ありのままに心のままに③

記事
コラム

工場長からの伝言

休職中でも勤めていた会社とのやり取りが無くなるわけではありません。
今でも籍が残っているので、税金や社会保険料などの控除を会社に毎月納めています。

総務のお爺さんは、この会社の中で一番マトモな人と言っても過言では無いくらい話の通じる相手です。
そんなマトモな総務のお爺さんが、控除のお金を我が家まで徴収に来ると、妻から聴くだけで、私の体調は異常をきたします。

今月で4回目になる、そのルーティンに少し変化がありました。
「工場長が一度、どんな様子か話を聞きたいと言っている。無理なら奥さんも一緒でいいから会社に来れないか?」と言っていると、総務のお爺さんから、妻に言伝がありました。

私が休んでいる理由は“適応障害”です。
あの場所、あの空間にいることが苦痛だという病気です。
会って何が知りたいと言うのでしょうか?
苦痛を伴う職場まで出向き、「この場所にいるのが苦痛です」と伝える事に意味があるのでしょうか?

在職中に上司、幹部の口癖がありました。
「対応します」
指示を出すわけでもなく、問題を解決するでもない。
できるやろ?
なんとかしろ!
それをやるのがお前のしごとだ!
などなど、「対応した」という事実をもって、不利益な結果が出た時の免罪符にしようという予防線を張る、悪しき習慣というより、◯◯イズムとして文化になりつつあります。

きっと、今回も長期で休んでいる奴がいるから対応しただけのことなのでしょう。
目的もなく、ただ、いたずらに対応したところで何が生まれますか?
対応した人間の自己満足と、私に更なる心の傷を生む未来しか浮かびません。
“真面目に働いていた人間が、貴方方の卑劣な嫌がらせによって、仕事に行けなくなった。”その現実は何もかわりません。
本当に対話を望むのなら、まずは、私対して行った嫌がらせに対して、どのような見解なのかを示すのが筋ではないでしょうか。

二度目の休職で、私も妻も、この会社に対して、ほとほと愛想が尽きました。
それでも退職せずに休職という手段を選択しているのは、次の進路に進むために、体調を整え、準備をする時間を確保するためです。

いじめた側はいじめたという認識すらない。

いじめの被害者が、加害者に再会して、その様に感じた。
というエピソードをたくさん聞きます。
私もその様に感じている一人です。

謝罪も弁明もする気が無いのなら、ほっといて下さい。
私は本当に苦しんでいます。
それが感じ取れる様な人なら、こんな事態になるはず無いけど…
人の気持ちが解らない人に対して、自分の気持ちを理解して欲しいと望む、自己矛盾のループに陥り、今日もどんよりとした気持ちで過ごしています。

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す