中短編小説 HALCA -星空のパラソル-

記事
小説
<人類の存亡を懸けて奮闘するライトノベル?>
あらすじ
横浜での航空テロと、電波生命体を名乗る存在の地球侵略声明。タイムリミットは半年。人類の存亡を懸けたJAXAの戦いが始まる!

※本作品は専門的な部分に不安が残るため、無料公開となります。

※登場する地名、団体名、科学衛星名などは実在のものですが、一部フィクションの設定に改変しています。(本編後に詳細記述)

※本作品は2008年に執筆、2009年に追加修正をしたものになります。

※物語は2008年、2009年当時のストーリーになります。時事的な部分は2008・2009年当時の事柄を記述しています。

※本作品は宇宙、宇宙科学について一から調べて書いたものですが、最終的に詳しい方の監修等は受けていない為、ご指摘等あればDMなどで後学のためにも戴けると助かります。(※小説本文の修正はできません。)
おそらく、リアル性には欠けていると思われます。

※挿し絵等は2015年製作の物のため、当時のクオリティになります。

※このブログ小説は、noteに掲載した物の再掲になります。


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  ‐Prologue‐

 初めはただ、ロケットが格好いいと思っていただけだった。
 六歳の頃、母の実家に家族三人で鹿児島の内之浦を訪れた時、俺はちょうどその滞在期間に近くでロケットが打ち上げられると聞いて、「これは千載一遇のチャンスだ!」と子供ながらに思い、父に打ち上げを見たいとすがりついた。しかし、すがりつくまでもなく、父自身もロケットの打ち上げを見てみたいと思っていたらしく、男二人で車で繰り出し、地元の人に聞いた打ち上げ見学場所へと向かった。
 そこは草原に木製のベンチがいくつか階段状に並べてある味気ない所だった。何人かの見学者が射場の方向らしき山の方を見て立っていた。
「明日人(あすと)、ロケットが出てきたぞ」
 父が双眼鏡代わりに使っていた望遠レンズ付きのカメラを手渡してきたので、俺はカメラのファインダーを覗いた。最初はロケットを格納している整備棟しか見えなかったが、確かにロケットが整備棟の横に姿を現していた。
 道路は徐々に渋滞し始め、駐車場は車で埋まり、見学者も増えてゆき、わずかな時間の間に辺りは身動きが取れないほどとなった。
 それからまたしばらく時間が経ったが、やがてロケットは徐々に斜めに傾き始めた。何年か後に知った事だが、その時のロケットは「M‐Ⅴ(ミューファイブ)」と呼ばれるロケットで、なんとその日が初のデビューとなる一号機だった。そして「Μ‐Ⅴ」は、ランチャーを使ってやや傾斜を持たせ、斜めに打ち上げるのが特徴の一つであるロケットらしかった。
 打ち上げ予定時間になり、見学場のスピーカーがカウントダウンを始める。
「10、9、8、7……」
 辺り一帯の空気が張り詰めたのを感じた。思わず、唾を飲む。場内の誰もが、射場を見つめていた。しかし、次第に全員の高揚感が高まっていくのを俺は自然と感じ取り、体の中に込み上げてくるような、ぞくぞくするものを覚えた。
 3カウントから、見学者たちも声を揃えて共にカウントする。
「3、2、1、ゼロ!」
 その瞬間、遠くに見えるロケットから、肉眼でもはっきりと分かるほどの巨大な炎と煙が下から噴き出し、轟音が見学場まで鳴り響いた。沸き起こる歓声と拍手。眩しいほどの光を放ちながら、長い長い煙の尾を引き、「Μ‐Ⅴ」一号機はほんの数秒の間に青い空へと消えていった。ただの小さい光の点だけになっても、そして、姿すら確認できなくなっても、皆、ずっと空を見上げていた。拍手と歓声はその後もしばらく続いていた。


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 その時のロケット打ち上げの興奮と感動が、俺を宇宙への関心へと引っ張ったのは事実だった。そして小学五年生だったか六年生だったかの頃に、ふと、人は何の為にロケットを宇宙へ飛ばしているのか、という、根本的な疑問にぶつかった。それからその後、あの日見たロケットについての情報も、それを入口にその他の宇宙に関するいろいろな知識も、俺は吸収し始めていった。

 あの日見たロケット、「Μ‐Ⅴ」一号機。
 1997年2月12日13時50分、鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所から発射されたそれは、搭載している人工衛星を宇宙に打ち上げる為の物だった。
 「Μ‐Ⅴ」一号機にはどんな人工衛星が搭載されていたのか?
 その人工衛星のイメージイラストを初めて見た時、俺はロケットとは違った感動のような物を覚えた。開発コード、「MUSES‐B(ミューゼスビー)」。天文観測用の人工衛星で、宇宙の未知への探求目的で作られた人工衛星だ。その中でも「MUSES‐B」は電波天体を観測する役目を担っている。ゆえに、電波を受信できるパラボラアンテナが必要不可欠だった。
 「MUSES‐B」のアンテナは美しかった。衛星本体から六本の伸展マストを放射状に伸ばし、そのマスト間には隙間を埋めるように金色の金属メッシュの面が張られている。この部分がアンテナの主鏡となっている。その姿は機械的な普通の人工衛星とは違い、よく花にも例えられるほどだった。
 しかしイラストを見た俺は、別の感想を持った。アンテナ主鏡の中心からは副鏡が伸びており、主鏡で反射した電波はこの副鏡に集められ、衛星本体へ送られる。この副鏡がある為に、俺にはまるでその姿が、宇宙に開く一本の傘のように思えた。
 真っ暗な空の中に浮かび、地球の周りを漂う金色の傘。そう考えると異様なほどに、この人工衛星に強く惹きつけられた。

 「MUSES‐B」は「Μ‐Ⅴ」ロケットでの打ち上げから約三時間後に、すでに決定していた「はるか(HALCA)」という名前に正式に改められた。
 そして俺が遥(はるか)と出会ったのはその九年後、中学三年生の頃の梅雨の季節だった。

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   1

  2008年9月13日

「新しい準惑星が発見されたそうですね。おめでとうございます」
 雲一つない、よく晴れた晴天の日曜日、俺は家族連れや若いカップルで溢れる賑やかな場所の片隅に立ちながら、携帯電話で話していた。相手は電話の向こうで苦笑した。
「いや、私が発見した訳じゃないんだから。私も今、そのニュースを聞いたところだよ。しかし、天文学の新たな進歩に、素直に祝いの言葉は受け取っておくよ。ありがとう」
「確か冥王星のさらに少し先でしたね。野辺山の望遠鏡で電波観測も行ったとか。オールトの雲に入るんでしょうか」
「いやまだ、はっきりとしていないよ。カイパーベルトに入るのではないかとも言われている。しかし、ほとんど境界辺りに位置するようだから、どちらも可能性はあるかな」
 電話の会話が、その場所に似つかわしくない話題である事は自分でも分かってはいたが、相手が相手だけに、今しがた携帯電話のウェブで知ったニュースに、俺は興奮気味に話を続けた。
「三ヶ月ほど前にも新しい恒星と、衛星を一つ発見しましたよね。今回もまた同じチームなんだとか」
「ああ。国立天文台といくつかの大学の共同研究チームだよ」
「すごい快挙ですよね。こういうニュースを聞くと、わくわくしますよ」
 その時、一際大きな、悲鳴のような声が周囲から聞こえた。いや、正確には、喜んでいるようにも聞こえる複雑な悲鳴だ。声の方へ目を向けると、すぐ近くのジェットコースターの急勾配のレールを、コースターが落下してゆくところだった。
「やけに賑やかだね。どこにいるんだい」電話の相手が訊(き)いた。
「遊園地です」
「ああ、コスモワールドか。遥の要望かな?」
「はい。今、雄叫びをあげてますよ」
 俺はそう言いながら、走るコースターを目で追った。その最前列には、口を大きく開けて叫んでいる同年代の、高校生ほどの女の子の姿があった。
「遥は絶叫マシンの類が好きだからね。明日人くんは一緒に乗らなかったのかい」
「ええ、まあ。ほら、傘を持ってジェットコースターには乗れないじゃないですか。だから、代わりに傘番をする人間が地上にいないといけない訳で」
「はは、それで君が傘を持って待っている訳か。デート中に相手をほっぽり出して一人でジェットコースターなんて、遥もまったく奔放な奴だ」
 自分の娘の事だというのに、相手は他人事のように笑った。
「ところで、技術館の方へはいつ頃向かうのかな? 私の方はまだ講演の関係者の方々に挨拶をせねばならないから、あと一時間ほどは見積もった方が良さそうだが」
「では先に行って入口で待っていますよ。遥が途中のクイーンズスクウェアにも寄りたいと言っていましたし」
「分かった、後で合流しよう」
 通話を終了し、俺は携帯電話を折りたたんでジーパンのポケットに入れた。
 電話の相手は比良橋久雄(ひらばしひさお)宇宙教育センター長。日本の宇宙研究を担う「宇宙航空研究開発機構」――通称「JAXA(ジャクサ)」の宇宙教育部署の長だ。今日はその仕事絡みの講演で、パシフィコ横浜に訪れるところを、俺も途中まで同行させてもらった。
 それというのも、付近の三菱みなとみらい技術館で期間限定の特別展示として国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」を模したセットが展示されるからだ。だから、せっかくなので三人で技術館の展示を見に行く約束になっていた。
 さて俺はしがない一介の男子高校生に過ぎない訳だけれど、その単なる高校生がなぜ宇宙教育センター長などといった立派な人間と知り合いかというと、先生と俺とを中継して繋いだ存在がいたからだ。
 俺は手に持っている、その人物の傘に目を向けた。女性が持つには珍しいその黒地の傘には、無数の星が点描のように描かれている。宇宙が広がっていたのだ。

 ――もしもし、よろしければ私の星空へ御案内しましょうか?
 ニ年前、まだ中学三年生だったあの頃の、ある帰り道。下校途中に雨に降られ、街路樹で雨宿りしていた俺に、彼女は傘を差しながら、そう言った。一目で変わった子だと分かった。
 白いワンピースを着た長い黒髪の彼女は綺麗な顔をしていて、一見、清楚でしとやかな大人しい女の子に見えた。が、その姿にはあまり似遣わしくないヘッドフォンを頭にしていたのが、まず初めに覚えた違和感だった。ヘッドフォンにはコードが繋がっておらず、どうやら無線式のワイヤレスヘッドフォンのようだった。
 そして、その次に覚えた第二の違和感が、宇宙を描いた傘だ。彼女が一風変わった子である事はその瞬間に判明する事だったが、同時に惹きつけられたのもまた俺にとっての事実だった。
 彼女が清楚で大人しい子などではない事は、声をかけられて三秒後に分かった。戸惑う俺の手を掴み、彼女は俺を自分の方へぐっと引き寄せた。唐突な行動に俺は考える間もなく、彼女の持つ傘の中へと招き入れられた。
「うわ」
 傘の中に入り、思わず声が漏れた。宇宙の広がるその傘の内側は全面、金色に包まれていた。よく見ると、アルミ箔が傘の内側に貼られているようだった。

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「なんだこれ」
 俺が傘の内側の金色を見上げながらつぶやくと、傍(そば)の彼女の笑う声が聞こえた。その時、改めて自分が彼女の間近にいる事に気づき、まだ中学生だった俺はわずかに心臓の鼓動を速めた。
「この傘は私なの」
「え?」
 意味不明な言葉に、俺は声を漏らした。
「人工衛星の『はるか』に見立てているの。知ってる? 『はるか』って。でね、私の名前も遥なの。だから、この傘は私。でしょ?」
 そう言って遥は微笑んだ。その純粋無垢な笑顔に俺も思わず、くすりとさせられた。出会って一分と経たない間の、ほんのわずかな彼女の言葉が面白く、妙に惹かれるきっかけとなった。
「俺もはるかが好きなんだ」
 傘の内側を見上げながら俺が言うと遥は、ふふっ、と笑った。
「会ったばかりなのに唐突な告白だなあ」
「人工衛星の『はるか』が、だけどね」
 そう言うと遥はまた明るく笑った。口元に手をあてて笑う仕草はしとやかなれど、抑えのようなものは一切なく、感情のままに心の底から笑っているような、気持ちの良い笑い方だった。
「君の名前は?」遥が尋ねた。
「俺? 俺は路次明日人(ろじあすと)。明日人って、なんか漫画みたいな名前で今は恥ずかしいんだけどさ」
「そんな事ないよ。明日人って名前はきっと運命だね」
「運命?」
「路次明日人、路次明日人って、繰り返して言ってみなよ。アストロ・ジーになるんだよ。知ってる? アストロ・ジーって。『はるか』の後継機の人工衛星なんだよ」
 まさか「ASTRO‐G(アストロジー)」の名前が出てくるとは思っていなかった。確かに「ASTRO‐G」は、「はるか」によって成し遂げられた「VSOP」計画を引き継ぐ新たな電波天体観測衛星だ。当時はまだその人工衛星の名も、「ASTRO‐G」によって行われる観測計画「VSOP‐2」の事も真新しいニュースだった。今も研究開発中の物で、2012年打ち上げの予定で進められている。
「確かに、ASTRO‐Gになるんだな、俺」
「『はるか』と『ASTRO‐G』。私たちが今日、出会ったのはきっと運命だね」
 肩の触れ合うほどの距離で遥は俺の顔を見てそう言い、にこりと笑って見せた。

 俺が回想に耽っている間に、コースターが乗降口に帰ってきたらし