保険適用化で胚培養士の質が下がる?週刊誌の記事を読んで胚培養士の過酷な現実を吠えてみる!

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コラム
 先日、ある週刊誌の記事に「不妊治療保険適用で“手抜き診療”増える?専門家が解説」というものがありました。現場にいる人間としてこのタイトルに違和感を覚え、読ませていただいたところ、専門家の医師がこんな発言をしていました。
培養室は不妊治療の根幹ですが、胚培養士を育てる公的な育成機関はほとんど機能しておらず、院内で育てる必要があります。クリニックの収入は治療費しかないので、その教育費用は患者さんからいただく治療費から捻出することになります。しかし、その育成費用などを考慮しない点数設定をされてしまうと、スキルのある人材を育てる資金がなくなり、クリニックのレベルが大きく下がりかねません
 週刊誌の記事とはいえ、さすがにこの書き方には疑問をもたざるを得ませんでした。不妊治療の専門家としてトレーニングが必要なのは医師も看護師も一緒です。なぜ胚培養士だけ?しかも胚培養士の教育のために体外受精の費用が高額になっているとさえ読み取れます。
 患者様の大切な胚をお預かりし、受精させ育てるという重大な責務を負った職種であるにも関わらず、全く社会的認知の進まない胚培養士。
 実際、胚培養士のキャリアと現実はどのようなものなのでしょうか。あくまで私見ですが述べてみたいと思います。

1. 胚培養士のBackground

 現在、日本卵子学会認定の胚培養士は、約6割~7割が畜産・動物科学系、バイオ系の理系学部を卒業した方が担っており、残りの3~4割が臨床検査技師の方々です。医師や看護師の方にも資格認定を持っておられる方もいます。
 日本における体外受精の黎明期には、体外受精に関わった医師や臨床検査技師などが胚培養を担当していましたが、施設が増えるにつれ即戦力が必要となり、そこで白羽の矢が立ったのが、動物での体外受精の技術を習得していた畜産系学科を出た学生たちでした。

2. 臨床現場で胚培養士としての教育が必要なのは本当

 しかし動物実験で得た技術を、そのまま人間の臨床で使えるわけではありません。学生時代に習得した技術を基礎に「医療従事者」としての臨床トレーニングが必須となります。
 失敗が許されない仕事ですので、大学での動物実験で行っていたような「失敗しても、再度挑戦できる」といったマインドは臨床現場では許されません。臨床現場で働くために、徹底したトレーニングが行われます。
  施設によって指導の仕方は異なりますが、トレーニングラダー(Aの手技の試験に合格したら、Bの手技を勉強していいなど、技術習得における院内指針)があり、一人前の技師になるための鍛錬を行っていきます。
 またそれと並行して、大学で学ぶことのない、基礎的な産婦人科学、ヒト生殖医療に係る各理論を学んでいきます。

3. 実際、胚培養士はどうやってトレーニングをしているのか

 これは私がお世話になった施設での経験になりますが、技術練習を行う時の消耗品は、基本的には再利用です。その他、余った培養液やサンプル、不具合があって使えなかったものを使います。それを何度も洗って練習に使うなどします。
 知識の勉強は、施設によっては抄読会(関連論文を読んだり議論する場)を行ったりしますが、基本的な学習は、臨床現場で先輩に教えてもらったり、自分で関連書籍を買ったりしてその理論を学んでいきます。
 経験年数が進み、知識や技術も十分な領域に達した胚培養士は、施設によっては学会発表の機会も与えてくれます。
 おおざっぱではありますが、このようにして医療者として足りない知識や技術を補って、学生時代の動物実験から、臨床で働く一人前の胚培養士になっていきます。

4. 一般施設の体外受精費用には胚培養士の育成のための加算がされているのか

 さて本題です。この記事で発言されていた医師のクリニックは、記事に書かれていたように体外受精料金に「胚培養士育成加算」がされているのかもしれませんが、少なくとも私がお世話になったクリニック、大学病院では、治療費に胚培養士の育成費用としての加算はしていません。というか、そういう発想で費用を決めているというのを聞いたことがないです。
 またスタッフの育成という点では、医師や看護師も胚培養士と同様、トレーニングや知識の習得は必要です。なんで胚培養士だけに特定してこうした発言をするのか、理解に苦しみます。
 これは個人的な憶測ですが、体外受精の保険適用化がされてしまうと、体外受精の費用を高額に設定している施設であればあるほどダメージが大きいのは事実です。体外受精そのものを担う胚培養士を例に挙げて「スキルのある人材を育てる資金がなくなり、クリニックのレベルが大きく下がりかねません」と発言したのかなと思いました。

5. 胚培養士を続けるのは本当に大変

 たまに大学に寄ると「胚培養士になりたいんです。お話し聞かせてください。」と学生に目をキラキラされながら聞かれます。しかし私はこう答えます。

「今はいろんな会社が募集しているんだから、まずは視野を広く持って。それでも胚培養士になりたかったら挑戦してみたほうがいいと思うよ。」

 日本卵子学会の場合、認定資格修得の5年後に資格更新がありますが、初回の認定を受けてから5年後に更新する胚培養士の数は半分程度です。女性が8割を占める為、ライフイベントを迎えて資格を凍結している可能性もありますが、資格更新年数が進むたび、認定者数が減っていくという現実があります。
 患者さんにも「若い培養士さんが多いなあ」と思われる方もいらっしゃると思いますが、小規模クリニックですと、主任レベルの培養士は30歳前後の場合が多いと思われます。
 正直、この仕事は精神的、肉体的、経済的にも苦しい仕事です。休みは少なく、賃金はそんなに高くはありません。常に緊張にさらされ、残されたわずかな時間で、技術の研鑽と最先端技術の勉強に時間を割きます。窓のない部屋で長時間、限られた人間と過ごさなくてはいけないため、人によってはストレスは大変なものです。
 また胚培養士という仕事は、特殊すぎてつぶしが効かないという現実があります。胚培養士を辞めて転職しようにも、スキルが生殖医療に限定され、例えば看護師の様に幅広く医療に関わることが不可能です。 長く続ければ続けるほど、キャリアの選択肢が狭まる現実があるのも事実です。

6. 体外受精の保険適用化するのであれば、胚培養士の国家資格化の議論も必要

 今回、体外受精の保険適用化で不妊治療クリニックの実態にも焦点が当たると思いますが、保険適用に伴い、個人的には胚培養士の国家資格化にも議論が及ぶことを願っています。
 現在、日本には日本卵子学会認定の生殖補助医療胚培養士と日本臨床エンブリオジスト学会認定の臨床エンブリオジストの2種類の任意資格があります。いずれにしても任意資格であるため、社会的な認知度は低いというのが実情だと思います。
 それに加え、保険適応されて保険点数がつく医療行為を、医療国家資格のない人間が行うというのは前例がないのではないでしょうか。有名なところで言うと、臨床心理士は大学院を卒業しないと修得できない専門資格ですが、任意資格であるが故にか、精神科や心療内科で行われている臨床心理士の心理カウンセリングは、基本、自費で行われています(例外があるかもしれませんが)。
 保険点数がつき、「医療行為である」と国が取り決める以上、体外受精を行う人間も医療国家資格保持者であるべきではないでしょうか。6~7割の胚培養士が医療国家資格を持っていないという実情を踏まえ、喫緊に対策を進めるべきと私は考えます。
 世界でもこの動きは進んでおり、台湾では国の保健省認定の胚培養士の資格があり、すでに運用されています。

7.まとめ

 菅政権になり、不妊治療の保険適用化の議論が今後進んでいくと思われますが、体外受精そのものは胚培養士という技師が行っており、日々技術の研鑽、そして患者さんが一日でも早くパパ、ママになってくれるよう努力しているということを忘れないで欲しいと思います。
 また国も、少子高齢化という国難に対し、体外受精そのものを支えている我々胚培養士に対し、国家資格化に向けた議論を進めてほしいと思います。大学や大学院に専門単位や専門課程を新設するなどし、国家試験に合格した人材が胚培養士として就職することで、この週刊誌の医師がいう「胚培養士を育てる公的な育成機関はほとんど機能しておらず」とい点は解消されていくかもしれません。
 いかがでしたでしょうか?びっくりされたこともあるでしょうが、不妊治療を行っていてもなかなかじっくりお話しする機会のない胚培養士の実情をわかっていただけたら幸いです♪
                    生殖医療カウンセラー★Yuri 

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