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弁護士検索・法律Q&A(法律相談)
ロシアによるウクライナ侵攻で反戦への機運が高まる中、太平洋戦争の悲惨な経験を、AI=人工知能を使って継承する取り組みが静岡県浜松市で始まっています。静岡放送局の片平和宏アナウンサーがお伝えします。(聞き手・打越裕樹キャスター、菅野真美恵キャスター)”読むらじる”より引用
1.空襲等の概況 浜松市は、戦前から航空隊の根拠地であり、また軍需物資の生産都市であったので、27回に及ぶ爆弾、焼夷弾、機銃掃射、艦砲射撃の攻撃を受け、著名な公共建築物や公共施設、商店、住宅、工場の大部分は焼失または倒壊した。(省略)
2.空襲等の状況 昭和19年12月13日午後2時26分、佐藤、相生、木戸、天神、中島に焼夷弾613発が落とされたのをはじめ、昭和20年に入ると毎月数回の空襲に襲われるようになった。2月15日には6機のB29が爆弾21発、焼夷弾7,324発を市内の広範囲にわたって投下、145人の死者と114人の重軽傷者を出し、4月、5月にも続けて数百人の死者を出す大規模な空襲を受けている。
6月18日午前0時10分からの浜松大空襲ではB29約100機の大編隊が全市を爆撃、本市は実に65,000発という莫大な数の焼夷弾によって焼き尽くされ、1万5,000余戸の家屋が全焼、1,717人の死者を出すという最も大きな被害を被ったのである。また、7月29日の深夜には艦艇8隻による艦砲射撃で2,000発の砲弾を浴び、170人の死者を出している。このように27回にもおよぶ空襲と艦砲射撃などによって数多くの市民が罹災し、戦災により死亡した者は実に3,000有余人に達し、重軽傷者5,000有余人、建造物の被害は全壊、全焼、その他を合わせ3万1,000有余戸となり、全市が見渡す限りの焼け野原と化したその悲惨さは、全く目を覆うばかりであった。(被災数字は出版物によって多少の違いがあるが、ここでは浜松空襲、戦災を記録する会発行の「浜松大空襲』による。)(省略)
3.復興のあゆみ (省略)4.次世代への継承 (省略)
*総務省HP:浜松市における戦災の状況(静岡)から全文引用