こんにちは。四柱推命師ゆんどると申します(^^)
占いを受けるに当たってまず自己紹介をさせてください。
▶33才♂・既婚・子供なし
▶まあまあ大きいパチンコ屋に勤める中間管理職サラリーマン
▶母子家庭の3人兄弟。2個上の姉と3個下の妹
▶20kgのダイエットに成功。リバウンドを経て現在体重をキープ
■生い立ち
1988年8月2日、東京都北区赤羽で生まれました。
『江戸っ子』に憧れ、家族から柔らかく否定されるもずっと江戸っ子だと信じていたピュアな子供でした。(叔父は函館生まれ)
3兄弟の真ん中、上と下には姉妹がおり板挟みに合いながら育ちました。
母はシングルマザーで、ボクが9才のときに離婚しました。父と母が大ゲンカした夜のことは今でも鮮明に覚えています。そして次の日に父はいなくなりました。そこから母vs子3人の生活が始まります。
母は朝早くから夜遅くまで懸命に働いて自分たちを育ててくれました。それでも毎年海外旅行や沖縄、ちょっとした別荘など、いろんなところに連れてってくれました。周りからは「ありえない!」とか、「こんなお母ちゃんいないよ!?」と周りから言われていたのが誇らしかったです。
なんてことない普通のお母ちゃん
「さぞかし立派なところに勤めてらした優秀なお母さんね」
と思われそうですし、よく言われました。が、全然そんなことありません。離婚した時はただのヤクルトレディー(アルバイト)です。大学も出ていませんし、資格もなに1つ持っていません。
至って普通のお母ちゃんですが、離婚を機に一念発起。このままじゃ子供を育てられないと思い、お掃除業界へ転身。当時荒れ野畑(らしい)だったお掃除業界を開拓していくことに。
母はよく言います。
「人生なんとかなるんだわ」
・・・頼もしい限りです。
母の影響を受けて
そんな仕事一色な母ですが、唯一心のより所としていたのが『風水』でした。当時はDr.コパさんの風水グッズにはまっており、トイレが紫だらけになったのを覚えています。しかも決して安くないウン万という費用を掛けて・・・
当時はまっっったく理解できませんでしたが、母の「これで大丈夫」という安堵した顔と、元気に3兄弟が育ったことを考えるとDr.コパさんの風水グッズは”当たる”代物だったのかもしれません。
なんと兄弟中2人も私立の高校、私立の大学に通わせてもらいました。絶対恩返ししよう!というのは普通の感覚だと思います。
ただ、ボクはそんはいい息子にはなれませんでした。
腐ってるどら息子
もう時効だと思って白状しますが、ボクはとんでもないどら息子で、母の財布からお金を盗んでいました。今ではホントごめんなさいな話ですが、金額もエグかった・・・。月に数万じゃ効かないときも・・・
そのお金を何に使ってたかというと、ダイエーのメダルゲームに思いっきり使ってました。今でいうパズドラに課金みたいなもの。
ほんと、終わってます。
でも今は社会人となり、帰省のたびに母においしいものをごちそうするようにしています。こんなんで返せたと思っておりませんが一生を掛けて恩返ししていくつもりです。お母ちゃん長生きしてな。
占いとの出会い
失礼ながらDr.コパさんの風水は信じていませんでしたが、やはりボクもそういった類いを信じる母の血。無性に占って欲しい願望に駆られたことがありました。大学時代の飲み会の帰り、赤羽駅前にちょこんと机とイスを並べ、手相占いをしている人を見つけました。
なぜか無性に気になり、
「すいませんおいくらで診てもらえますか?」と聞くと
『3,000円でやらせてもらってます』
3,000円という金額は占い界隈では「ふつう」かもしれません。ですが当時のボクはしがない大学生。3,000円が右ストレートとしてガツンと効きます。
「・・・少し考えます」と言い、コンビニで一服するもやはり気になり、お酒の勢いもあってエイヤー!と診てもらうことに。
するとその占い師の方は『1,000円でもいいよ』と言ってくれ、初めて占いを受けることに。
初めての占い
そんなこんなで占いを受けてもらうことに。診断は手相だけだったと記憶しています。
それでもその占い師さんは
『ああーお母さん社長なんだ!』
『小さいとき苦労されましたねぇ』
『目標はお母さんにするといいですよ』
『運勢これからも良くなるから自身もって!』
と、ズバズバとこちらの様子を当ててきて「マジか!」となりました。
このことを占いを教えてもらってる師匠に話すと「いやいや、その占い師さんが特殊だよw」と苦笑いされました。
特別この方がすごかったのかもしれません。が、ボクの占いに対する見方が180度変わった夜でした。
ボクは嬉しさと興奮で
「とんでもない経験でした」といい、1,000円で良かった割引価格のところ、ちゃんと3,000円払いました。それほどハートを貫かれた出来事でした。
占いで得た教訓
この日から心に羽根が生えた気がします。
実は当時アルバイトの人間関係に悩んでいて、常にもやもやとしていたのですが、占い師さんの前向きな言葉と、自分の運勢の強さに希望をもらえた気がしたんです。
ここでボクはハッとしました。
占い師ハンパねえ
占いが終わってからもずっと防御の魔法が掛けられている感覚。「これが占いか・・・」。
ボクもできるようになりたいと思うようになったのです。
・・・
実は今の職業の将来に不安を抱えています。
ボクはパチンコ屋の副店長なのですが、パチンコ業界って年々右肩下がりの業界なんです。コロナがなくてもガンガン遊技人口が減ってきてます。それがこのコロナで加速して、コロナ前と比べても遊技人口は8割も戻ってきてません。業界の右肩下がり具合がやべーと思ってる中、ずっと温めていた自分の思いを発揮する時がきたと思ったのです。
そこで自分のことを掘り下げて考えてみると
『あ、オレ人の悩み打ち明けられることめっちゃ多いわ』
と思い一念発起。
雑な算段ですが占い師になろうと決意しました。『人の悩み』という観点だけでしたら、カウンセラーの道もありましたが、自分の経験から話を聞くだけでなく、将来を見通せる占いというエンタメ性に惹かれたのも理由です。
まとめ
まとめると占いでハッピーになる人を増やしたいのです。
そのためには相手の話をよく聞いて、占いで診察し、今後の人生の糧となることをお伝えする。ただそれだけだと面白くないのでエンタメ性も付け加える。そんな、人を応援する占い師を目指しています。
つまり人生を良くするお医者さん
でも「男性が占い師は厳しいね」というお声も頂きます。
ただボクの長所は共感力です。
人間関係・人生の選択と言ったことから、美容も好き(脱毛しました)、上から目線でアドバイスもしません。最近では20kgのダイエットに成功して何年もキープしています。
ご存知ですか?ダイエットって痩せることより、維持することのほうが大変なんですよ。こんなこともそのうち書いていきたいと思います。
長くなりました。
まだまだ勉強中の占い師ですが、みなさまの人生が少しでも良くなるようにがんばります。
気軽に診断依頼をしてってくださいね(^^)
へばまんつー☆