮は男と女、情にほだされた方が押し切られ勝敗がつく。


時計に目をやり時間を確認する。もうすぐ一時間、これ以上の攻防は無意味だ。とにかく今日は帰ろう。


「チェックで」美華に告げる。


つかみどころの無い男だなぁ、そう思われたのかもしれない。しかし別に構わない。これはゲームなのだ。


この店で会計したのは5回目だろうか、安定だな。そんな事を考えながら素早く退店する。


エレベーターに1人で乗り込み、美華とママのお見送りを眺めながら3Fのボタンを押す。


私が降りる階を確認してくれてたらおもしろいのに、そんな事を考えていた。


私は40代、彼女は20代。そもそもガチ恋などできるはずもないのだ。
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