「先に喧嘩を売る、あえてわざわざ嫌なことに向かって行く必要はないでしょ」と人は言いたがりますけど、それって(例えば)繊細さんも一緒ですよね。

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でも、それっていわゆる繊細さんも一緒ですよね。
「私はこれに傷ついているです」「こういうことが不快なんです」と主張するのって、己に嫌なことを先に排除しているじゃないですか。

それが自分が不愉快なものだったら、自分が不愉快、辛い。から、先に私はこうなんです。と主張する「私は繊細さんなんです」みたいなのはOKなのです。
こういう世界であって欲しい。みたいな。
遠回しに、心ないと感じた人のことを「人でなし」と、非難しているのです。

でも、どこかで誰かが自分は感じていない不愉快でもめていると、わざわざそんなことしないでスルーすればいいのに。と言い出すのです。
ようするに、自分は問題を感じていないのに、そこで何か言われる、揉めているとどうして。と感じる。と言うことです。


人には、こう言うことに傷つく人もいるんです! とか言っていませんでしたか?
そこに、実は問題があるんです。と言い出してますよね?

でも、方や己に問題のないことならば、スルーすればいいのに。とか。これが大人の対応よね。みたいになるのです。


***

基準は自分なのです。

それが自分にとって傷つくなら、優しい世界であって欲しい。と、何かを排除しようとするのです。
この世の人でなしを非難して「こう言うのはよくないと思います」と、そいつの風評被害をもたらすのです。

だけど、自分にとって害のないものでもめている、または自分にとっていいものが責められているのを見ると「どうしてわざわざ喧嘩を売るような真似をするのかしら?」と、言い出すのです。


わかりますか?
これが1人の人間の中で起きているのです。

相手も同じなんですよ?
事柄が違うだけ。


つまり、自分勝手です。


***

それについて述べたいことがあるので分けます。


→次回
【言い方に気を付けましょうとは言いますが「ありがとうと言いましょう」と言う素晴らしい説明なら、誰かを非難してもいいと思っていませんか?】

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