片思いをしていた高校生の私へ その2 恋のはじまり

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本当に先生のことを思うようになったのはいつの頃からだろう。
私はかれこれもう5年も6年も前のことを考える。もう、れっきとした過去のことになってしまった。

自分ではあの瞬間が恋のはじまりだと妙にわかったつもりでいたが、恋のはじまりなんて曖昧なものだ。とくに片思いはなおさら。
それこそずーっと自分の想像力と勝負し、自分相手に対話しているようなものなんだから。

あれは9月の体育大会。私は17歳の誕生日を目前に控えた女子高生だった。

女子高生ときくと、自分の先入観ではただ華やかなイメージしかなかった。小学生や高校生の頃は、とんでもなくお姉さんに思えたし、女の子の最盛期じゃないかななんて思っていた。自分がそうなることを強く求めていたわけじゃないが、自然とそうなるものだと思い込んでいた。若い時の思い込みというものは、本当にかたよっている。

でも現実は、若さと怖いものがないというだけが取り柄の地味な自分だった。
女子高生と呼ぶにふさわしい、女の子らしさや可憐さは皆無。
進学校だったので勉強しろとばかりの校風で、当然自分より勉強ができる優秀な生徒ばかりで、劣等感の塊だった。そのくせプライドだけは高かった。
いつも黙り込んでいて、同級生に自分から話しかける勇気もなく、だからだれも自分に寄り付かず、友達を作ることができなかった。

それでも、人並の恋愛をする普通の人間性はあった。女の子が年上の人生経験豊かな男性を好きになるという、ごく普通の乙女チックな恋に過ぎなかったが、恋には間違いなかった。
恋なんて当人が恋だと認めたら他の人がなんといおうといい。完全に自己中心的な判断で、そこに客観性を求めること自体がナンセンスだと思う。恋はそれだけ万人に開かれた愉楽であり、恋と思ったら恋なのだ。

それはさておき、9月のあの日。
日差しもまぶしく、まだまだ残暑が厳しいあの日。先生はその日差しをよける為にサングラスをされていた。そう、そのサングラスは遮光性が高いもののようでレンズは真っ黒。近距離でもその瞳の奥をのぞくことは許されないであろうほどのガードの強いもののように思えた。何も実際に近距離でそれを試していないにもかかわらず。
そしてその想像は、先生ご自身のガードの固さを表しているようにも思えた。

先生は生徒に対して、いつ何時も愛ある対応、冗談も大好きで、教師として完璧とまで思えるほどの親身で温かい対応をされる方だった。事実先生のことを慕う生徒は数多くいた。私はよく、先生の素晴らしさを訴える生徒の声を小耳にはさんでいた。

それでも、決して気安く、「あ、先生~!」なんて呼びかけられないような威厳があった。間違っても親のように子供が慕うなんて関係性は築けない敷居の高さを感じさせる貫禄があった。

私は、20-30mは離れているところから、先生をこれでもかというほど凝視していた。もう明らかに何かに取りつかれたように目が釘付けだった。
もし先生が、サングラスなしだったら、いつものように私は恥ずかしくて、そしてこわくて先生の瞳をまともに見ることなど到底できなかった。本当に、近距離で先生の瞳を見つめたことなんて数えるほどしかない。
「こわい」というのは畏敬の念、恐れ多くての意味での恐さだった。
先生の教えを受けたことがある生徒なら、当然先生に一度は畏敬の念を抱き、そして大半は、その後もずっとその気持ちを忘れられないのではないかと思えるほど、先生には絶対的な威厳と自信、誇り高さがあった。

もちろん、それは先生の一面、ほんの一面だったはずだが、先生とろくに会話もしたことがない、ただ授業を受けているだけの私にとっては、そのイメージがほとんどだった。

そんな状況だからこそ、先生の強いまなざしが直接自分の目に降り注がないことを良いことに、安心してあれほどまで一心不乱に先生を見つめ続けたのだろう。そして、恋していたから見つめてしまったのだろう。完全にあの時には先生に魅了されて恋焦がれていたのだ。

あの頃が恋のはじまりだった。あの日、先生のことしか眼中になかった。ずっと先生の背中を追いかけていた。

終わった恋だから、狂おしいほどによみがえる。決して振り向いてくださることなんてないとわかっていて、そのもの悲しさを恋をしている最中に肌で感じ、そしていずれは、失恋というもっと悲しい結末だけがまっているともわかっていたが、それも先生に恋した私の運命であり、止めることはできなかった。たとえどんな辛い結末があっても、恋をしたら最後、自分の足で最後まで走り抜けなければならない。

振り返ると、あの当時先生は、働き盛りの40代半ば。自他ともに認める仕事人間の先生にとって、それは何度目の働き盛りのピークなのか私には知る由もない。
私が知ることはあの時の先生が、とてつもなく輝いていていたということだけなのだから。









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