でも、それっていわゆる繊細さんも一緒ですよね。
「私はこれに傷ついているです」「こういうことが不快なんです」と主張するのって、己に嫌なことを先に排除しているじゃないですか。
それが自分が不愉快なものだったら、自分が不愉快、辛い。から、先に私はこうなんです。と主張する「私は繊細さんなんです」みたいなのはOKなのです。
こういう世界であって欲しい。みたいな。
遠回しに、心ないと感じた人のことを「人でなし」と、非難しているのです。
でも、どこかで誰かが自分は感じていない不愉快でもめていると、わざわざそんなことしないでスルーすればいいのに。と言い出すのです。
ようするに、自分は問題を感じていないのに、そこで何か言われる、揉めているとどうして。と感じる。と言うことです。
人には、こう言うことに傷つく人もいるんです! とか言っていませんでしたか?
そこに、実は問題があるんです。と言い出してますよね?
でも、方や己に問題のないことならば、スルーすればいいのに。とか。これが大人の対応よね。みたいになるのです。
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基準は自分なのです。
それが自分にとって傷つくなら、優しい世界であって欲しい。と、何かを排除しようとするのです。
この世の人でなしを非難して「こう言うのはよくないと思います」と、そいつの風評被害をもたらすのです。
だけど、自分にとって害のないものでもめている、または自分にとっていいものが責められているのを見ると「どうしてわざわざ喧嘩を売るような真似をするのかしら?」と、言い出すのです。
わかりますか?
これが1人の人間の中で起きているのです。
相手も同じなんですよ?
事柄が違うだけ。
つまり、自分勝手です。
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それについて述べたいことがあるので分けます。
→次回
【言い方に気を付けましょうとは言いますが「ありがとうと言いましょう」と言う素晴らしい説明なら、誰かを非難してもいいと思っていませんか?】