気楽に読んでください、呼吸のおはなし ~その16~

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今日は何となく、昨日までにお伝えしていた、なるべくそのまんまの呼吸を感じてみることの深度を深めることと、緊張に付いて、繋げて書き進めてみます。
息を吐くことを強調する呼吸の指導にはよくお目に掛かります。
しっかりと吐き切れば、自然と新しい息が入って来るから、という言い分だと思うのですが。
確かに、ここには大切な要素も含まれているような気はします。
呼気には排出するべきガス、広い意味で表現すると老廃物が含まれている訳ですから、排出が不十分だと呼吸の目的であるガス交換が不完全ということになってしまいますから、積極的に息を吐くことは大切なことだと同意します。
但し、巷でやっていることは、息を吐く為に筋肉の作用を動員させているように見えまして、それを長く続けるのは結構疲れるようにも感じるのです。
きっと、それを利用して、俳優さんがダイエットを成功させたりもしてるのだと思います。
このようなやり方の難点は、やろうと決めてかからないとやらない、ということです。
先程も触れましたように、ちょっと疲れますから、否、やりようによってはめちゃくちゃ疲れるでしょうから、やりたくない日が出て来るだろうということ。
呼吸が呼吸 " 法 " になってしまうことの欠点はそこに尽きるかと思います。
それからこれはほんの補足ですが、息を吐き切るという言い方は物凄く無責任なものでして、息は吐き切ることは出来ません。
自分の意志がどんなに強固でも、肺胞の中を全て空っぽには出来ないように、人体はなっているようです。
なので、我慢して吐く傾向で体を使い続けようとすると、いくらでも長くやれてしまう人も厄介なことに居てしまいます。
そんなことをすると却って物凄い緊張が体を縛り付け、新しい吸気がスムーズに始まることの枷にもなってしまいます。
なので、昨日までに書きましたように、体が縮む作用と、地球が引っ張ってくれる作用に、もっと素直にお任せすれば楽なんです。

それで、緊張の話ですが、緊張すると肩が上がっていたり、地に足が着いていない感じがしたりと、ベクトルが上へ上へと向かってしまうようです。
そこで、その状態に自分で気付けても、或いは指導者とか他の誰かに指摘されたりしても、一度そのように上方に向かってしまった矢印を地面に向かって安定させることは至難の業、なかなか思うようには行きません。
寝付きが悪い時なんかは、横になってもその感覚が外れなくなってしまっているようです。

それは、その緊張という荷物の降ろし場所を体が見失っているからなのです。

そこで、今、自分の体の中の、どこが地面と接しているか、それをシグナルとして体に送ってあげるのです。

やることは極めて簡単です。

二本足で立っているなら二つの足の裏。

椅子に座っているなら足の裏と臀部(※この部位は地面ではなく椅子の天面に支えられています)。

仰向けに寝ているならば背中。

足の裏と臀部は簡単に軽く手で触るだけ。背中は安心出来る人に触れてもらうのが一番ですが、タオルか何かを、背中を洗うような感じで軽く当てがってみるだけでも十分です。

たったこれだけで、緊張の降ろし場所、置き場所を体が思い出して、上がっていた肩やその他諸々も自然に下がります。

そうして、呼吸です。

自分の意志で息を吐き切ろうとしたり、長目に吐こうとしたりしなくても、このように、体のどの部分が地面と接しているかを体そのものに思い出してもらって、全ての仕事を一旦手放して息を排出させてあげたなら、更に地面に素直に引き寄せられるようになり、呼気の時間と次の吸気までの間が自然と延びて来ます。
ここでの自分のやることがあるとすれば、やっぱりそのお任せした呼吸を、なるべく邪魔しないように、そっと見守ること位でしょうか。

つづく


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