研究におけるアートの重要性

記事
コラム
研究歴7年、28歳男性で生物系研究者の「めいす」です。
博士(医学)の学位を取得しています。

私は現在ポスドクをしており、
来年度から大手製薬企業の研究職として就職します。

研究をしていると、しばしば新規テーマを考える時がありますよね。
私も、今の研究テーマは自ら着想したものです。
それ以外にも普段から新しいテーマを思いついて、
研究室のメンバーに話したりすることがあります。

たまに「どうやっておもしろいテーマを思いつくの?」と
聞かれることがあるのですが、私はそれに対して明確な答えがありません。

というのもいつも直感なのです。
テーマの着想だけでなく、実験データの考察もどちらかというと直感です。
何か論理的に考えてテーマを着想するというのではなく、
「こうなんじゃない?」「この仮説おもしろそう」という考えが、
ふと頭に浮かぶのです。

そして、その後にその直感を論理的に考えて、妥当性を評価します。
学振や就活の研究概要書では、あたかも研究テーマを論理的に考えて着想したかのように書いていますが、私の頭の中では逆でした。
着想してから論理的に考えているのです。
さすがに就活で「研究で大事なのは直感です」と言う勇気はありませんwww

サイエンスというと、論理的であったり、理性的といった言葉と
強く結びついている感覚があります。
そのため、いつも自分の研究テーマの着想方法はサイエンスっぽくないなと
思っていました。直感なので、再現性がないのです。
研究者なのに、なんだかサイエンスっぽくないのが歯痒く思っていましたし、
間違っているやり方な気もしていました。

ただ、最近とある書籍に出会い、「そういうことなのか!」とハッとすることがありました。
その本とは、
山口周 著の「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」(光文社)
というものです。

なんとなくタイトルがおもしろそうだったので読んでみたのですが、
私の研究テーマの発案の仕方はサイエンスというよりアートなのではないかと思うに至ったのです。

この本は主にビジネスにおいて、なぜ「美意識=アート」が必要とされているのかについて論じられているのですが、研究についても当てはめられると
思います。

本記事では、この本を起点に、ビジネスと研究の共通点を論じ、
私なりの研究テーマの発案対する考えを書いていきたいと思います。

1.ビジネスと研究の共通点

私は、ビジネスと研究(ここでは私の専門のバイオロジー)には共通性が
あると考えています。
それは1つに「対象の複雑性」と、もう1つに「差別化の重要性」です。

1-1.対象の複雑性

1つ目の「対象の複雑性」に関して、ビジネスは社会という複雑なものを対象としており、研究も生物という複雑なものを対象としています。

今の世の中は「VUCA」と称されることがあります。 
Volatility=不安定, Uncertainty=不確実, Complexity=複雑, Ambiguity=曖昧の頭文字をとってVUCAです。
ビジネスはこのVUCAな世の中に対して行われることです。

筆者は、このような問題を構成する因子が複雑で多大な世の中では、
論理的思考、つまり物事を単純化して因果関係で捉える思考方法に
偏っていては、ビジネスにおける問題解決方法の膠着をもたらすと
考えています。
そのような世の中だからこそ、アートな考え方、つまり理性ではなく感性、
論理ではなく直感、とのバランスが重要であると主張しています。

本の中で私が特に感銘を受けたのが、ビジネスを「アート」、
「サイエンス」、「クラフト」の混ざり合ったものと考えている点です。
アートが生み出したビジョンを、サイエンスが論理的に体系立てて裏付けを
与え、そしてクラフトが知識や経験でそのビジョンを実践していくと。

まさに、研究もそうではないでしょうか。
私が研究の対象とする生物こそ、まさにVUCAの権化だと思います。
ビジネスでいうビジョンの創出は、研究で言う研究テーマの発案です。
そして、サイエンスの部分は、私たちが考えるいわゆる「研究」です。
そして、クラフトの部分は実験経験です。

この本の論じる点に沿うなら、研究におけるテーマの発案では、
直感や感性といったアートが重要なのではないでしょうか。

1-2.差別化の重要性

ビジネスにおいて他社との差別化が重要なのは当たり前ですね。
筆者は、論理的思考はむしろコモデティ化(=差別化の消失)に繋がると
考えています。なぜなら、論理的思考は再現性があり、
誰もが同じ正解にたどり着く考え方だからです。

研究において差別化が重要かどうかは、一概にはいえません。
研究の起点は、単純なる知的好奇心であるため、
そこに差別化は必要ないからです。
ただ研究費を獲得する、High impact journalに投稿する、といった目的が
ある場合、差別化という要素は非常に重要になってくると思います。

新奇性のあるテーマを思いつくためにも、論理的思考力だけでなく、
感性や直感といったアートな考え方が必要なのかもしれません。

2.研究におけるアート

2-1.なぜアートが重要なのか

前項でビジネスと研究の共通性について挙げ、
アート(感性、直感)が研究においても重要なのではないかと述べました。
ここでは、まずなぜ研究においてアートが重要と考えるのかについて、
私の意見を書きます。
ここでの研究は、私の専門である生物学に絞っています。

私がアートが重要と考える1つ目の理由は、
生物が、論理的思考に頼るには複雑すぎるということです。
そして、その複雑さを解明しようとして、逆に新しいことがわかり、
益々複雑になっていくという現状に陥っています。

その結果何が起きるかというと、データに対する考えられる考察の幅が
広くなりすぎるのです。
例えば、定量的PCRで遺伝子AのmRNA発現が下がっていたとして、
その理由を考えるとします。

エピゲノムの変化、3Dゲノムの変化、転写活性化因子の発現変化、
miRNAの発現変化、poly-A tailの長さの変化、転写開始点の変化、
液-液層分離の変化による転写工場からの解離、などなどパッと思いつくだけでも、考えられる可能性がいくつもでてきます。
それだけでなく、未知の現象があるのかもしれません。

私はそのような時にアート(直感)が重要になってくるのだと思います。
つまり「なんとなく原因はこれな気がする」という直感です。

もちろん一個一個の可能性を実験でつぶしていくという方法も重要です。
ただそれでも直感によって優先順位を決めることができると思うのです。

そしてその直感は、その現象だけをみていてはダメで、先行研究であったり、
その他の実験のデータが頭にあって初めて、湧いてくるものだと思います。
その直感は、単なる博打のようなものではなく、後からきちんと論理的に説明できるのです。

もう一つ、アートが重要だと思う理由は、抽象化されたイメージ間のリンクが起きることがあると思うからです。

これは生物学に限ったことではないかもしれないですが、
「これってあれと似てるな」という類似性の認識が、
研究の突破口になることがあると思います。
よく、イノベーションは既存の知識や技術が組み合わさってできるとか
言いますよね。
一見、混じり合わなそうなコトが融合することで、
思いもよらぬコトが生み出されるのです。

ただ何でもかんでも組み合わせればイノベーションになるかというと
そうではなく、何らかの共通性や類似性があるもの同士が組み合わさると、
革新的なものが生まれると言われているようです。

私は共通性や類似性に気付くのに重要なのが、
抽象化なのではないかと思います。
対象としているモノやコトをそれ自身として捉えるのではなく(具現的)、
その目的だったり意義として認識する(抽象的)。

ここに関しては私自身まだうまく言語化できないのですが、
私の経験として一つ研究の突破口になったことがあったので、
やんわりとこの結論を考えています。
今後また同様の経験が積み重なれば、この結論を強化できると思います。

2-2.どのようにして研究におけるアートの側面を養うのか

上に述べたように私は、研究における直感や感性といったアートの面が大切なのではないかと思っております。
私自身、もっともっと生物に対する直感を養っていきたいと思っており、
どのようにすれば磨いていけるのかと考えています。
どのようにすれば、研究におけるアートを磨くことができるのでしょうか。

最初に紹介した、山口周 著の「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」(光文社)では、美意識を養うために、実際の美術や詩に触れるということを紹介していました。

それでは今からたくさんの絵画展にでもいきますかとなるのですが、
ふと思ったことがあります。
私たち生物学者の身近なところに非常に美しいものが存在するではないか!と

そうです、それは生物です。
私は生物を勉強してきて、神秘性や美しさに何度も感銘を受けてきました。
生物こそ、生物学者の最も身近に存在する芸術作品ではないでしょうか。

私がある程度の直感を身につけることができたのは、
生物という科目を暗記科目として接してきたのではなく、
「なんてすごいんだ」「なんておもしろいんだ」「こんなことが起きているんじゃないか」「生物だったらこんなことをするんじゃないか」と、
その神秘性や美しさをもっと知りたいという子供心で接してきたからなのではないかと思います。

確かに絵画展で作品を見たときも、「こんなことを表現したいのかな」とか「ここに書いてあるこれはなんだろう」とか「これって〇〇みたいだな」とか、何かと色々と妄想を膨らませますよね。

私は、生物に対してもそう接してきたのだと思います。
まるで芸術作品を鑑賞している時と同じような気持ちで。

なので、私はこれからも生物の美しさを探求していきたいと思います。
それがきっと、研究における直感力を養ってくれるのではないかと考えています。

3.最後に

いかがでしたでしょうか。
研究における、アートな部分の重要性が少しでも理解頂けたら幸いです。
私はこれからもずっとその美意識を磨いていきたいと思っています。

最後に私が最近思いついた研究テーマについて少し話したいと思います。
私は生物学でも、特に腫瘍生物学を専門としています。
がん研究の目的は、がん細胞を殺傷する画期的な治療薬の開発です。
世界中の研究者が、何ががん細胞をがん細胞たらしめているのかを見つけて、
それに対する治療薬を開発しようと頑張っているのです。

がんは端的に言えば、細胞が無制限に増殖するようになってしまう病気です。
正常の細胞なら、何かしらの条件で増殖が停止するのですが、
がん細胞はひたすらに増殖します。
それが、最終的に正常な器官の機能を壊してしまい、死に至るのです。

がん組織を見ていると、非常に細胞が密集しています。
どうしてこんなに密集しているのに、増殖を続けられるのだろうと疑問に思うのです。
今の研究のメインストリームは、がん細胞がどのようにして増殖するのかを見つけることです。
しかし、そもそもどうしてこんな密集した空間で増殖できるのかが不思議なのです。
満員電車でもうスペースがないのに、次の駅でまた人が入ってくるかのように、どうにかしてスペースを見つけているはずです。

そこに関して私の直感でちょっとしたテーマを思いついています。
最近、その直感を裏付けられそうな論文も出ていました(全く関係ない昆虫に関する論文ですが、共通性がありました)。

もしこれが正しければ、乳がん、肺がん、脳腫瘍と、がんの種類に関わらない治療薬になるなと、個人的には熱いテーマだと思っています。

来年以降、製薬企業に入ったら、どこかのタイミングでテーマ提案してみたいなぁと画策しています。

ここまで読んでいただきありがとうございました。






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