裸の心を書き連ねて

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こんにちは皆様。
文をネットに乗せる様になって数年経ちました。
誰かに見て貰っている。
誰かが共感している。

そんな妄想を頭に抱いて書いて書いて書き続けている。

何故書くか?

自分では分からない承認欲求があるのかもしれない。
そもそも何を書くか、誰に書くかも無いのに、書き垂れ流しているのは、若しかしたら迷惑かも知れないが、心の底で『申し訳ない』と考えながら、好きな風に書いている。

文を乗せているのを、職場の人に言ったことがある。
色々な職場を渡り歩いてきたので、そもそも話をする人が少なかったが、「あんまり見て貰っていないけど、書いてるのよ。」と言うと、「認めて貰えなくても、書きたいことあるよね。」と返された。

いやいや
私は認めて貰いたいです。
それだったら日記でいいよね。

となってしまいます、誰でもそうじゃ無いかな。

書くことはアウトプット。
自分にインプットした情報を、押し広げて見せてゆく作業、実は裸を見せるより恥ずかしい作業だ。
その上孤独だ。

認めて貰えないなら、成り立たない。

書き連ねて、本当に自己表現って難しいと思う、誰もが自分の基準を設けていて、そのハードルを飛び越えないと、ゴールには辿り着かない。

辿り着いても拍手が来るとは限らない。

同じ方向を見ていないと、見えない物が有るから。

それでも、私は心素っ裸になって書こうと思う。
それしか出来ないから。
誰かが見てくれていたら、繋がれるから。
ぼんやりながら、思う。

いつも有難うございます。




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