短編小説 地平上の銀翼

記事
小説
<航空パニックアクション小説>
あらすじ
修学旅行でハワイを訪れた蒼青高校の面々。ジャンボジェット機で帰途に着く中、穏やかな空気を切り裂いたのは1発の銃声だった…

※本作品は専門的な部分に不安が残るため、無料公開となります。

※物語は2008年当時のストーリーになります。時事的な部分は2008年当時の事柄を記述しています。

※本作品は航空知識について一から調べて書いたものですが、最終的に航空周りに詳しい方の監修等は受けていない為、ご指摘等あればDMなどで後学のためにも戴けると助かります。(※小説本文の修正はできません。)

※このブログ小説は、noteに掲載した物の再掲になります。


  ‐Prologue‐

 アメリカ・ハワイ州オアフ島にあるアラモアナビーチは、ワイキキビーチより車で五分というかなり近い距離にありながらも、ワイキキビーチに比べて人の数は少なく、また、防波堤によって波が非常に穏やかで、子供連れの親子などが遊びに来たりする程のんびりとした海岸だ。うちの学校――蒼青(そうせい)高校がハワイ修学旅行の帰国前日日程のビーチ遊泳に、ワイキキビーチではなくここを選んだ理由も、引率教師らの監督上の理由からなのだと、俺は校内の噂で聞いた。確かにワイキキビーチでは人が多すぎて、はぐれて迷子になってしまう生徒もいそうだな、と俺は思った。
 マリンブルーの美しい海を前に、水着で楽しげにはしゃいでいる高校生の集団がビーチのあちこちに展開している。
「やっぱり、ハワイといえばビーチは外せないよな。修学旅行の日程にビーチが入っていなかったら、どうしようかと思ったぜ」
 ぼうっと海面に浮かんで空を見上げていた俺に、側(そば)にいた親友の怜太(れいた)がつぶやくように言った。初めはただの独り言かと思ったが、どうやら俺に話しかけているようだった。
「ハワイは別にいいけどさ……。なんで、修学旅行がハワイなんだよ。修学旅行といえば日本国内が普通だろう。俺は京都とかで、寺とか見て回りたかったよ」
「何言ってるんだよ、今のご時世、海外の修学旅行は珍しくないだろ。おかげで俺はすげえ苦労した訳だけど。でもほら、見ろよ悠(ゆう)。こういう機会でもなきゃ、女子の水着なんか、そうそう拝めないんだぜ」
 怜太が砂浜でボールのトスラリーをしているクラスの女子達を指差して言った。俺はその方向を一瞥だけして、溜息を吐いた。
「あほらし」
 仰向けのまま足で水を蹴って、すいっと怜太から離れる。その後をすぐ追ってくる怜太。
「俺は、二度と飛行機なんか乗りたくはなかったんだけどな」
 俺のつぶやきを怜太は聞き漏らしていなかった。
「悠、お前、まだ気にしてるのか。まあ……何ていうか、気にするなっていうのが無理だけどよ。けど、もう吹っ切った方がいいぜ?」
 怜太はどこか言葉を選ぶようにして言った。単純で大雑把な性格の怜太らしくない言動だが、俺の抱えている過去を知っている親友だからこその、精一杯の俺への気遣いである事が分かった。怜太にそんな気を遣わせてしまう事は、俺としても申し訳なかった。
 旅行前日、修学旅行の行き先がオアフ島であると知った旅客機パイロットの飛高(ひだか)さんが、俺に携帯電話のメールを送ってきた。

<君の気持ちは痛いほど分かっているが、俺は君にまた飛行機を好きになって欲しいと思っている。押しつけるつもりはないが、俺は今でも空が好きだし、操縦士を続けている。飛行機乗りである事を捨てられないからだ。今回の修学旅行で君の気持ちに変化が起きてくれればと、俺は勝手ながら願っている。君には迷惑かもしれないが、宗司(そうじ)機長の息子である君は、きっとまた飛行機を好きになってくれると、俺は信じているんだ>

 飛高さんはあの日以降も、未(いま)だ旅客機のパイロットを続けている。俺の親父が死んだあのフライトの時、飛高さん自身も恐怖を突きつけられ、怪我を負った筈だった。それでも、まだ飛行機に乗り、遥か高い大空を飛んでいる。
 ――空への情熱が、忘れられないんだ。
 親父が死んだその便の副操縦士だった飛高さんに、なぜあんな目に遭っても飛行機に乗るのか尋ねた時、群青の空を仰ぎながら、あの人はそう答えていた。俺には、その気持ちが理解できなかった。
「FS(フライトシミュレーター)じゃ何度も飛行機に乗ったけど、俺はあれからFSでさえ、一回もやっていなかったんだ。それなのに、よりによって修学旅行が海外なんて……」
「なんだよ、そんなに飛行機が嫌なら、来なければよかったじゃねえか」
「怜太……お前なあ。そんな冷たい事を子供の時以来の親友に言うか、普通。高校生活三年間の中で一回きりの修学旅行なんだぞ。行かない訳にいかないだろう」
「その、せっかくの修学旅行にそんな辛気臭い顔してるからだよ。ここをどこだと思っているんだ? 天下のハワイだぞ!」
 何が天下か分からないが、怜太がそう言って突然、俺の顔を手で水中に押し込んだ。軽くパニックになって、手をばたばたさせて、俺は慌てて浅瀬に立ち、顔を水面上に出した。水を少し飲み込んだ為に、顔を出してからゴホゴホと咳き込む。側で怜太の笑う声が聞こえる。
「怜太、お前な!」
 俺が怜太に向かって叫ぼうと振り向くと、すぐ目の前に人の白い肌が立ち塞がっていた。その柔らかな輪郭はどう見ても女性の胸元で、続けてパニックになった俺は悲鳴をあげて水中で足を滑らせ、背中から水の中に倒れ込んだ。すぐにまた水面の上に顔を出して息を吐くと、しとやかな女の笑い声が加わっていた。
「琴音(ことね)……?」
 俺は思わず、相手の名前を声に漏らした。
 目の前に立っていたのは、中学以来の付き合いである女子の、阿野琴音(あのことね)だった。同じ中学からの入学者の中で怜太以外の唯一の知り合いで、高校に進学する前から俺や怜太と、割と仲良くしていた。きっかけは中学二年の時、クラスメイトづてに、俺の親父が旅客機パイロットであると彼女が知った時だった。
 ――宗司くんのお父さん、航空会社のパイロットなんだって? いろいろ話を聞いてもいいかな。私、客室乗務員(パーサー)に憧れているんだ。
 純粋で清らかな笑顔を見せて俺に話しかけてきた琴音の、その時の無邪気な表情を俺は今でも覚えていた。
「おどかすなよ、琴音。いつの間に、ここにいたんだよ」
「今しがた。宗司くんと宇多(うた)くん、二人で何を話しているのかなって思って」
 琴音が水面から顔だけ覗かせている俺を見ながら、怜太と一緒になって、くすくす笑っていた。そんな琴音の白い花柄ビキニの水着姿は、普段はブレザー制服に隠れて見えない彼女のもち肌を露わにし、水に濡れたそのスレンダーな肢体はお世辞なしに美しく、水中の俺の胸の鼓動を速くさせた。
 と、その時、どこか遠くからゴオオーッという音が聞こえた。反射的に俺は立ち上がる。近くのホノルル国際空港から、ジェット機が飛び立っていくのが、よく晴れた青空に見えた。思わず三人、無言で飛行機を見送っていた。親父の影響により大の飛行機好きで、FSで旅客機の擬似操縦ばかりしていた俺、そんな俺と一緒にパソコンのディスプレイで空の旅を疑似体験していた怜太、パーサーに憧れ飛行機に興味を抱く琴音――。空を通りがかる旅客機を見つめるのは、俺たち飛行機によって繋がった三人の、無意識の癖だった。
 隣りの怜太が、俺の脇腹を肘でちょんちょん突きながら、小声で話しかける。
「悠、琴音へのラブレター、ちゃんと渡してくれたか?」
 それは修学旅行当日になって、いきなり怜太が俺に渡してきた手紙の事だった。もちろん、怜太から俺に宛てた手紙ではなく、琴音へ宛てた怜太のラブレターだった。怜太が琴音を好きだったという事実は、俺にとって衝撃であった。
「……ああ」
 俺は、耳を済ませていないと聞こえないほどの、小さな声で返事した。それを聞いて、怜太はにやりとした笑みを浮かべた。
 反対隣りの琴音を見てみる。飛行機を見つめるショートカットの琴音の襟足は少し長く、海から吹く心地の良い微風に浮いてなびく彼女の後ろ髪は、ちょっとした飛行機雲のように思えた。
 昨夜の就寝時間前、誰もいないホテルのリラクゼーションルームで彼女に告白された時、俺はその思いを断った。琴音は友達だ。だからこれからも怜太と、三人で友達でいよう、と俺は琴音に言った。琴音は眉根を寄せながら、精一杯の笑顔で、「友達なら、仕方ないね」と言った。
 俺は心苦しかった。どうすればよいのか、その時の俺には分からなかった。怜太の手紙を渡す事もできなかった。他人のラブレターを琴音に渡すなんて、俺にはとてもできなかったのだ。
 なぜなら、俺も琴音の事が好きだったからだ。


   1

 九月五日の帰国当日、蒼青高校の修学旅行の面々はホノルル国際空港でのセキュリティチェックの列に並んでいた。アメリカの空港のセキュリティは、二〇〇一年九月十一日の旅客機を使った同時多発テロ以降、かなり厳重なものとなっているらしい。当然、入国よりも、機内へ危険物を持ち込ませないようにする出国審査の方が厳しく、修学旅行の前から生徒たちは学校によって注意を受けていた。まず、金属類は当然ながらアウト。そして、鍵のかかるバッグは検査時はロックを外すよう言われていた。ロックを外しておかないと鍵を破壊されるらしい。また、空港預け荷物も、機内持ち込み荷物も、全てX線検査。機器類は凶器を機器の中に入れて偽装して機内に持ち込む可能性もある為、出国時にきちんと動作するかどうかのチェックも受けるので、携帯電話はおろか使い捨てカメラも学校側で禁止された。これには、さすがに生徒達から批判の声が多数あがっていたが、問答無用で抗議の声は一蹴された。
 列に並んでいる間、俺はセキュリティゲートの付近を見ていた。蒼青高校以外の一般客らがチェックを受けている。その中の一人、グレーの高価そうなスーツを着た日本人らしき若い男が係員のチェックを受けていた。手荷物から検査用のトレイの上に出された物は、ロボットのプラモデルの箱で、新品らしく、パック包装されていた。係員と男が英語で何か話していたが、所々の単語を拾ってみると、どうやら知人の子供へのプレゼント品らしい。パッキングされているので、プラモデルの箱はそのままX線検査の機械へと通された。気のせいか、チェックを終えてゲートの先へと進んだ男は、薄笑みを浮かべていたようにも見えた。が、特に気にしない事にした。
 生徒数が多い事もあって順番待ちに相当な時間がかかったが、ようやく出国審査が終わり、蒼青高校の生徒と教師たちは空港内で飛行機の搭乗を待っていた。搭乗開始時間までにボーディングブリッジに到着できないほど遠くまでうろうろしない条件で、三百人近い日本の高校生が空港内に溢れている。
 空港内の自販機で、怜太がコーラを買っているのを見つけた。側(そば)まで寄ると、怜太の財布には一セント玉や十セント玉、二十五セント玉など、様々な硬貨が沢山入っていた。その財布を上着の胸ポケットにしまった怜太に、俺は声をかけた。
「お前は、よっぽど買い物が下手なのか。なんで、そんなに硬貨が余っているんだよ」
「違うって。こいつらは旅の記念だよ。もう、二度と外国なんか来られないかもしれないだろ。だから、俺はなるべく全ての種類の硬貨が残るようにしてたんだぜ。ほらよ」
 そう言いながら、怜太は二つ買った缶コーラの一つを俺に手渡した。俺は缶を受け取って、プルトップを開ける。炭酸飲料独特の、プシッという音がした。
「悠」
 ふと、怜太が俺の名を呼ぶ。見ると、いつものおちゃらけた表情は消えていて、手に持つコーラをじっと見つめていた。
「なんだよ」
「いや、何って訳でもないんだけどさ。何ていうか……。俺、修学旅行来れて、良かったよ。サンキューな」
 怜太はそう言って、コーラに口をつけた。急ぐようなその飲み方は、照れ隠しのように見えた。怜太が真顔で真面目な事を言うと、俺まで調子が狂う。
「急に改まって、何を言っているんだか……。お、まずい、もうすぐ搭乗開始じゃないか。急いで飲まなきゃ」
 まるで独り言のようにつぶやき、慌ててコーラを飲む俺のその動作も照れ隠しだった。そして、炭酸飲料の速飲みが危険である事を実感したのは、その三秒後だった。

 ボーディングブリッジを渡り、ぞろぞろと生徒たちが席に座っていき、エコノミークラスの席はあっという間に日本人の黒や茶色の頭で埋まってゆく。右手に持つチケットを見ながら、俺と怜太は自分たちの座席を探す。出席番号で席は決められていたが、座席交換などで皆、各々の仲のよい者同士で自由に座っていた。教師陣もそれには気づいていたが、黙認していた。
 当然、俺も怜太も席交換によって隣り同士にしてあって、並ぶ三席のあと一つにも、割と仲の良いクラスの男子が座る事になっていた。俺と怜太がチケットに記されている場所へ行き、右列のその三席を見てみると、すでに窓際の一席に誰かが座っていた。見てみると、それは琴音だった。
「遅いね、お二人さん」
「琴音? なんで、ここにいるんだよ。この席じゃないだろう?」
「替わってもらったの。帰りは、二人と話しながら過ごそうかなって思って」
 一瞬、周りの目が気になったが、周囲の皆はそれぞれで会話しながら盛り上がっていた。
「おい、後ろがつかえるぜ、悠。いいじゃん、三人寄ればモーゼの十戒って言うだろ」
「言わないし、意味も分からないぞ、それ」
「まあまあ。重要なのは、男子より女子がいた方が万倍楽しいぜ、って事だ。よろしくな、琴音」
 そう言って怜太は俺の脇をすり抜け、座ったままの琴音とハイタッチした。そのまま琴音の横に座る。その様子は見ていて何だか胸が締めつけられた。
「早く座れよ、悠」
 怜太が俺の方を向いて、着席を促した。ああ、と返事して、俺は怜太の横の通路側の席へ座ろうとした。すると、急に怜太が立ち上がる。
「あ、悠。ここ座れよ。お前にはいろいろ解説をしてもらうから」
「解説?」
「いいから、いいから、ほら」
 怜太が席を立って通路に出てきたので、俺はよく分からないままに、真ん中の席に座った。すぐに怜太も通路側の席に座る。窓側に首を向けると、琴音が俺の顔を見て、にこりと微笑んだ。急に一昨日の夜の彼女の告白を思い出し、琴音は俺の言ったように元の友達の関係である事に努めようとしているのではないか、と俺は思い、申し訳ないという気持ちが頭の中によぎった。