【旅行業の仕事】海外添乗員 その1デビューまで。

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コラム

24歳の時、海外添乗員になった。

元々、この仕事に憧れて、短大卒業後の20歳の時に、添乗員会社に入社した。

海外添乗員にすぐなれると思ったら、まずは、国内添乗員にて1年修行とのこと。

毎日、朝早い集合場所に行き、旗を持って、観光バスの補助席に座り、お花見や、果物狩り、時には、ホステスみたいな仕事もさせられた。(それはいつかまたお話ししよう。)

「何かが違う!」ともやもやしていた。

同期は、10名ほどいたのだが、私以外は、年上のお姉さま達でそれこそ、OL経験者や、海外留学帰りの多彩な人々だった。

私は一番年下だったので、皆にとても可愛がられた。

で、事あるごとに、「早く、海外に行け、行け」とせつかれた。

元々、オーストラリアにお金が貯まったら行こうと思っていた。

その資金源として添乗員をしていたのだが、朝から晩まで働いて日当9,000円を続けても、目標金額の100万円には、到底到達しないことがわかった。

結局、8カ月で国内添乗員をやめて、2か所のスキー場にひと冬、山ごもりをし、100万円貯めて、オーストラリアに行った。

それから、3年。

今なら、海外添乗員になれるかもと、24歳の時に海外添乗員専門の会社に応募した。

入社試験は、面接と筆記だった。

面接では、応募資格が25歳からで、自分は、その年齢まで、数か月足りなかったのだが、「私は25歳の人に負けないくらいの経験があります!」と猛烈アピールをした。

筆記は、地理や、世界遺産の知識、一般常識系の問題だった。正直、出来が悪かったので、合格は難しいかもと思った。

なので、採用通知を受け取った。とても嬉しかった。

入社後、面接官から、

「あなたの筆記試験は、ひどかったけど、知識は、勉強すれば身につく。

しかし、人柄や添乗員に適する性格は、勉強して身につくものではないので、採用しましたよ。」

と言われた。感謝!

海外添乗員は、5年近くやった。

26か国、98都市を訪れた。

私の担当したツアーは、旅行会社で売られている、通常のパッケージツアーももちろんあったが、それよりも多く、オーダーメード型のツアーを担当させてもらった。

例えば、

美大生の

ヨーロッパ美術館巡りツアーとか、

音大生の

世界のオペラ座訪問ツアーとか、

公務員視察ツアーで、

イタリアの市役所で働く人から、街づくりをどのようにしたか、お話しを聞くとか、

会社の売り上げ達成者の報奨旅行、

子供達を連れての海外語学研修

ハンドベル世界大会引率、

といった、なかなか普通ではできないことをさせてもらった。

そして、たくさん勉強もした。

今なら、あの出来の悪かった筆記試験も満点が取れるくらいになったと思う。

面白いツアーの話しは、また披露していきたいと思う。

本日も読んでいただき、誠にありがとうございました。

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