一度は生で見たい世界の美景~vol.19~

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ペトラ遺跡(ヨルダン)

 ヨルダンの首都アンマンから南へ車で3時間ほど行ったところにあるペトラ遺跡。紀元前1世紀ごろに遊牧民ナバテア人が築いた岩山都市で、映画「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」の舞台になったことで一躍有名になりました。この遺跡の一番の見どころが写真のエル・ハズネ。エル・ハズネとは宝物殿という意味で、当時の王の墓ではないかとも言われています。遺跡全体のまだ1~2割程度しか発掘されておらず、現在見られるのはその中でもわずかな部分だそう。
 ここで歴史を簡単にご説明。ペトラには紀元前1200年頃からエドム人が居住していたと言われていますが、エドム人についての詳細は分かっていません。紀元前1世紀頃から、砂漠の遊牧民であったナバテア人が侵入し、エドム人を追いやり居住し始めました。
 やがてメソポタミア、エジプト、ギリシャ、インダスの古代文明を結ぶ要衝の地となり、東のシルクロードと西のローマを結び、様々な交易品が行き交うようになりました。この交易で得た富で、ナバテア人は驚くほどの技術で灌漑(かんがい)や貯水システムを作り上げ、切り立つ岩壁を削り様々な建物を作りました。
 紀元前63年、ローマ帝国はシリアとパレスチナを征服します。当然ペトラにも勢力を伸ばしましたが、富のあったナバテア王国は、ローマ帝国の支配下ながら税金を払うことで自治を認められました。しかし、結局この自治は長くは続かず、106年にローマ帝国トライヤヌス帝によって、属州として完全に取り込まれ、ナバテア王国は終わりました。
 時が経ち重要性が低くなるに連れ、ペトラは徐々に衰退。おまけに749年この一帯を襲ったガリラヤ地震で甚大な被害を受けたことが決定打となり、残っていたナバテア人はこの地を放棄しました。廃墟当然になったペトラには、砂漠の民ベドウィン族がひっそりと暮らすようになりました。
 ペトラが世に知られるようになったのは、1812年のこと。スイス人の探検家ルートヴィヒ・ブルクハルトがこの古代都市ペトラを発見してからです。その後、20世紀初頭にペトラ遺跡の発掘調査が開始され、現在にいたります。歴史ロマンの詰まったこの遺跡、童心を呼び起こされワクワクしますね。

 早くコロナが終息し、世界中の人が笑顔になりますように。

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