赤い薔薇の彼女【恋愛小説】

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いつだってその人は、
黒いワンピースでやって来る。
至ってシンプルな時もあれば、
時に総レースのデザインだったり。


彼女はゆっくりと店先に並べたバケツの花をひと通り吟味し、
そのまま視線を店内の花に移す。


僕は視線が合わないだろうかと期待しつつ、彼女の動きを見守る。
いや、正確には瞳を奪われている。


しかし彼女は、決して誰とも視線を合わすこともなく、店の中に入ってくる。
僕は少しがっかりしながら、けれども同じ室内にいることに毎度喜ぶ。


彼女がこの花屋にやってくるのは、決まって水曜日。


彼女のこの習慣で、僕の水曜日は特別になった。
朝の目覚めも良く、いつもより入念に身支度をする。
鏡の前でのチェックは怠らない。
それでも彼女の姿を見つけると、
抜けているところがあるのではないかと不安になる。


店に来るときは、柔らかそうな髪をいつも緩くアップにしている。
風のある日はおくれ毛がそよぐ様子に、
華奢な首元はくすぐったくないのだろうか…と、
余計な心配をしてしまう。


いつも化粧っけはない。
化粧をするのは勿体ないほどに肌が白い。
伏し目がちで花を見て回るので、
まつ毛の長さがよくわかる。
閉じられた口元はわずかに口角があがり、
唇はうすく、ほんのりとピンク色だ。
きっと、軽く嚙むだけで赤く染まるだろう。


彼女が花を愛でながら、
レジに向かって徐々に近づいてくる。
そこにいる僕は、胸の内が大変なことになる。
こんなにも鼓動が速くなることに嫌気が差す。
思春期の男子みたいだ、情けない。


側まで来た彼女は、
ゆっくりと視線を僕に合わせる。


速かった鼓動が熱く溶けていく。


「いつもので。」
彼女の声はやや低く、少しだけハスキーだ。
可憐な風貌にミスマッチで、大人びている。


何とか笑顔を張り付けて、
明るく返事をするだけで精一杯。
ガラスケースの扉を開けて、
小ぶりの紅い薔薇を、
殊更に選りすぐって10本取り出す。


最初に来店してから、
いつも小さめの紅い薔薇を買っていく。
紅い薔薇が無い時には、それと違う紅い花を。


僕には彼女と雑談など交わす余裕はない。
名前など聞けるはずもなく、
心の中で「紅い薔薇の彼女」と呼んでいた。


束にし、セロハンで包んだ花を渡すとき、
細い指に触れたいという衝動に駆られてしまう。
指先の爪は短く整っていて、艶めいていた。
マニキュアなのか磨いただけなのか、
男の僕には分からなかった。


彼女の手はとにかく美しく、
その感触まで知りたかった。


けれど、あまりにも憧れが強すぎて、
わずかでも触れると彼女を汚してしまう気がする。
崇拝という言葉が脳裏に浮かび、自分を嘲笑うしかない。


ある日、彼女は僕のもとへ真っ直ぐに来た。
「いつもので。」
とは言わず、
「スィートピーを贈り物用の花束にしてください。」
と、かすかに揺れる声で言った。


僕はその注文に少し驚いた。
そして、さらに驚いたことに、
化粧っ気のない彼女の瞳には、
いまにも溢れそうなほどの涙が溜まっていた。


今僕が後悔しているのは、
この時のことばかり。


なぜ優しい声を掛けてあげられなかったのだろう。
〝何かあったのですか?〟
そう言葉にしたならば、彼女は涙をこぼすことが出来たのだろうか。


しかし僕は、
喉元にピンポン玉のようなものがつっかえ、
間抜けな返事をしただけで、
足早にスィートピーを選びに向かった。


茎を持ち上げる指が、少しだけ心臓に合わせて震えた。



レジ裏に戻ると僕は、
まるで彼女の涙に気付かなかったように、
淡々と作業をこなした。
この時の僕が、僕は一番嫌いだ。


スィートピーはヒラヒラと可愛過ぎて、
甘い香りを放ちながら無邪気に明るく笑っている。
彼女には似合わないと思った。


それを受け取り、
清算を済ませ踵を返すまで、
彼女は涙をこぼさなかった。
もしかするとその後で、
雫は頬を転げ落ちたかも知れない。


身動きも出来ず臆病だった僕には、
それすら分からない。


その日以降、彼女はこの店に来なくなった。


黒いワンピースを見かけても、
僕が望む恋しい人ではなかった。


彼女はあの花束を誰に捧げたのだろうか。
僕が後に知り得たのはスィートピーの花言葉だけ。


~門出・別離・永遠の別れ・さようなら~





初めて短編小説を書きました。
掃除機をかけていると、
とりとめもなく言葉が浮かんで。
たまにはこんなブログも良いかな?と。

ちょっと調子に乗ってアップしてますので、
厳しいご意見も大歓迎!!
私の伸びかけの鼻を抑えてください^^


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