不妊治療を保険適用に?現制度での難しさを考える。

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 先日、菅官房長官が自民党総裁選挙での施政演説で「不妊治療の保険適応化」に関して言及しました。
 現在治療中の患者さんを始め、やっとこの件に関して国が本腰を入れるか!と思った方も多いはず。 
 ですが、実際、不妊治療の中でも一番高額で経済的な負担が大きい「体外受精」に関しては、日本の健康保険の制度下でどう運用していくのか、疑問に思ったのは、われわれ不妊治療に携わる人間です。 

「実際、体外受精の現場ってどうなってるの?✧٩(ˊωˋ*)و✧」

 そこからちょっとこの問題を掘り下げ、日本の体外受精の特殊性と、新しい選択肢に関して考えてみようと思います。

健康保険の支払額の仕組みと不妊治療

 現在、日本の健康保険制度では、すべての診療行為などに「保険点数」というものがつけられ、それに応じて報酬額が算出されます。
 また薬剤には「薬価」と呼ばれる、いわゆる値段が決まっており、これは不妊治療に限らず、人に使用するお薬にはつけられているのもです。不妊治療を行っている世代であれば、3割の自己負担額を支払っています。
 という訳で、卵巣刺激や黄体補充等で使用する薬剤、診察に関しては、保険適応として3割負担にするのは、そんなに難しい事ではないと思われます。

日本の体外受精の特殊性

1. 培養液や消耗品などの問題
 しかし、問題は一番お金のかかる体外受精そのものです。特に培養液に関しては、実は「動物用試薬」という位置づけて、日本においては薬のように薬事法に基づいて治験が行われているとか、薬価がついているとか、そういう事はありません。
 また培養や凍結に係る試薬は、海外製品も含めると膨大な種類になります。それを施設ごとに様々な組み合わせで使用しているというのが現状です。
 海外では国の審査機関(日本でいう厚労省のような機関)が厳しい条件を設け、それをクリアした試薬を商品として販売していますが、日本に関しては同じような審査過程はありません。
 薬であれば、海外で承認された薬でも、日本でも新たに承認が必要なため、日本国内での治験が必要であったりしますが、その過程が培養液に関しては存在しません。
 受精ー胚培養に係る培養液・消耗品のコスト、胚の凍結融解も含めて、不妊治療施設で値段設定は様々です。これらをどう保険点数化するのか。クリニックによっては高額な値段設定がされている為、痛手になると思います。

2. オプション治療の問題
 また、胚移植で行われるアシステッドハッチング(AHA)に代表される「オプション治療」もあり、施設によっては年齢や治療回数などで必須としている場合もあります。
 しかしこれらのオプション治療に関しては医学的根拠が乏しいものが多く、こうしたオプションに関しても保険適応するとなると、他の自費診療に関しても保険適応を!!という声が出てきてもおかしくありません。
 こうした高額な治療オプションに関しては議論の対象にはなるのか。AHAに関してはもはや慣例化している部分もあり、現場としては気になるところです。

3. 胚培養士の問題
 医師はもちろん、看護師や薬剤師などの医療国家資格保持者の行う医療行為には保険点数がついているものがあります。しかし、生殖細胞を扱う「胚培養士」と呼ばれる資格は、医療国家資格ではありません。
 中には臨床検査技師の資格保持者もいますが、胚培養に関して保険点数化するのであれば、上記の理論で言えば、胚培養に関する医療国家資格が必要なはずです!!…が、日本には国が認めた資格は存在しないのをご存知でしょうか。
 現在、胚培養士と呼ばれる技師は、6割が動物・生物科学系の出身(日本卵子学会による)で、医療とは全く関係のないbackgroundの人たちです。
 現在、胚培養士に関する資格として2種類存在し、生殖補助医療胚培養士(日本卵子学会認定)とエンブリオジスト(日本エンブリオジスト学会認定)によるものがあり、アシスタント以外はどちらかの学会の認定を受けていることが多いです。
 海外では国家資格化した国もありますが、日本ではこの議論がなされていません。保険適応とするのであれば、胚培養士の医療国家資格化の議論も進めるべきだと思いませんか?
 胚培養士という職業の社会的な認知が低いので、長年ほったらかしされてきた議論ですが、保険適応にする上で喫緊の問題であると私は考えています。

(私見)体外受精は保険適応されるのか?

 菅官房長官は「おおよそ2年」を目安に保険適応したいと記者会見で話していました。
 これはあくまで私個人の意見ですが、実際は「できるところから、段階的に行われていく」のではないでしょうか。
 まずは議論が簡潔にすみそうな薬剤や診療から保険適応になり、体外受精に関しては、現行の自治体の助成金を適応しつつ、その間に議論を進めていくのではないでしょうか。
 個人的には「日本の体外受精の特殊性」の項目でお話ししたように、体外受精のすべての工程が保険適応になるとは、健康保険が公費であるという性格上、考えにくいと思われます。
 またフランスのように回数制限を設けるなど、保険適応の制限はあると考えています。今後の動向を注視していきたいと思います。

保険適応もいいけど、他の選択肢も考えていきたい

1. 成功率は低いという現実 
 現在、治療に臨んでいらっしゃる患者様には不妊治療、特に経済的な負担の多い体外受精の保険適応は恩寵と言うべきものかもしれません。
 しかし、体外受精を行った患者様で子供を授かれるのは半分程度。年齢依存的に、成功率は下がります。
 また卵子提供の仕組みを持たないわが国では、卵子提供の適応とされる40歳以上の方が体外受精を行っている場合が多く、世界有数の体外受精大国であるにもかかわらず、その成功率は世界最低レベルです。
 医学的には体外受精で妊娠される患者様は、おおむね3回の体外受精を受ける間に妊娠されており、回数依存的に成功率も下がります。

2. 養子縁組、生殖細胞提供(卵子・精子提供)も積極的に考えていきたい
 子供を授かる・育てる、ということに関しては、様々な形があります。特に日本でなかなか進まない特別養子縁組や里親制度に関しては、近年、不妊治療の現場でも、積極的に情報提供する施設が出始め、学会等で議論されています。
 治療を長く続けられた患者様の中には「治療の初期の段階で情報提供してほしかった。」という声も多数聞かれ、医療者も思い込みで、こうした情報をタブー視していたのではないかと、反省を余儀なくされています。
 また、生殖細胞提供も長く議論されてきたものの、現在でも国内では第3者からの提供は原則禁止(日本産科婦人科学会の会告による)されています。
 しかし、隣国の台湾では、国が積極的に生殖細胞提供を推奨し、ドナーは全員、遺伝子検査を受けることが義務付けられ、近年、日本からたくさんの患者様が渡航して生殖細胞提供を受けています。
 施設によっては、AIを駆使し、両親に似たドナーをマッチングするサービスも行っており、こうした点では日本は大変遅れていることを目の当たりにさせられます。
 世界的にも日本はちょっと特殊な不妊治療の事情が存在します。子供を授かるという行為に、治療以外の選択肢があることも議論され、認知されていくことに期待しています。

 いかがでしたでしょうか?菅官房長官の公約から、議論が進みそうな不妊治療の保険適応。今後、現場の人間として注視していく傍ら、様々な観点からアプローチが進むことを願っています。

「不妊治療とはいったが、体外受精とはいってない。( ´·ω·)」

という事にはなりませんように…(❁´ω`❁)








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