漆黒すぎるブラックな ベンチャー企業での実体験|後編

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コラム
ブラック企業実体験、後編です。

前編はこちら

1.上場に向けた準備が一向に進まない不安

上場に向けた準備を行う部署にユウは在籍していた。業務自体に取り組んだことは初めてだったので、いつどのような書類が必要になるのか、具体的なことは知らなかった。

上場準備のサポートをしてくれる証券会社と定期的に打ち合わせをするのだが、とてつもないボリュームの資料を要求される。

「これ、この人数で本当にいけんの?締め切りまでにちゃんとした資料だせんの?」こんな疑問をいつも持ちながら働いていた。

もちろん、通常の業務もあるし、経営層からいきなり降ってくる意味のわからん仕事もある。計画どおりに仕事を進めることなんて出来るわけがない。どれも中途半端ではあるが、ギリギリの品質を確保するために、連日24時を超える残業で何とかこなしていた。

過去に上場準備の業務を行った経験を持つ同僚によれば、この状態は「異常」らしい。普通であれば、上場準備を最優先にして数人がかりで本腰を入れて取り組むそうだ。書類の提出が期限を遅れるか、イマイチな品質で出すことはありえないらしい。

「これ、計画どおりにちゃんと進めることが出来るのか?」
「上場という目標が遠のいたらマジでやる気なくすわ」
「ストックオプションによる一攫千金はどーなんねん」

という感じで、どうしても将来のことを不安に思ってしまっていた。

2.とある事件をきっかけにネットでプチ炎上

あの日の出来事は一生忘れないだろう。

現場が大炎上をしており、日曜日の始発に乗って1時間くらいかけて倉庫に向かった日だった。商品を出荷するために、本社に在籍している営業系、管理系の人員が20名ほどヘルプとして現場に入り必死になって作業をしていた。

「マジで意味がわかんない」
「オペレーションどないなってんねん」
「人が足りなければあらかじめ派遣を呼んどくべき」

腹を立てても仕方はないが、苛立ちがどうしても隠せない。疲労困憊になりながら、上司や同僚と愚痴を言いながらなんとかしてやりきった。すべての作業が終わったのは午後15時くらいだったと記憶している。

自宅に戻りゆっくりしているところで、社内のチャットツールで上司から連絡があった。

「ウチの会社の記事が出るらしい。これは炎上することになりそう」

まさか自分の働いている会社がそのようなことになるとは思っていなかったが、冷静に考えればあり得る話だった。

前編で書いたようになかなかのブラック企業であるため、話題になってもおかしくはなかった。会社に恨みを持った人間が、役所や雑誌に通報をすることは十分に考えられた。

「ああ、もうこの会社では働けないな」

そのとき、ふと思ったのがコレだった。激務でブラックだが上場という目標と仲間の存在があったから、前向きに働くことが出来ていた。ただ、この件をきっかけに上場はなくなるだろうということは、一社員である自分にも安易に想像がつくことだった。

数日後、実際にネットではニュースになっていた。詳細について明かすことは出来ないが、掲載されている内容は紛れもない事実だった。完全に身から出た錆。自業自得という言葉がこれほど相応しい出来事はなかった。

幸いにも「プチ炎上」であるため、経営に対するダメージはそこまで大きくはなかった。売上が消し飛ぶ、業務停止命令を受ける、ということはなかった。
ただし、上場に向けた準備は大きく遅れることとなった。ブラックな体制で

「プチ炎上」をしてしまうような企業が、上場に向けた審査を通ることは難しくなるというのが証券会社や専門家の意見であった。

もちろん、可能性はゼロではないし、やるべきことを粛々とやっていけば将来的には可能かもしれない。ただ、あまりにもブラックな社内の体制にもう着いていけないと自分の心の中で結論が出てしまっていた。

3.人の作った仕組みの限界を感じて躊躇なく起業

さすがのブラック企業であっても、今回の件を重く受け止めて「調査委員会」なるものが開かれた。ただ、そのメンバーは完全に身内で固められており、「やっている感」を出すためだけのものだった(社外取締役、顧問の弁護士とか)

案の定、社内で共有されて調査結果は大したものではなかった。「問題の根本を突けてない。対策も理想の口だけ。どうせなんも変わらん」というのが率直な感想であった。

実際、2-3ヵ月が経過しても社内が大きく変わることはない。相変わらずの激務であるし、トラブルは勃発するし、人は辞めるし、新たに入った人もすぐに辞めていく。なにも変わっていない。

「ここらが潮時だな」という気持ちが徐々に高まっていく。会社員として10年くらい働いてきた。今回のベンチャーで3社目の経験だった。

「どこまでいっても自分の力で組織を変えることは出来ない。もっと仕事にのめり込みたいし。仕事を通して誰かの役に立ちたい。達成感を仲間と共に分かち合いたい」

これが偽りのない自分の本心だった。

ここからの行動はスムーズだった。自分の過去の経験を活かして、世の中に対して何が出来るかを考えたときに、真っ先に浮かんだのがコーチングであった。

中学時代の不登校に始まり、人生のいたるところで何度も繰り返しメンタルダウンをしてきた。そのたびに学びを得て徐々に強くなっていくことが出来た。

同じような悩みを抱える人の力になれるはず。メンタルを鍛えて一緒になっておもろい人生を歩んでいく仲間が出来たら理想だ。そう強く思えるようになっていた。

会社を辞める際には、不思議なことに不安はなかった。気持ちが高まりすぎていた。ブラックな環境で生き抜いたこと、自分の人生の軸が見えたことで自信に満ち溢れていた。

独立しても絶対に成功するっしょ

メシが食える目途は経っていないけれど、逆に先に行動したらメシが食えるようになるでしょ

今回のベンチャーで学んだことは見切り発信の大事さだぜ。やると決めて、目標を立てたら、あとは実行していくのみ。いけますやん

こんなポジティブな思いしかなかった。圧倒的に積極的なマインド。全く将来を心配することなどしていなかった。

仮に事業に失敗したとしても、会社員として再度就職をすることは出来ると思っていた。会社員としてのスキルは超1流ではないにせよ一定のレベルにはあり、特に直近2年間のベンチャー企業での勤務を経たことで、何が来ても対応できる自信がついていた。

また、仮に起業して事業が失敗したとしても、会社員として過ごすよりもたくさんの経験が積めて、中長期的には自分のビジネススキルが間違いなく上がるという確信を持っていた。

もちろん、会社員をずっとやっていた方が新たな企業には雇われやすいことは間違いない。でも、企業なんて星の数ほどあるのだから、評価をしてくれるところは絶対にあると思っていた。

「じゃ、独立するしかなくね。人生一回だし」

それが、当時の私が出した結論であり、会社を辞めることに対しての不安はほとんどなかった。不安が顔を出すことはあったが、明るく前向きなマインドですべて打ち消してしまっていた。もう最強の未来しか待っていないと思っていた。

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