同じ人を好きになったアイツと俺

記事
小説
あらすじ

瀬名川真澄は中卒だけど、それを感じさせない若手作家の修先生。

その先生は両親の離婚を機に、双子の兄である瀬名川真と離ればなれになって生活をしていた。

それが、6年ぶりに再会することになった。

兄は瀬名真(せな まこと)としてモデルをしており、コミュニケーション不足の真澄は本名を隠して修(おさむ)先生として会うことにした。

その2人が、再び一緒に暮らし始める。

どのような暮らしになるのか、やっと慣れてきた真澄は真に振り回されるばかり。そんな2人の物語。


ホテルでカンヅメ。

小説家としては、やってみたい経験だ。

双子の兄が仕事で大阪に行くので、一緒に連れて行ってくれるみたいだ。

でも、俺は自分の仕事をする。

振り回されるのはゴメンだ。

それに、新幹線に乗るのは生まれてこの方ない経験なので、その時点で俺はおのぼりさんになっていた。

ジーッと窓の景色を見ていた。

隣で寝ているのか、兄の真は静かだ。

品川駅から乗り込み新大阪駅まで3時間ちょっとの間、ずっと座っていた。職業柄、座りっぱなしには慣れている。

新大阪駅に着く前に、声が聞こえてきた。

「うー……、ケツいてぇ。」

新大阪駅に着くと、真は迷わず構内を歩いて行く。

「真澄、こっちだよ。」

その声に足を止め、あたりを見回すとグラサンを掛けたまま手を振ってくれている。どうやら俺は違う方向に向かっていたみたいだ。

近くに寄り声を掛ける。

「ごめん、ごめん。」

「手を繋いでいれば良かったのだろうけれど、恥ずかしいから。」

到着日の今日は日曜日の夜でも新大阪駅の構内は人手が多い。

「真澄、ここからは地下鉄に乗るからね。」

「場所知ってるの?」

「うん、これでね」と、スマホを見せてくれる。

「なるほど、電車のアプリかあ。」

「便利だよ。」

「俺には必要ないから入れてないや。」

「ネタになるかもしれないよ。」

その言葉に、それもそうだなと思いアプリを入れることにした。

ホテルに着いたのは20時になろうとしていた。

「お腹空いた。」

「同じく。」

「コンビニで買おうかな。」

「せっかくだからホテルの」

「ホテルだなんて高いよ。」

「安上がりな奴。」

「ほっとけ。」

コンビニでお互い好きな物を買い、真の部屋で食べていたら、真はこう言ってくる。

「もうモデルしてないから良いけどさ……」

「そっか、モデルって食べ物には拘りあるんだった。忘れてたよ、ごめん。」

「まあ、良いけど。」

「明日、真の仕事が終わったら夕食はホテルで贅沢しようよ。」

俺の、その言葉に真は人なつっこい笑顔を見せてくれた。

「約束な。」

「うん。」

翌日の朝食はホテルのモーニングを食べに行く。

食後は部屋でダラダラとテレビを見ていると呼び鈴が鳴る。誰だろうと思い出てみるとスーツをビシッと決めた真が立っていた。

「行ってくるから」

「行ってらっしゃい。」

「俺は仕事だけど、お前」

「大丈夫だよ。俺も仕事する気で持ってきてるから。」

「パソコンを?」

「いや、ノートだよ。パソコンには帰ってから打ち込む。」

「相手になれないけど」

「大丈夫だよ。気をつけて行ってらっしゃい。」

「晩飯、20時頃に」

「別に良いよ。コンビニで買うから。」

はあっ……とため息をつかれ、途端に痛みがきた。

「話は最後まで聞けっ」

「いてぇ……」

頭をグーで叩かれてしまった。

うー……と、うなりながら叩かれた場所に手をやる。

「20時前にはホテルに帰り着くから、それまで待ってろ。」

「でも、それって予定だろ。」

真はキョトンとしているので言ってやる。

「予定は未定って言うだろ。」

すると首を絞められた。

「お前は何を言っている。」

「ギ……、ギブギブ」

やっと手が離れたので安心したら、こう言ってくる。

「夕べ、約束しただろ。それに、俺がお前をほったらかしにして食べるとでも言うのか。」

「接待とかあるじゃん。」

「大丈夫だよ。遅くとも19時には終わる。」

「本当に?」

「俺が嘘ついたことあるか?」

「数え切れないほどドタキャンされたけど……」

「大丈夫だって。今回は知らない土地だし、終わったらすぐ帰ってくるよ。」

「分かった。気をつけてね。」

そうかよ、知ってるとこなら午前様になるってことか。んっとに、兄貴の奴は。

サラリーマンやっている双子の兄の真は酒が弱いくせに、よく飲みに行く。ちょっとばかり早く生まれたからって兄貴風を吹かしてくれるんだ。

俺は小説家なので、どこに居ても仕事ができるからな。

さて、と。 それでは大浴場に行ってこよう。

んでもってネタ探しするんだ。


ホテルのロビーで手渡された紙には、こう書かれてある。

男女共に10時から24時までオープンしています。
女性は4F
男性は6F

タオル類は付いているので、手ぶらでどうぞ♪

お支払いはルームキーか、もしくは現金払いで。

10時5分前になると部屋を出てエレベーターで6Fで下りると、すぐに受付がある。

「いらっしゃいませ。マッサージもご利用でしょうか?」

「いえ、風呂だけです。」

「かしこまりました。お支払いはいかがしましょうか?」

「ルームキーで。」

そう言いルームキーを見せると、ナンバーを控えだす。

「承知いたしました。こちらにサインをどうぞ。」

そう言われ、部屋番号を確認してサインをする。

「それでは、こちらがロッカーの鍵になります。靴入れも同じ番号になります。ごゆっくりどうぞ。」

「はーい。」

靴を靴入れに入れ、着替える為にロッカーに向かった。

ロッカールームの入り口にはタオル類とバスロープが設置されており、それらを手にして入っていく。

手早く服を脱ぎタオルを2枚手にして7Fにある風呂場を目指してロッカールームの奥にある階段を目指す。

階段を上りきるとドアがあり、そこから向こうは一面風呂場だ。

広いなあ。

サッシの引き戸をガラガラと開けると、右手にはシャワー。3歩進むと左手には水風呂。その水風呂の隣には大小の四角のジャグジーが並んでいる。

かけ湯をして手前に位置する小の方に浸かる。

小は大人1人で、ちょうどいいぐらいの大きさだ。でも、ゆったりとするなら大の方だなと思い直し、大の方に浸かる。

こちらは5人ぐらいでちょうどいいぐらいだ。

思わず声が出ていた。

「気持ちいい……」

温泉だなんて初めてだ。

中学2年に行った修学旅行では旅館の風呂だったし。その年の12月には親が離婚して、俺たちは……と、いやいや思考がネガティブになりそうだ。

体感時計で10分ほど経っただろうか、今度は真ん中に位置する円形のジャグジーに向かう。座ると、水圧が背中のイボを押してくれる。

そろそろ体を洗おうと、洗い場に向かう。

手ぶらでと書かれてあるように、シャンプー、コンディショナー、ボディソープが置かれてあるので、遠慮無く使わせてもらう。

サウナに入るかどうかと迷ったが、先に露天風呂にしようと階段を上っていくと、扉があり、それを開けるとテラスがあった。

緑も茂り、木陰もあるので過ごしやすい。風も吹いていたので熱いと言うことも無く浸かっていた。

だけど、やはり風呂が好きで無い俺には苦痛かもと思い、今度はサウナに向かった。

階段を下りて、洗い場に向かう途中にサウナはあった。6畳ぐらいの大きさだろうか、所々にクッションが置かれてある。

そこに座ると、途端に汗がジワジワと噴き出てきた。

タオルで拭きながら熱さに我慢していたが、耐えきれずに出てしまった。

その足で6Fに下りるとロッカーからバスロープを取り出し羽織ると、お金を取り出し飲み物を買うため、飲食スペースへと向かう。

と言っても自動販売機なので食べ物もパン、チョコレートなどの駅の自動販売機でも買えるような物ばかりだ。

飲み物とチョコレートを買い窓際の席に座り、1本を飲みきると服に着替え部屋に戻った。

受付の人によると「半日ほど過ごされる方もいますよ」と教えてくれたが、悪いけど、俺的にはこれが限界だ。結局1時間40分居た計算になった。

ホテルの外に出ると中華店とパスタ店があり、その隣にはコンビニがある。夕食は、ここでもいいな。

そう思いながらコンビニに向かうと、念のため夕食用にパンを数個買う。なにしろドタキャンの常習犯だからな。

部屋に戻り昼食をすませ、カンヅメの準備だ。

部屋の机の上を片付けると、鞄からA4サイズのノートとシャープペンシル、スマホ、コンビニで買って帰った飲み物を並べ置いていく。

さあ、仕事するぞ!


「やられたら倍返しだ!」

いきなり、大声が聞こえてきた。

「え、なになに……」

何度も何度も、その言葉が聞こえてくる。

辺りを見回していたら、それはスマホから聞こえてくる。そういえばスマホに着信音として入れているのを思い出した。

机の上に置いているスマホを手に取りロックを外し画面を見ると、真からLINEが着ている。

”今、終わった。これから帰るから外で食べよ”

「あー……、そんな時間かあ。」

本当に、どこにも寄らずに戻ってくるんだなと思い返事を打ち込んでやる。

「はいはい。”分かった。気をつけて帰ってきてね”っと。」

すると、即、返事が返ってくる。

”19時過ぎに駅に着くから、19時半にホテルのロビーな”

その文字に了解と打ち、スタンプも押してやる。

それじゃ、顔洗って服を着替えるか。

その前に一旦、机の上を片付けようとノートを手にする。作業がはかどったのが分かる。12時半から6時間で30ページとは頑張った証拠だ。

なにしろ、真が転がり込んできてからは週2回の買い物が3回になったし、洗濯物も毎日しないといけなくなったからだ。

よく頑張っても10ページ書ければ良い方だ。

これなら、余裕に締め切りに間に合う。

そう思いながら軽くストレッチして体をほぐしスマホを手に取り見ると19時を過ぎている。

それを確認すると顔を洗い、さっぱりしたところで服を着替えた。

10分前に部屋を出てエレベーターで下りる。

このホテルのロビーって広いからなあ、どこにいるのだろう。でも探さなくてもいいみたいだ。女性の群れが出来ているから、おそらく中心に居るのだろう。

嫌だな。あの中に入りたくない。そういう思いでエレベーターホールの入り口でLINEを送ってやる。

”どこー?”

すぐ返事が来る。

”ロビーつったろ”

”ロビーが広いの知ってるだろ”

すると、割と近くで声が聞こえてきた。

「えーとぉ……。どこだぁ?」

キョロキョロと見回しているみたいで間があった。

「あ、いたいた。ごめんね、連れが来たみたいだ。」

いくつもの声が聞こえてくる。

「えー……」

「一緒に話しましょうよ。」

「連れも一緒で良いから。」

等々と聞こえてくるが、うるさいのは嫌だ。だけど、真は、こっちに来てくれるので女性の集団から離れてくれるので助かったよ。

兄が近づいてきたのが視界に入ってきたので手を振ってやる。

「たっだいまー。」

「おかえり。仕事お疲れ様。」

「なあ、中華行かん?」

「いいねえ。餃子食いたい。」

「いいとこ見つけたんだ。」

「俺もだよ。」

2人の声が重なる。

「このホテルの近くに中華とパスタの店があって、その中華にしよ。」

2人して顔を見合わせてしまい、笑ってしまった。

「なんだよ、それ。お前、仕事してたんじゃなかったのか。」

「してたよ。昼飯買いにコンビニに行ったとき見つけたんだ。」

「頑張って書けたとか?」

「たっぷりとな。」

「よし。それじゃ奮発して奢ってあげよう。」

「割り勘にしようよ。」

「いいから、お兄さんに甘えなさい。」

「後が怖そうだ。」

エレベーターホールからロビーに出た途端、いきなりうるさい声が聞こえてきた。

「キャー。2人ともかっこいい!」

「連れって言うから、相手は女性かなと思っていたのだけど……」

「男とは……」

「ねえ、私たちと一緒に」

「ダブルデートしましょ」

「私、こっちの人が良い」

その言葉と同時に腕を掴まれた。

「え、ちょっと?」

その女性が握ってくる力が半端なく強い。俺、ジムに通っているのだけど振りほどけないなんて情けないな。

今日しなかっただけで、ここまで劣るものなのか。

思わず叫んでいた。

「兄ちゃん、助けてっ」

「真澄っ」

双子の兄の真は学生時代モデルをしていたこともありルックスは良いんだ。人受けする笑顔でニコニコをキープしていた。

それが崩れると恐ろしいほど怖くなる。

同じ顔でも違いがあるので誰にでも分かるくせに、被害に遭うのは俺の方だ。

そんな真の弱点は意外にも俺だ。

名前からしてそうだ。

兄は真(しん)で均整の取れた身体をしており、俺は真澄(ますみ)でジムに通い始めて6年目のゴツい身体。

相手が男なら、すぐにノシているのだけど、女だから手を出さないだけだ。

しかも、俺より力が強いから振りほどけないというのもあるがな。

真の低音ボイスが聞こえてくる。

「そこの女ぁ、俺の大事な弟から離れろ。」

その言葉に、周りに居る女の声が割って入る。

「麗しい兄弟愛ねぇ。」

「いいよねぇ。」

真は一喝している。

「るさいっ! おい、そこの女、こいつから離れろ。女だからと言って容赦はしないぞ。」

俺の腕をつかんだ手に力を込めているのか、益々ギュッと締め付けられる。思わず口に出ていた。

「いつっ」

その漏れた声に真は気がついたみたいだ。

「ホテルマン、警察。どっちを呼ばれたい?」

まだ感情を抑えてるみたいだ。

さすが兄貴、TPOをわきまえようと冷静さを保っているんだな。

「なによ! 私たちとの約束が先でしょっ」

「した覚えはないね。」

「したじゃないっ」

「女と食事しようとは思わない。」

その言葉に、思わず口から漏れそうになったが押しとどめた。

(嘘つき。恋人とは食事するくせに)

その言葉に、俺の腕をつかんで離さない女は、こう返している。

「昼間、約束したでしょ。親睦を重ねて食事したいねって。その時、あなたはこう言ったわ。時間が合えばしたいですねって。だから、こうやって」

それって社交辞令だろう。そう思ったが余計なことは言うまいと思っていたら、真はあきれた口調で返している。

「ああ、あんたは、あの会社の事務員か。それを言ったのは社交辞令だ。そんなことも分からないのか。それに、俺は相手である上司に言ったんだ。あんたではない。」

「社交辞令なの?」

「そうだ。なるほどね。俺を尾行していたのは、あんたか。」

「だって、どこに行くのか知りたくて……」

その言葉に俺はキレた。

「ざけんなっ! ホテルマン、警察呼べっ!」

「なによ。あんたは」

「あんたが男なら既にノシている。女だから我慢しているんだ。」

真の声が聞こえてくる。

「先にホテルマンだな。ちょっと待ってろ。」

「早くしてくれよ。」

「オーライ。」

ロビーの受付に向かっている真の後ろ姿を見て安心したので、未だに俺の腕をつかんで離さない奴に言ってやる。

「いい加減に離さないと本当に警察に突き出すよ。」

「そんなこと出来るわけ無いじゃない。」

「それが出来るから言っているんだ。」

あれ、ちょっと待って。最後の言葉って二重音声になってたような気がしたのは気のせいかな?


「もっと、はっきり言ってやろうか?」

第三者の声だ。

「あんた誰よ。」

「一部始終、見させて貰ったよ。」

どこかで見かけたような顔だなと思い聞いていた。

「お宅、誰ですか?」

その人は溜息をついているが、誰なんだろう。

「まあ、完全に私服だし髪型もコレだから分からないか。警視庁捜査1課の村瀬です。」

「あー……、村瀬さんかぁ。」

「完全に私服で、私事の姿ですから分かりづらかったですね。申し訳ないです。」

「本当に分からなかったです。」

「先生の書かれる本には参考になることばかりなので愛読書にさせてもらっています。」

「愛読書だなんて照れる……」

「こちらへはネタ探しですか? それとも兄弟揃って羽伸」

そんな時、真が戻ってきた。

「あー! 村瀬。お前、どうしてここに……」

「久しぶりですね。」

「こんなとこまで何しに」

「夏休みで帰省ですよ。」

「え、帰省?」

思わず真の言葉を遮っていた。

「へえ、村瀬さんって大阪の方だったんですか。」

「そうです。」

「大阪って広いですねえ。」

「もしよろしければ観光案内しますよ。それより、お2人は」

真が俺を庇うように前に立つ。

「俺は仕事。こいつはネットさえあれば、どこでも仕事は出来るから連れてきたんだ。」

「そうなんだ。で、先生の腕をつかんで未だに離さない女、どうします?」

「仕事させてやるよ。」

「なに、その嫌みたっぷりな表情は。帰省してまで仕事だなんて嫌だなあ。」

俺も言ってやる。

「村瀬さん。管轄外で申し訳ないですが、この女、逮捕してください。」

「先生の頼みなら仕方ないですね。」

村瀬さんは、その女に目をやる。

「というわけで。いい加減に、その手を離してもらおうか。」

そう言い終わると、俺の腕は自由に動かせるようになった。

「村瀬さん、ありがとうございます。」

「いつも助けて頂いているので、これぐらい大丈夫ですよ。」

すると、数人の警察官がロビーに入ってきた。

「げっ……。夏休みで帰ってきてたのでは」

「目の前で繰り広げられてね。はい、この人よろしく。」

「あー、そうですか。協力、ありがとう、ござい、ます。」

「どういたしまして。それでは先生方、ごゆっくり。」

先生と呼ばれ、思わず言っていた。

「はい。ありがとうございました。」

その警察のリーダーらしき人が村瀬さんに声を掛けている。

「おい、村瀬。先生って」

「小説家の小林修(おさむ)先生。」

いや、バラさないで欲しかったな。

村瀬さんの言葉に、俺の周りにいた数人の女から声があがる。

「え、嘘っ。あの若手小説家と言われている小林修先生?」

「私、警察シリーズ3冊とも持ってるよ。」

「私はミステリーもの。」

警察官からも同様の言葉が飛び交っている。

「俺の愛読書の、ミステリーの先生?」

「サイン欲しー」

思わず言っていたら課長の拳が舞う。

「ミーハー厳禁っ!」

「てぇ……。そう言う課長こそ嬉しい表情してるくせに……」

「いつも、俺たちに”警察とは、こうあれ”って説いてくるくせに。」

真がふざけた口調で言ってくる。

「修センセ、ネタにすんのか?」

「しないよ。しても短編だな。」

「今回は許す。でも読者は俺だけだ。」

「なら、帰ってから書く。」

「楽しみにしとく。」

「それより、お腹空いたよー」

「そうだ、それだ。遅くなったが食いに行こ。」

ホテルの隣の敷地に立っている中華店に入る。

「まずは乾杯だな。俺はウーロンハイ。」

「俺はビールで、餃子だな。」

「野菜タップリ麺がある。」

「それにしよう。あとチャーハンも。」

注文お願いしますと言って店員さんを呼び注文する。飲み物が最初にくるので、お疲れと言って乾杯する。

「俺、午前中は大浴場に行ってたんだ。」

「広かったか?」

「うん。露天とサウナにも入った。さすがにマッサージはパスしたけどな。」

「いいネタになったとか?」

「んー……。そこまでにはならないかな。でもリフレッシュできたよ。お陰で午後は仕事に集中できたよ。」

「良かったな。」

食べ物がきたので、一旦会話は途切れる。

野菜タップリ麺は、野菜がシャリシャリとしていて量もあるので食べた感がある。肉と魚介類もあるので、まるで長崎ちゃんぽんみたいな感じだ。

「美味いよ、これ。」

「チャーハンも美味い。」

「餃子も美味い。」

「大阪だと、餃子の王将って有名なんだって。」

「へぇ。なあ、唐揚げも頼もうよ。」

「お前、よく食うな。」

「お兄ちゃんも食べるだろ。」

「食べるよ。」

「すみません、唐揚げ2人前お願いします。」

お腹いっぱいになり幸せだ。でも若干食べ過ぎた気があるので少しホテルの周りを散策して戻ることにする。

「そういや、明日の朝に帰るんだっけ?」

「昼過ぎの新幹線でな。」

「なら、朝はゆっくり出来るね。」

「どういう意味?」

「朝風呂行く?」

「そっちか。そうだなあ、行こうかな。」

「10時から入れるから。」

「チェックアウトが11時半だから、30分入れたらOK!」

「分かったよ。それじゃ、10時にエレベーター前に集合だね。」

翌日、10時前にエレベーター前に待ち合わせして6Fの大浴場へと向かう。

2人揃って受付を済ませロッカーへ向かい着替えも済ませると7Fへと続く階段を上っていく。タオルを縁に置き、2人揃って大きな目のジェットバスに入り足を伸ばす。

「んー……、気持ちいいなあ。」

「あの丸い奴にも浸かる?」

「うん。」

丸いジャクジーに入ると、真は言ってくる。

「その腕……」

「昨日のだよ。」

「あの女、ぜってーに許さない。」

あの女がつかんだ所にアザがあったのは、夕べ着替えるときに気がついたんだ。どおりで痛かったはずだよ。

真は、そのアザに唇を触れてくる。

「おい、何をして」

「お前は俺の半身だ。それを」

「そう言う台詞は日下さんに言ってやれよ。」

するとバツが悪そうな表情になった。

「言えなーい。」

「なんで?」

「鉄拳が飛んでくるんだもん。」

その言葉に笑っていた。

「まあ、鬼の編集長だからな。」

「一度、思わず言ったことあって。その時に食らった。」

「じゃあ、キスとかは」

「したくてもできないんだ。俺としては、もっと、こう……」

簡単に想像が付く。真は必死になっているのか言ってくる。

「一番最初に付き合ってくださいと告白した時はすんなりとOKくれたのだけど、今はなあ……」

「マンネリしてるとか。」

「小説家のセンセー、アドバイスください。」

「俺は恋愛小説家ではないけど、何があったんだ?」

「会いたいと言っても、会ってくれなくなった。」

まあ、時期も忙しい時期だからなおさらだな。

「それじゃ、大阪土産だよと言って渡すのは?」

「おお、それ良い! よし、駅で買うかな。」

「付き合ってどれぐらい経った?」

「んー……、7ヶ月もいってない。」

「仕事で大阪に行ったからと言って渡す。だから駅ではなく、お店で買う方がいいよ。」

「しかし、どんな物が良いのか……」

「気持ちとして500円位の食べ物と、他に何か……」

日下さんの顔を思い浮かべてるとピンときた。

「編集長、ロングヘアだから髪留めとかゴムとか良いんじゃね?」

「あ……、それならしてくれるかな。」

すると立ち上がった。

「よし、そうと決まれば出るぞ!」

そう言うとさっさと出てしまった。

まあ、昨日も入ったし良いか。


しかし、大阪ってカラフルだねえ。カラフルと言うよりも派手だ。特に女性物って、煌びやかだよなあ。

当たり前だけど、99パーセントのお客さんが女性だ。

その中をズンズンと遠慮も躊躇も無く入って行く真も真だ。

腕を引っ張られるが、俺は嫌だよ。立ち止まると真は訝しげに見てくるが察知してくれ。しかも、こんなことを言ってくる。

「何してるの? ほら、はや」

冗談じゃないと思い言ってやる。

「俺が買うわけじゃない。お前だろ。お前が選べよ。」

それもそうかと呟くと、腕を離してくれたので逃げるため出口に向かう。

「どこ行くんだ?」

「入り口で待ってるから。」

「分かった。」

だけど30分待っても出てこない。

通路からジロジロと見られ居心地が悪いのもあるが、それ以上に恥ずかしいものがある。なので意を決して再度、中に入る。

探し当てると、真はまだ悩み中だった。

「ねえ、まだ? 早く決めてよ。」

「ちょい待ち。プレゼントなんだから。」

「待ちくたびれたんだけど。」

「なら、改札前にあるオープンカフェで待ってろ。買ったら行く。」

「どこの改札だよ。」

真はガックリきたみたいで、頭が下がる。

「大阪駅とは違い、ここの改札は1ヶ所だけだ。だからお前も分かる。」

「分かった。後でな。」

なるほど改札は1ヶ所ね。

さすがの俺でも迷子にならずに探し当てることが出来たよ。その店でコーヒーを注文して椅子に座る。

うん、さっきのをネタにするのも良いなと思いネタ帳を取り出し書いていきプロットを練っていく。

もっと早くからこうしていれば良かった。

どれぐらい居ただろうか。真の声が聞こえてくる。

「お待たせ。俺も飲む-」

そう言うと、真はカプチーノを買ってきて俺の前に座る。

「気に入った物あった?」

「うん。これなら喜んでくれると思う。」

にこやかな表情で真は嬉しそうだ。

帰りの新幹線では、俺はネタ帳に必死になって書いていく。

真は寝ているのか静かだ。そう思っていると、ふいに声が掛かる。

「よく書けるなあ。俺は寝てたよ。」

「場所が違うから気分も違ってくるんだよ。」

「そんなものなの? たまには外見て休憩しろよ。」

「そうする。」

すると、富士山が見えた。

「え、もう富士山?」

「うわぉ、もう少しで着く。」

トイレ行ってくると言って真は席を立ったので、俺も片付ける準備をする。

入れ替わりにトイレに行き席に戻ってくると新横浜に着く手前だった。あと1駅なので荷物を下ろしておこう。

アナウンスが流れるので、2人して出入り口に向かう。

品川ではあっという間にドアが閉まるので行きの失敗を学び、余裕に降りれたのが嬉しかった。案の定、真が口を挟んでくる。

「おお、凄いや。行きはどんくさくてドアに挟まっていたのに、帰りは成功したね。」

「うるさいよ。乗り物に慣れてないんだから。」


東京に戻ってきて数日後、打ち合わせのため出版社に行くと、日下さんはロングヘアを一つに纏めている。

「日下さん、お世話になっております。」

そう声を掛けると顔を上げて笑顔を見せてくれた。

「修先生も大変ね。」

「なにがですか?」

日下さんは笑い出した。

「押しが強いのか弱いのか分からないお兄さんがいて困ることない?」

「んー……、ものによりますけどね。」

「ものによる、か。ったく、あの坊やは……」

編集長いいですかと声が掛かり日下さんは席を立ったので、その後ろ姿を見送っていたら気がついた。

いつもの黒いゴムではなく、カラフルなゴムをしている。

そうか。真は大阪プレゼントを渡したのか。

日下さん、よく似合っているよ。

そんなにも経たないうちに戻ってきた出版社の編集長、日下さんに声を掛けていた。

「よく似合っていますね。」

「何が?」

「カラフルなゴム。彼氏からのプレゼントですか?」

「大阪に行ったからって土産と一緒にくれたの。知ってるよね?」

「一緒に行ったけれど、何を買ったのかは知りませんよ。」

「プレゼントされたの初めてで。嬉しかったの。」

「良かったですね。」

打ち合わせお願いしますと言いたかったのだけど、遮られてしまった。

「あの子はモデルしていたからわかるけれど、修先生は何をしていたの?」

「何って?」

「これを買っている間、修先生は何をされていたのですか?」

「ああ、そう言う意味……」

すると、日下さんはとんでもないことを言ってきた。

「大阪のような賑やかな場所で、アクセサリーとは言え、女性物売り場。修先生は一緒に居て居心地悪かったでしょうに。思わなかった?」

「思いましたよ。もうジロジロ見られるのが恥ずかしくて、しまいには改札口近くの喫茶店に逃げこみました。あいつは恥ずかしくないのですかねぇ……」

日下さんはクスクスと笑いながら言ってくれる。

「モデルだったからねえ。煌びやかで賑やかな場所はお手の物なんじゃない。」

うへぇ……、俺には無理だ。そう思うと降参の意を示して両手を軽く挙げた。

「打ち合わせ、お願いします。」

「はーい。」

俺のデビューから、ずっと日下さんが担当してくれている。その日下さんが編集長になってからも担当を外れることはなかった。

なにしろ、こう言ってくれたからだ。

「修先生を見つけたのは私ですからね。くっついていきますよ。」

「はは……。よろしくお願いします。」

社交辞令だと分かっていても嬉しく、その言葉に俺は安心していた。

日下さん、あなたが好きです。

それが、いつの間にか真に取られていた。いや、俺がアドバイスして2人のキューピットになっていた。

その夜、真が帰ってきたら言ってやろうと思い待っていた。

ガチャとドア開き鍵を閉める音が聞こえてくるので玄関先まで迎えに行ってやる。

「お帰り。」

真は嬉しそうな表情だ。

「ただいまー」

「今日、会ったよ。」

「幽霊に? 待ってな、着替えてくる。」

幽霊ってなんだよと思いながら言ってやる。

「日下さんに」

そう言うと真の足はピタッと止まるので、もう一言付け加えてやる。

「いつもの黒ゴムでなくてカラフルなゴムで纏めてあった。」

その言葉で真は嬉しそうだけど、本当にと言いたそうな表情で振り返ってきた。

「本当に、して、くれてた?」

「うん、してたよ。プレゼントされたの初めてで嬉しかったのって言ってた。」

「わぁーい! うれしー!」

ハグされてしまった。

元モデルのマコトの名残が未だに残る双子の片割れである真は、大人っぽいコロンをつけているのか。そんな香りがしてくる。

スーツは上質なもので、俺は男だという感じがする。

自分とは違う。そんな差が悔しくて引き剥がしてやる。

「どした?」

「着替えてくるんだろ。」

「あ、そうでした。待ってて。」

鼻歌を歌いながら部屋に戻った真が羨ましい。

俺も、行動力があれば。

女性物って高いよな。という言葉から始まった今夜の夕食タイム。

2つで5,000円というコーナーがあって、そこで買ったんだと教えてくれた。

1つはスタンダードに落ち着いた感じの赤紫一色でダイヤが散らばって付いている物で、もう1つは青地にピンク黄色オレンジのカラフル物。

彼女にプレゼントしたいからと言ってプレゼント用に包装してもらったんだ。

「すごく似合ってた。」

「良かった、安心した。」

「7ヶ月でそれだと、1年という節目もプレゼントするの?」

「うん、するよ。」

「そっか、頑張ってな。」

「ありがと~」

恋愛には疎い俺でも好きな人はいる。双子の兄の恋愛には口を出さない。両親の離婚のことがあるから、なおさらだ。

こうやって妄想したり想像を膨らませていくだけで十分だ。好きな人と話すのだって緊張するのに、これがデートだなんて無理だ。

親の離婚で俺は臆病になった。あの2人のせいで不登校になってしまった俺を、せめて中学は卒業しようよと言ってくれた真。

俺は中卒だけど、それは武器にはならない。今では好きな文字書きで金を貰えている。1ヶ月5,000円でも売れているのは非常に嬉しいんだ。

賭け事は好きでない俺が、今は投資に興味を持っている。ネタにもなると思って手を出したのだ。

「入金不要でFXや株ができるみたいで、登録するとクレジットボーナスで20,000円入る」という謳い文句に惹かれたんだ。

さあ、やってみるぞ!

1週間で140,000円強の収益になったので出金する。

今夜もスマホでポチポチやっていると足音が聞こえてくる。

「なあ、真。」

「悪い。これか」

ああ、この格好はもしかしてと思い言っていた。

「デート?」

「そそ。」

「行ってらっしゃい。」

「行ってきます。あ、帰ってきたら話聞くから。」

「たまには朝帰りしてこいよ。」

はっはっはっ……と笑っていたが、おそらく無理だろう。


真がデートに出かけると、再会するまでのことを思い返していた。

中学は卒業したものの、そこからは別々に親戚の家に引き取られた。兄の真は全寮制の高校に進学したらしい。

俺なんて進学するつもりなかったので、この家に戻ってきた。戻りたいと言えば、それならとすぐに手を離してくれたのは、厄介者だと思われていたのだろうな。

真とは違い俺は貯金していたので、それを使いながら生活していた。いつかは帰ってくるだろうと思って真の帰りを待っていた。

好きな小説を書いて雑誌に応募する。そんな日々を過ごしていた。貯金も底をつきそうになった頃、日下さんから電話があった。

「うちのとこで仕事しない?」

それをきっかけに書きためていたのを修正しながら本として出版することにした。デビュー作はあまり売れなかったけど、2冊目は重版がかかり、3冊目以降はさらに重版が重なっていく。

本名でなくペンネームで仕事をしていた。

身長もあるが体格も良かったためプロフィールも盛られる。

たとえ中卒でも20歳を過ぎると保証人とかは要らないので色々とできる。だからそれまでは我慢だと思っていた。

20歳を過ぎて最初にしたことは、広すぎる敷地と家を狭めて売ったことだ。手入れもそうだが維持費が凄く掛かっていたので、それがなくなると精神的に余裕が持てるようになった。

売りに出すと、すぐ売れた。そのお金は貯金している。

日下さんから電話を貰ってから4年後。もう少しで21歳になろうとしていた頃、電話を貰った。

「修先生と同じ顔をしている人がいてね。うちのメインモデルになったの。」

「どんな方ですか?」

仕事の話ではなく雑談だったので嬉しいが緊張していた。

「名前は瀬名マコト。瀬名川の川の字を取った瀬名で、真実の真でマコトと読むの。修先生の本名を知らない人だと分からないけれど。親戚か何かかな?」

思わず呟いていた。

「まさか、真……」

沈黙をどう取ったのか日下さんは聞いてくる。

「知ってる?」

「まさかとは思うけれど、双子の兄かも?」

「双子かあ。どおりで似てるなと思ったんだよね。」

あっちの都合もあり、スケジュールが決まった。

その日は誕生日の前日だ。

「ちょ、ちょっと待って。」

「なに?」

「え、さっきなんだって……」

「会って話をしましょ、という話。」

「ええー」

大丈夫よと言ってくるが、大丈夫じゃないよ。何を話せば良いのだろうと焦っていたら日下さんの笑い声が聞こえてきた。

「最初から2人きりにさせる気ないから。」

その言葉に安心したのは言うまでもない。その日下さんのお膳立てで、話し合いの場が設けられた。

「大丈夫よ。」

「なにが?」

「私もいるんだし。でも頑張ってね。」

「日下さーん……」

再会するという当日、日下さんと2人でレストランに入っていく。

デートでなく、真に会うんだと思っておこう。でないと緊張してしまう。そんな俺を見て日下さんはクスクスと笑ってくれる。

「あ、もう居る。お疲れ-」

「日下さん。お疲れ様です。」

サラサラ髪のイケメン男子がいた。

「初めまして、マコトです。」

「は、初めまして。修です。」

マコトさんの笑顔は目に毒だ。俺が女子なら……と思って隣に目をやると日下さんは席に座ろうとしている。

「日下さん、逃げないでくださいよ。」

「大丈夫よ。食事を注文するから2人とも座って。」

店員を呼び注文する。

真っ先に声を掛けたのはマコトさんだった。

「嬉しいな。憧れの修先生と、ご一緒できて光栄です。」

これは誰だ。俺の知っている真でないことはたしかだ。まあ、中学を卒業してから会ってないからなあ。6年も会ってないと、こうも変わるものなのか。

ああ、なにも思い浮かばないや。質問を忘れてしまった事を悔やみながら、なにか話は無いかと焦っていた。

「えっと、マコトさんは学生ですか?」

「大学生です。」

「何年生ですか?」

「3年ですが、何か?」

「それなら来年は就職かモデルか悩むところですね。」

「あー、そういうこと。サラリーマンしようかなと思っているんですよ。」

日下さんが割って入ってきた。

「モデルは続けないの?」

「迷ってます。」

するとタイミングよく料理が運ばれてきた。食べている時は話をしなくてもいいから安心だと思っていたのに、声を掛けられる。

「修先生は、飲まれるのですね。」

「え……、ああ、お酒。はい、ビールでもなんでも飲みます。」

「いいなあ。日下さん、俺も良いですか?」

日下さんは一言だった。

「飲めないくせに。」

身も蓋もない言葉だったけれど、マコトさんはジュースを頼んでいる。それを見て思わず笑っていた。

「あの……」

「あ、いや、その。ごめんなさい。」

なんだかジュースを飲んでいるマコトさんを見て、力が抜けていくのを感じていた。

食事が終わりデザートを、それぞれが注文していた。日下さんはトイレに行ってしまったし、何を話そうかと思っていたら、忘れていた質問3つのうち1つを思い出した。

「あの……、マコトさんの本を書きたいのでインタビューしてもいいですか?」

「俺の? いや、でも……」

「困るようなことでもありますか?」

「照れます。」

「可愛いなあ。」

「修先生、どこかでお会いしたことありますか?」

「ナンパされてるのかな。」

「はは。初めて会うのだけど、どことなく親しみがあって。」

「それは嬉しいな。するとインタビューはOKということかな。」

「あー……」

マコトさんは考え込んでしまった。トイレから戻ってきた日下さんは、そんなマコトさんに声を掛けている。

「何を考え込んでるの?」

「修先生に」

「苛められたの?」

慌てて言っていた。

「違いますよ。インタビューしたいと言っただけです。」

「で、マコト君は何を悩んでいるの? 受けなさい。」

「ってぇ……」

ゴンとテーブルに当たった音が聞こえ、思わず言っていた。

「日下さん、力強すぎですよ。」

「インタビューして親睦深めなさい。」

そう言いながらウインクして、どこかに行こうとする。ちょっと待って、置いていかないでよと思い、追いかける。

「日下さんっ」

「兄弟の親睦、若者同士の親睦、どっちでもいいから。ね。」

そのウインクに俺はこう返していた。

「ありがとうございます。」

席に戻りマコトさんを揺さぶり起こす。

「マコトさん、出ますよ。」

「は、はい……」

家の近くの居酒屋に入っていく。他には場所を知らないというのもあったからだ。マコトさんは面食らっているみたいだ。

「なぜ、このような……」

「実は、行きつけでね。」

「そうなんだ。俺もどっちかというと、こっちの方が良い。」

飲み物と軽く何か食べ物を注文する。

「それではインタビューを始めます。最初は名前から教えてください。」

「はい。マコト、瀬名真(せな まこと)大学3年です。」

「3年と言うことはアルコールOKか。ソフトドリンクを注文したな。」

「いやいや、ソフトドリンクで大丈夫です。」

「次は好きな人、もしくは好きなタイプは?」

「えー……、好きな人はいません。タイプねえ、んー……」

「それなら気になる人はいますか?」

「います。」

「日下さんみたいなタイプとか、かな?」

そうしたらブッと吹き出された。

「いやいや、違います。」

「本当に?」

「本当ですよ。」

ジッと見つめてやる。

「まあ、今度は酒を注文して酔ったところでもう一度聞くか。」

「ひ、ひきょーもの……」

インタビューは1時間ほどで終わった。

マコトさんはビール4杯で酔っ払ってしまったみたいだ。顔が真っ赤だ。なので、もう一度聞いてみる。

「マコトさん?」

「はい?」

「気になる人はいますか?」

「何を急に……」

「これだけ残っているんですよ。」

ムニャムニャと今にも寝そうな気がするのだがマコトさんはボソボソと呟いているみたいだ。なんて言ってるのだろうと隣に座り込む。

「気になる人……。双子の弟がいて、あいつはどうしてるのかなと。それが気になっていて。でも修先生のことも気になっています。」

「俺?」

「はい。今度は……」

あ、寝そうだ。

「インタビューにご協力ありがとうございました。終わりました。」

「なら、今度は俺の番です。」

「何が?」

「俺のが終わったのだから、今度は、俺が、イン、タビュー、する、ば……」

あ、もしかしての、マジで寝落ちされてしまった。

アルコールに弱いのかな。ウーロン茶1杯とビール4杯なんだけど。普段から飲んでないのかもしれないな。でも、これはどうしよう。

日下さんに電話して住所を聞くと一喝された。

「自分とこに泊めなさい。」

「そんなぁ……」

挙げ句の果てにはこうだ。

「その無駄に良い体しているのだから柔な男1人軽いでしょ。」

「分かりましたよ。」

おあいそして外に出る。

日中は暑いが夜は涼しい。だからなのか寝落ちしていたマコトさんは目を覚ますと、どこかに行こうとしている。どこに行くのだろう。

「マコトさん、どこへ」

フラフラとしながら目指しているのはどこだろう。あ、あの道路を曲がれば家になる。

マコトさんの後ろを見守るように尾いていく。マコトさんは道路を曲がるとキョロキョロしている。ああ、あの家を探しているのか。無駄に広かった敷地と家は狭めて売ったからなあ。

真。お前は覚えているんだな。

そうだよな、6年前だもんな。6年という月日を離れていても自分の家を忘れることはできないよな。

俺も忘れたことはなかったよ。

「真……」

真の後ろ姿しか見えないが、もしかして泣いているのだろうか。そう思い声を掛ける。

「マコトさん、どうしました?」

ああ、だめだ。お兄ちゃんと呼びそうになるが我慢だ。

ふと、思い立った。

「マコトさん、もしかして吐きそうですか?」

すると返事があった。

「うん。」

「俺の所にどうぞ。トイレで吐いて貰っていいですよ。」

「サンキュ。」

急いで家に入れてトイレに行かせる。その間に家庭環境の分かる物は片付けておこう。ああ、そうだ。お母ちゃんの遺影も忘れずに片付けよう。

20分ほど経つとトイレから出てきたので安心した。

「ごめんなさい。飲ませすぎました。」

「いや、こっちこそ申し訳ないです。」

「水をどうぞ。」

「ありがとうございます。頂きます。」

水を飲み顔を洗うとスッキリしたみたいだ。

「こちらに布団を置いていますので、ゆっくり寝てください。」

「あの」

「今は夏だから寒くないですが、この夏掛け布団使ってくださいね。」

「修先生」

「おやすみなさい。」

「ありがとうございます。おやすみなさい。」

修と言う名は、ある人の名前を借りたものだ。父でも親戚でもない。だからバレるわけはない。そう思っていた。

だけど、翌日にはバレていた。おかしいなあ。


声が聞こえる。この声は誰だ。

「修先生……」

「ん……」

身体が揺れる。

「起きてください、修先生。」

「も、すこ……」

大声が聞こえてきた。

「起きろー!」

「はいっ!」

うー、眠いなあ。何なんだ。その思いが声に出ていた。

「なんだあ……」

「なんだは、こっちの台詞だっ」

「なんのことか……。あれ、マコトさん、もう起きたのですか? 早いなあ。」

「なに寝ぼけて……。おさ、いや、真澄。お前、いつから知ってた?」

「は? ますみって何?」

胸ぐらを掴まれた。

「き・さ・まー……」

「こ、こわ……。マコトさん怖いです。」

イケメンが怒ると怖い。しかもタイミングが良いのか悪いのか電話が鳴る。

「は、はい。」

『修先生、おはようございます。山北出版の境です。3重掛かったので、ご報告の電話しました。』

「3重? ありがとうございます。」

電話を切ると再び掛かってくる。

「はい。」

『修先生、おはようございます。JNA出版の佐々木です。依頼の件でメールしました。』

「おはようございます。佐々木さん、お久しぶりですね。確認したら連絡しますね。」

『よろしくお願いします。』

電話を切ると、また掛かってくる。

「はい。」

『修先生、おはようございます。川西出版の住田です。明日が締め切り日ですが大丈夫ですよね?』

「あー、できる限り今日中に納品します。」

『お待ちしております。』

マコトさんの睨み顔は普通の顔になり、胸ぐらをつかんでいた手は離れていく。

「そっか、普段から修先生呼びか。でも俺は違うからな。」

「マコトさん、朝ご飯」

「飯よりもっ」

お互いのお腹が威勢良く鳴る。

「お腹空いた……。食べながら話をしましょう。」

簡単で申し訳ないですと言って、炊き上がった白米と、野菜入りの具たくさん味噌汁を目の前に出す。

2人揃ってお代わりをしたほどだった。

「食ったー」

「マコトさん、吐き気は?」

「ないです。あ、それより修せ、いや真澄。」

「どうして俺が”ますみ”なのですか?」

「どうしてって……」

「そんな女みたいな名前つけないでください。」

すると沈黙が下りた。


どれぐらいの時間が経ったのだろう。

俯いていた真は俺の顔をまっすぐに見つめてきた。

「俺、朝は5時に起きてランニングするのが日課なんです。」

ジッと見つめてくるのは、俺の返事を待っているのだろうか。当たり障りのない返事をしてやる。

「いいことですね。」

「今日もしてきました。」

「この辺りを?」

「はい。1時間走り、同じように走っている人がいたので世間話から、この家のことも聞きました。」

またジッと見つめてくる。

「その人は……。中学を卒業したバカニートが1人暮らしして、いつの間にか敷地と家が狭くなり、そのバカニートは、それを売り金持ちになった。どのような生活をしているのか分からないけれど、そのバカニートは……。そいつの名前は……」

黙っているが、すすり泣きをしているのか、そんな感じだ。

「そいつは、瀬名川……、真澄だと……」

それは村瀬さんのことだろうか。でも、バカニートだなんて村瀬さんは言わないのだけど、おそらく、その単語は真が勝手に付けたのだろうな。

「どうして俺に何も言ってくれなかった? お前は、夕べ」

仕方ないな、村瀬さんのお喋り。

「日下さんは知っています。」

「日下さんが?」

「日下さんが、俺を見つけてくれた。彼女を信じているから自分のことを話した。それだけです。他の人には話していません。」

「真澄……」

そんな泣きそうな表情の犬顔はやめてくれ。

「俺は修です。小説家の修です。村瀬さんは警視庁の捜査課の課長さんで、俺が高校に通ってなくても色々と面倒を見てくれた。俺が警察シリーズを書くきっかけを作ってくれた人です。その2人を悪く言うことは許しません。」

「俺が聞きたいのは、お前の本名だ。修がペンネームだというのは最初から知っている。」

「マコトさんは大学で何を専攻されているのですか?」

「マコトは芸名で本名は真だ。瀬名川真。それが本名だ。お前の双子の兄だ。」

誰が乗ってやるもんか。

「マコ、瀬名川真さん、あなたは大学で」

「俺のことはもういい。今度は、あんただ。あんたのことを知りたい。インタビューするのは俺で、お前はされる側だ。」

その言葉に思わず言っていた。

「それを言っている途中で昨日は寝落ちされたのですよね。」

「え? そうだっけ?」

頭が良いくせに、どこか抜けている。その性格は変わらないんだな。意識して名前を言ってやる。

「真さん。俺は自分のことを誰にでも話せる人間ではない。そのことだけは知って欲しいです。」

「うん。」

ちょっと待ってくださいねと言って、盆に食器を乗せキッチンに持って行く。

水とコーヒー豆をセットしていると目の前にカップが置かれる。とっても嬉しそうな声が聞こえてくる。

「俺はブラック。」

「はいはい。」

2人分のコーヒーを淹れるとダイニングに持って行き、話の続きだ。

なんて言えば良いのだろうか。

「真さん……」

「真で良い。」

「タメだなんて急には……」

「真澄。俺はここから残り1年半、大学へ通う。」

「あの」

「で、ここから仕事をしに行く。」

「あの」

「ここは、お前の家だろうけど、俺の家でもある。」

「あの」

「モデルのバイトも続けたいし、それには寮を出ないといけないんだよな。」

「あのぉ……」

「口出しはさせない。」

溜息をついてしまう。

「真澄。」

「勝手に決めないでください。」

「俺は、お前が」

うるさいので遮ってやる。

「俺は仕事がある。邪魔されたくない。」

「真澄……」

「それに、俺は修だ。そう呼ばない人はいらない。」

「分かった。」

何が分かったのだろうか。いやに素直だな。そう思っていたら声が掛かる。

「修先生、ありがとうございました。ご馳走になりました。」

「マコトさん?」

「でも、生きてるし元気そうだということが分かって安心したよ。これ、俺の電話とメアドを渡しておきます。それじゃ、また。」

そう言って出て行った。

それじゃ、またって言ったということは、また来る気か。

真。本当に、お前は勝手だよな。

高校だけでなく、大学にも行けて羨ましい。俺は、お前が帰ってくるとばかり思って待っていたのに。

ベランダに寄り窓を開け放つと、思いっきり叫んでいた。

「真のバカヤロー! 勝手なことばかりして、勝手に高校や大学に行って。勝手に自分のやりたいことやって……。俺は、俺は待ってばかりで……」

そう、俺は何も言わずに勝手に思い込んでいた。

「は……。俺も勝手な奴か。親戚の家に行って、高校卒業したら帰ってくるもんだと思い込んでいたからな。バカ真……」

ふいに耳の近くで声がかかる。

「バカはそっちだろ。本当に素直じゃないんだから。」

「え、な、なんで」

「お前は昔から追い込まれないと素直にならないからなあ。」

「バカヤロー!」

「はいはい。俺が悪かったよ。」

冷めてしまったコーヒーを一気に飲み込む。

「真澄。今日、俺たちの誕生日なの覚えてる?」

「21だろ。」

「そうだよ。」

「それが何?」

「6年、いや6年と5ヶ月も離れていたんだよな。」

「しんみりとする年齢じゃないだろ。」

「そうだけど」

いきなりハグされた。

「ちょ、ちょっと」

「そんなにも離れていたのは初めてで、その間お前が何をしていたのかを色々と知りたい。教えて。」

「別に俺は」

「お兄ちゃんに甘えることをして。」

「俺は、今まで1人で……」

「うん。だから、これからは俺に頼ってくれ。」

「急にそう言われても困る。」

本当に困るんだよ。そうしたら一言だった。

「それなら、このまま抱かせて。」

まあ、それぐらいなら別に良いかと思い素直にハグされていた。

すると耳元で囁かれる。うわ、こいつ意識して低い声を出しているみたいだ。

先ほどとは違って何かがクル。

「真澄。俺にとって、お前は半身で大事な奴だ。たとえバカニートと言われても俺はそう思わない。」

「真……」

「俺に、そう言ってきた奴。あいつは村瀬と言うのか。の野郎、ぶん殴ってやる。」

「バカニートって、お前が付けたのでは」

「違う! そいつだ。」

村瀬さんは絶対に言わないのだけどと思い聞いてみる。

「背の高い厳ついた奴だろ。」

「チビだった。」

「チビ?」

「そう、チビで太っていた。」

「それ、村瀬さんじゃない。違う人だ。」

「そうなの?」

誰なんだろうと思いながらベランダに出ると、向かいの家の窓を木の棒で小突く。すると、即反応があった。

「なんだ?」

「おはようございます。村瀬さん、この人知っていますか?」

「この人って……」

真を前に出してやる。

「この人です。」

二重音声で聞こえてきた。

「え、誰、その人。」

二重音声の一つである真に紹介する。

「さっき話しただろ。警視庁の村瀬さん。」

「え、嘘っ。まるっきり違う人だ。」

今度は村瀬さんにだ。

「村瀬さん。この人は」

「双子の兄の真です。」

横からしゃしゃり出てきた真を睨んでやる。

「おー、君が兄ぎみか。もしかして、そこで暮らすの?」

「そうです。これからは2人で暮らしますので。」

「それは良かったね。修先生も、今度は本人に愚痴ることができるな。」

「それって何のことですか?」

すると村瀬さんはとんでもないことを言ってくれた。

「もう、酒に強くてね。愚痴る度にウイスキーやビールを2本軽く開けてくれるんだ。飲み助をどうにかして欲しかったんだよ。」

「村瀬さーん!」

真は呟いている。

「俺は昨日、何杯飲んだっけ?」

「ビール飲む前にウーロン茶飲んだでしょ。」

「うん、ビール何杯飲んだか忘れた。」

「4杯。」

「で、お前は?」

「4本。」

そう答えると、笑い声が聞こえた。

「飲み過ぎ。」

「ザルかよ。」

こう言ってやった。

「普段は飲まないから良いんです」


一緒に暮らし始めて、今日で丸々6年。

俺たちは27歳になった。

真は大学を卒業すると商社マンになり、俺はそのまま小説家まっしぐら。

空白の6年と5ヶ月は俺にとってハングリーな期間だった。片割れは生きていると信じていたものの、再会するとは思ってもなかった。

その片割れは、俺の大好きな人と付き合っている。

日下さん。

あなたが好きです。

あなたが俺を見つけてくれた。

あの日から、ずっと。

思うだけで行動には移せないけれど、その分、片割れである真が動いている。

そういえば、俺がキューピットになって2人をくっつけた、あの日。

あの日は、たしか……と物思いに没頭していたら明るい声が聞こえてきた。

「たっだいまー」

元気な声が俺を現実に引き戻してくれる。帰ってきたからと言って顔を覗かせてくる真に言ってやる。

「朝帰りするんじゃなかったのか。」

「するわけないだろ。」

大好きな人を奪われているのだけどなぜか憎めない。それは、相手が真だから。

真。お前は俺を半身と言ってくれるが、俺はそう思っていない。お前に対する気持ちは、俺の片割れであり勝手な奴だ。

お前の恋愛、いつか邪魔してやる。

小説家の観察眼を見くびるなよ!


(終わり)
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す