【ショートショート】聞こえてくる声(ポートフォリオ掲載分から少し改変)

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仕事終わりに、いつもの居酒屋へ向かう。
大きな仕事が片付いたので、今日はいつもよりも贅沢をしよう。
焼き鳥、出汁巻、角煮、おでん、刺身……好きなものを好きなだけ。
居酒屋のドアをガラリと開けると、店内はそこまで混んでいない。
ゆっくりできそうだ。
運がいい。
席に座ると大将が声をかけてくる。
「今日はどうします?」
「今日はね、ちょっと贅沢をしようと思って」
「そりゃ景気がいい」
いつもは同じページしかみたいメニューも、今日は隅々まで見ていく。
ああ、何を食べよう。
悩んでいると、声が聞こえてきた。
「……たい、痛い」
顔を上げて、周りを確認する。
「どうしました?」
「いや、今声が聞こえたような気がして……」
「まぁ、このあたりはうるさいですからねぇ」
それもそうかと、またメニューを見直す。
「痛い、痛い……」
「嫌い、嫌い……」
やはり声が聞こえてくる。
目だけを動かして周りを確認してみたが、聞こえているのはどうやら自分だけらしい。
仕事が忙しすぎて、幻聴でも聞こえるようになったのだろうか。
聞こえてくる声はどんどん大きく、クリアになっていく。
「痛い、痛い」
「人間嫌い、人間嫌い」
大将が水槽から魚を取り出したとき、「やめろ!やめろ!」という声が聞こえ、そこで気づいた。
これは食材たちの声だ。
幻聴どころの話ではない。
第六感的なものが目覚めたのか?
どうしたものかとぼーっと大将のほうを見ていると、大将が大きな肉塊を出した。
その肉塊を捌き始めると「お父さん、やめて!」という声が聞こえた。
ああ、もう無理だと逃げるように居酒屋を後にした。

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