コー・アクティブコーチングプログラムで得た大事なこと②

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コラム
 前回のブログの続きです。
 プログラムで,というか,コーチングを受けるようになって知った,大事なことの一つ。

 それは,

 感情に正しさも間違いもない。全ての感情を私はありのままに感じていい

 ということです。

 コーチングを受ける前の私は,自分自身の怒りや悲しみに対して,

 私の怒りに正当性はあるか?
 私の悲しみに正当性はあるか?

 ということを,自分の心の中でジャッジするということをやっていたように思います。

 これって,本当に自分自身を痛めつけるやり方なんですよね。
 「正当性がある」って判断したら,「なんで私がこんな目に遭うの?」って苦しみがどんどん増して,感情の行き場がなくなっていくし,
 「正当性がない」って判断したら,怒りや悲しみを感じている自分を,「こんなことを感じている私が悪い」って追い詰めることになる。
 どっちにしてもいいことなしです。

 初めて私がクライアントとしてコーチングを受けたとき,私の怒りや悲しみを,
「あなたはそう感じたんだね」
と,ただ受け入れてもらったことに,ものすごく不思議な感じがしました。
 なぜ,それはひどいね,あなたは怒って当然だよ,と「共感」してくれないのだろう,とも思いました。
 でも,感情をジャッジされない,「ただ受け入れてもらえる」ということが,こんなにも安心できることなんだ,という気づきもありました。

 そして,当時の私からしたら,まったく不可解なこともありました。
 コーチングの中で,その怒りや悲しみを全身全霊で味わい尽くすと,その負の感情が,きれいさっぱり雲散霧消してしまったのです。

 それまでは,私は問題解決のためには,当事者に対する何らかのアクションが必要だと,漠然と思いこんでいましたが,まったくそうではない方法で,自身の心の平穏が訪れたことに,ものすごくびっくりしました。
 コーチングという手法に,グッと深く興味を持った出来事でした。

 また,コー・アクティブコーチングプログラムを受ける中で,コーチが感情を否定することなく,ただ「共にある」ことがクライアントに与える力を感じた出来事がありました。

 土曜日,朝からプログラムを受けるために家を出ようとしたときのことです。
 このご時世なので,全てオンラインなのですが,子どもたちが小さくて,狭い我が家ではとても集中して受けられないので,土日は夫に子どもたちを任せて,事務所で受けることにしていました。
 ところが,出かける前に,2歳の娘に,きゅっとしがみつかれ,「ママといっしょにいたい」「ママいかないで」と言われてしまったのです。
 なんとか宥めすかし,お気に入りのDVDでごまかして家を出てきたものの,本当に心が引き裂かれるような出来事でした。
 お休みの日にはずっとママと一緒にいたい,そう思ってくれている子どもを置いてきてまで,私は一体何をやっているんだろう?
 そんなグシャグシャな心のままで家を出て,遅刻はしないでください,と前もって伝えられていたにも関わらず,少し時間が過ぎてからのログインになってしまいました。
 そして,そのときのリーダーに,優しく「静さん,大丈夫ですか」と声掛けをしてもらったのをきっかけに,あろうことか我慢できずその場で大号泣してしまったのです。

 その場でどんなことが起きたかというと。

 その学びの場にいた人たちに,ものすごい労りと思いやりの場を設けてもらいました。
 声に出して,大丈夫ですよ,と励ましの言葉をかけてくれた人。自分の体験を語ってくれた人。個別のチャットで思いやりの言葉を伝えてくれた人。
 何よりも,ただ,全員がその場に「共にいて」くれたこと,そのことがあまりにもありがたく,温かく,悲しみでなく感謝の涙が止まらない場でした。
 オンラインだったにも関わらず,本当に自分の周りを囲んでもらっているような,そんな感覚でした。

 人が人に送るギフトには,こんな形もあるんだ。
 コーチングって,テクニックを尽くして相手に働きかけるだけじゃなくて,こんな風に,ただ寄り添って力づけるという方法もあるんだ。
 自分自身がクライアントとして素晴らしい体験をさせてもらった体験になりました。

 私も,ただ誰かと「共にいる」ことで,誰かにギフトを与えられたらいいな。
 今はそんな風に思っています。
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