食事は”命”をいただく”修行”

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みなさんこんにちは。
スリランカ占星術師 アルカイック・エリです

わたしは、食事にケチをつける人が大嫌いです。
飲食店でエラそうにまずいだの、言う人を見ると気分がわるくなります。

コロナ禍で大変な飲食店を少しでも応援したいと、平日の密でない時間帯にランチに行くことがよくあるのですが、

この前お気に入りのとても美味しいお店にランチに行ったら、隣の席の方がお料理にほとんど手をつけず、好みではないとブーブー文句を言って帰って行かれ、ランチの時間が台無しになりました。

もちろん、大切な命を調理するのだから、出来る限り美味しくいただけるよう調理するのは大切なことだと思います。

お金を払っている客だから、言う権利がある。とでもお思いなのでしょうが
それにしても言い方があるでしょうし。周りの人に聞こえるような大きな声で言うのはマナー違反ですよね。(私の連れも、他の方たちもすごく美味しいと楽しんでいたのに)

そもそも仏教では、お食事は修行の一種だとお寺の住職さまがおっしゃってました

菜食主義だとしても、お米のひとつぶひとつぶ、お味噌汁一杯の中にだって、どれだけの命が含まれているのでしょうか。

他の命をいただいておきながら、やれ、まずいだの、嫌いだのという評価を下すほど、厚かましいにもほどがありますね。

わたしの父が食事にうるさい人で 母が一生懸命作ってくれた、健康を考えた薄い味の食事にケチをつけることがよくあり、私はいつも激怒していました笑

料理が好きなのでよく作りますが、作る大変さは身に染みてわかっています。

もし、ご主人や家族が食事に対して文句を言うなら、一度自分で一から作ってみてもらうといいと思います。どれだけ大変なことか。

今はスーパーやデパートで簡単に食材が手に入り、お惣菜のお店や飲食店も数えきれないほどあり簡単にお食事ができるありがたい環境ですが、もし自分が無人島に漂流してしまったら、すべて自給自足しなければなりません。

お水ですら、周りが海しかないなら海水から塩をとって飲料水をつくるか、雨水が溜まるのを待たなければならないかもしれません。

食べ物が何もないときに、通りかかった動物を頂かなければ自分の命があぶないかもしれません。

そんなことを想像しながら、命や食材の生産者や調達者、調理してくださる方に感謝し、きょうも美味しくなんでもいただきたいと思います。

今日もお読みいただきありがとうございました。

スリランカ占星術師 アルカイック・エリ

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