アカデミック考察(その7)高齢者犯罪の現状と要因、行政府の対策について

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国内の刑法犯の犯罪情勢は2002年の285万4,061件をピークに減少し続ける一方、深刻な状況に直面しているのが、高齢者による犯罪の急増です。人口ボリュームの厚い団塊の世代が高齢化した人口動態の変化のほか、孤立化・貧困化などの社会環境も犯罪発生に拍車をかけています。

なぜ高齢者犯罪が起き、問題に対してどう対処すれば良いのでしょうか。本記事では、第一章で高齢者犯罪の現状、第二章で高齢者犯罪の要因、第三章で高齢者犯罪の対策について述べ、原因の特定と対応策について考えたいと思います。

第一章 高齢者犯罪の現状と学説

第一節 高齢者犯罪の現状

65歳以上の刑法犯検挙人数は、1996年の1万2,423人から2008年に4万8,805人とピークを迎えました。2021年版犯罪白書によると、その後高止まりの状況が続いていましたが、16年から減少し続けており、2020年は4万1,696人(前年比1.8%減)でした(p.208)。

高齢者による犯罪が急増していると言われる理由は、刑法犯の検挙人数だけではありません。刑法犯検挙人数総数に占める高齢者の比率の急増にあります。例えば、同比率は1996年の4.2%から2020年22.8%に上昇しているほか、年齢層別人口比については、他の年齢層と比べて低いものの、1996年65.3から2020年120.7と2倍近くに増えています。

刑法犯の検挙人員の罪名別構成比を見ると、高齢者は窃盗犯の割合が高いのが特徴です。実際、2021年版犯罪白書によると、万引きを含む窃盗の構成比(2020年)が、全年齢では48.5%であるのに対し、65歳以上の高齢者は69.5%となっています(p.209)。窃盗の犯罪率だけでなく、近年は傷害や暴行の件数も増加傾向にある点にも注意が必要であります。

また、高齢者は再犯率が高いのが特徴です。2007年版犯罪白書を引用した中尾(2014年)によると、犯罪者数で3割に満たない再犯者による犯罪が、件数で全体の6割を占めます(p.104)。初犯時からみた2年以内の再犯率でも、20代後半が37.9%、30代後半が37.1%などに対し、65歳以上は75.5%に上っています。

第二節 高齢者犯罪に関する学説

 第二章からは高齢者犯罪の要因について論じるのですが、論評の前提となる先行研究についてレビューしたいと思います。

中尾(2014年)は、高齢者犯罪の要因として、孤立説と犯罪コーホート説、認知症説、確信犯説の4つの説を提示した上で、検討を行いました(p.101)。このうち、高齢者犯罪の増加要因として最も有力とされる孤立説については、他の研究者の意見を引き合いに、「高齢者が増加した要因として高齢者の社会的な孤立と経済不安である」などとしました。また、生涯現役社会を迎える中で、貧富の差が寿命の差と連動している実態について紹介しています。

中尾はこのほか、1940〜1946年生まれの出生コーホート(同時発生集団)を犯罪者が多いとする「犯罪コーホート説」について、犯罪コーホートの加齢に応じて中年犯罪や高齢者犯罪が増加している事象だと指摘しました。このコーホートに犯罪が多い理由については、有識者の意見を踏まえつつ、「悲惨な戦争体験のトラウマが影響しているのではないか。また、高齢になっても、体力的に元気な人が増えたことも、一因だろう」としています。

中尾の学説は、学説の提示に留まり、高齢者の犯罪増加要因を特定するものではありません。しかし、長引く不況や無縁化する社会といった社会情勢の変化の中で、高齢者犯罪の現在地を明らかにする学説だと考えられます。

一方、川上(2018年)は、米国における高齢者犯罪との比較により、日本の高齢者犯罪の特異性を指摘した上で、あるべき高齢犯罪者処遇を考察しました(p.131)。まず高齢になってから軽微な犯罪に手を染める人が多い日本の高齢者犯罪の現状については、暴力犯罪が大半を占める米国と比べて特異だといいます。その現状を踏まえ、高齢者犯罪対策として矯正施設に収容し改善指導を行うよりも社会内での居場所を提供し孤立を防ぐことが重要だとしています。

その重要性を念頭に、司法と福祉の連携で高齢者の社会への定着を目指す試みは行われているものの、川上は、さまざまな問題点を抱えていると強調しました。具体的には、矯正施設や保護観察所との連携不足により地域生活定着支援センターの運営が支障をきたしている点や、資源不足によりセンターが入口支援まで手が回っていない点などであり、犯罪学理論により問題の解決策を検討することが喫緊の課題としています。

川上の学説は、高齢者犯罪の再犯に関する問題を明確化した学説であり、社会的孤立の回避を主眼にしている点でも有用であると言えます。

以上により、窃盗などの軽微な犯罪が多い日本の高齢者犯罪は、社会的孤立を背景に発生しており、国としても社会的孤立の抑止に向けた取り組みに注力していることがわかります。一方で、再犯抑止の要となる地域生活定着支援センターの運営など、多方面で課題を抱えているほか、問題の解決策に至る道筋は学説でいまだに明らかにされていないと推察します。

第二章 高齢者犯罪の要因

複数の文献をひもとくと、高齢者犯罪の背景には、経済的要因と福祉的要因、心理的・精神的要因の4つの因子が絡んでいると考えられます。第二章からは、犯罪発生の4因子について論じます。

第一節 経済的要因

経済的要因は、経済的不況や所得減少などによる高齢者の困窮が犯罪を引き起こすとする要因です。

実際、太田(2013年)によると、高齢犯罪者の罪種別家計は、全体で4割以上が「少し苦しい」「大変苦しい」と回答しています(p.179)。特に経済的困窮が顕著なのが強盗であり、全体の8割近くが、家計のゆとりについて、「少し苦しい」「大変苦しい」と答えています。

なぜ経済的困窮が犯罪をもたらすのでしょうか。生活が困窮すると、高齢者は老後も労働に追われる結果、不健康な生活を送り、人間関係が孤立してしまうためだと考えられます。人間関係の孤立が犯罪因子として大きいのは、前述の中尾が指摘した孤立説の通りです。

第二節 福祉的要因

福祉的要因は、一般に高齢者が保険・医療・年金などを受けられることになっているはずが、政府の高齢者に対する保健や福祉が制度や運用面で十分なものになっていないことや、刑事施設からの高齢釈放者を含む一部のこれ医者が一定の理由で制度の恩恵を受けられないことから犯罪が発生するとする要因です。経済的要因や中尾の孤立説と比べて、外的な問題に重きを置く因子とされます。

第三節 心理的・精神的要因

心理的・精神的要因は、憤怒や怨恨、痴情など精神的要因が犯罪を発生させるとする要因です。

憤怒・怨恨・痴情は、殺人や放火、暴行、脅迫などの犯罪にみられる原因です。太田(2013年、p.179)によると、このうち、憤怒・怨恨・痴情を主たる犯行動機としてあげる割合が最も高いのは暴行であり、全体の8割超となっています。

憤怒・怨恨・痴情といった負の精神的要素は決して高齢者だけが持っているわけではありません。しかし、社会経験の蓄積や居場所の確保、死の意識などから粗暴犯を犯す傾向が弱まるという定説に比して、それらの感情が犯罪行動として顕在化する理由については、明らかになっていません。

第四節 生活習慣要因

生活習慣要因は、主に高齢者の孤立というライフスタイルの変容が高齢者の心理的・経済的負担を増大させ、また監視者不在であることから、その中で犯罪に至るとする要因です。

川上(2018年、p.135)は、慶應義塾大学の太田達也教授の学説をもとに、高齢者犯罪の促進とされる高齢者の社会的孤立について、「家族からの孤立」「近隣からの孤立」「行政からの孤立」の3つの孤立があるとしています。

家族からの孤立は、近年の核家族化で、家族からの孤立により経済的支援が不足することから生じる問題です。また、一人暮らしで誰とも付き合いがなく、誰からも関心を持たれない心理的閉塞感が犯行に対する抑止力を弱め、高齢者を犯行に走らせるといいます。

近隣からの孤立は、困った時に助け合ったり、相談し合ったりする人が近隣にいないことで、生活上の支援が得られないほか、心理的閉塞感が高まることから生じる問題です。また、近隣間のささいなトラブルも、互いに見知らぬ者同士では大きな問題や犯罪に発展しかねないとされます。

行政からの孤立は、介護保険や生活保護など、福祉に関する情報やサービスが行き届いていないことから生じる問題です。これは、行政側の制度的な欠陥というよりも、高齢者当人が生活保護やさまざま福祉制度について知らず、苦境から抜け出す術を知らなかったことにより生じる問題とされています。

第三章 高齢者犯罪の対策

ここまで、高齢者犯罪の現状と要因について触れてきました。これを踏まえ、第三章からは、行政府が高齢者犯罪の抑止に向けて取りうる対策について解説していきます。

第一節 ソフト的な福祉援助

警察限りで事件を処理し、終結させる微罪処分に併せて社会的な支援や指導といったソフト的な福祉援助の実施が、事後的な対応として重要です。福祉的援助により、とりわけ再犯の予防になると考えます。

前述の通り、高齢者が犯罪をおこす動機として多いのは、社会的孤立といった生活習慣要因です。太田(2013年、p.174)が指摘する通り、不良少年に対して社会奉仕活動やスポーツ教室を行うのと同じ発想で、健康上の課題を抱える高齢者を対象にした健康相談をしたり、趣味の会やゲートボールといった社会資源につなげていったりすると良いでしょう。

これらの取り組みの結果、窃盗犯罪などを起こした元高齢犯罪者は心理的閉塞感を弱め、人と社会とのつながりを取り戻せます。日本社会では受刑者や犯罪加害者への地域の反応に厳しい面があるとされますが、ソフト的な福祉援助は、元高齢犯罪者が自尊心を回復させる契機になり得ます。

第二節 地域生活定着支援センターによる入口支援

前節と同じく事後的な支援ではあるが、地域生活定着支援センターによる入口支援も有効な再犯防止策になり得ます。
地域生活定着支援センターは、「犯罪に強い社会の実現のための行動計画2008」の策定を受けて2009年に各都道府県に設置されました。刑事施設出所者を対象にした「出口支援」と異なり、窃盗や詐欺などを起こした障がい者が主たる対象で、保護観察所と連携し、退所後に必要な福祉サービスなどのニーズ把握や、帰住予定地の定着支援センターとの連絡などの事前調整を行っています。

いわゆるコーディネート的な側面が強いのですが、起訴猶予や執行猶予といった検察に送検された後の高齢加害者を福祉的な支援につなげていく上で有用な役割を果たしています。もちろん、前述で川上(2018年)が指摘した通り、センターが所在する都道府県にある矯正施設の収容指標・収容人数により、刑事施設に収容されてしまった対象者を出所後直ちに福祉的支援につなげる特別調整を必要とする高齢受刑者の数に差があり、各センターの負担にばらつきがある(p.145)など、課題が存在します。課題はセンターでの福祉的支援が法定化されていないのが主因であり、こうした問題の解決策を講じた後に施設の運営能力が向上すると考えられます。

第三節 犯罪予防機関による支援

太田(2013年、p.176)が指摘する通り、犯罪の発生予防では、警察の附属期間としての高齢者サポートセンター(仮称)など犯罪予防機関による支援が有効です。

太田が想定する高齢者サポートセンターは、軽微な犯罪を行い微罪処分となった高齢者に対する事後的な補導だけでなく、開かれた社会資源として高齢者の犯罪予防活動にも従事させます。ソフト的な福祉援助と同様に、センターでの活動内容は、地域高齢者に対する巡回や見守り、趣味・娯楽・教養・健康管理関係の行事や活動の企画・運営など、社会的孤立を防ぐための取り組みが大半を占めます。

高齢者サポートセンターの効用はこれだけではありません。ドイツなど、高齢者犯罪が比較的少ない先進国と比べて低いとされる社会福祉の強化にもつながると推察します。

いかがでしたでしょうか。上記のように、アカデミックレポートの例文制作を手掛けています。経済学を中心に対応いたしますので、お気軽にお声がけください。
参考文献集
太田達也「【基調講演①】高齢者犯罪の対策と予防〜高齢犯罪者の特性と警察での対応を中心として」『〈社会安全フォーラム〉高齢者犯罪の実態と対策』警察政策研究センター(2013年)、p.171-182
川上麻由「我が国における高齢者犯罪の特異性についてー米国における高齢者犯罪研究からの一考察ー」『大学院研究年報 法学研究科編』第47号、中央大学大学院研究年報編集委員会(2018年)、p.132-149
法務省『令和3年版犯罪白書』
中尾暢見「激増する高齢者犯罪」『専修人間科学論集 社会学篇』Vol.4 No.2、専修大学人間科学学会(2014年)、p.101-107
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