【自分の使命は大きく見える】

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日常的スピリチュアル、安田です。

他の人の使命というのは
客観的に見ることができ
捉えることができるのですが
自分の使命は
客観的に見れないので
大きく見えてしまうのです。
試練にしても
他の人の試練は
他人事に見えるのですが
自分に降りかかってくる試練は
大きく見えるのです。
いくら理屈で
自分よりも大きな使命を
背負っていること
大きな試練を
体験している人が
いることを知っていても
現実の使命や試練が
大きく見えてしまうのです。
使命や試練が
大きく見えるのは
仕方がないのですが
大きく見えたとしても
押し潰されない実力を
身につけることを
意識してください。
使命や試練が
大きく見えるのは
実力が不足しているので
大きく見えるのです。
実力を身につけて
成長ができていれば
使命も試練も
だんだん小さく見えるのです。
例えば
子どもの頃は
大きな問題のように
見えたことでも
大人になれば
大した問題には
見えないのです。
成長していけば
問題は小さく見えるし
使命や試練も
小さく見えるのです。
使命や試練を
下から見たら
大きく見えるのですが
横から見たり
上から見たら
対等に見えるし
小さく見えるのです。
同じ使命
試練であっても
見る角度によって
見え方が変わるのです。
それこそ
使命や試練に対しては
上から目線が必要なのです。
他の人の使命や試練が
大したことがないように
見えてしまうのは
上から目線で
あるからなのです。
他の人に対して
上から目線になるのではなく
自分に与えられた
使命や試練に対して
上から目線になってください。
与えられた使命や試練を
客観的に捉えることが
できるようになれば
使命や試練に
振り回されなくなります。
与えられたことというのは
基本的には自分で責任を
持っていくしかないのです。
逃げられることは
逃げてもいいのですが
逃げられないことは
責任を持っていくしかないのです。
責任を持つためには
責任が持てる実力が必要なので
努力をしていくしかないのです。
使命や試練というのは
成長ができるチャンスであり
実力が身につけられる
チャンスでもあるのです。
私たちは追い込まれないと
必要性を感じられないので
努力をすることが
できなくなります。
学ぶことにしても
実行するにしても
追い込まれることで
学ぶしかなくなり
実行するしかない
状況になるのです。
より大きな視野から
使命や試練を
見ることができれば
目の前のことが
小さく見えてしまうのです。
大きく見るか
小さく見るかは
視点の選択であるのです。
現実の私たちの
歩みというのは
大したことはできません。
時間、空間の制限の中で
歩んでいるので
大したことはできないのです。
その中で
使命や試練を
大きく見てしまうと
何もできる気が
しなくなってしまうので
大きな視野から
使命や試練を
小さく見ることが
必要なのです。
今の目の前のことに
最善を尽くすことしか
できないのが現実なので
その現実の中で
使命や試練を
小さく見ることが
できるようになれば
集中して
投入する歩みが
できるようになります。

今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌