タックンのSLICE OF LIFE

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「呪詛返し」に関して書いてたら、思いのほか長尺になっちまいました。
これじゃ飽きられるよね。
なので、今日でこのお話を纏めたいと思います。

俺は「古神道呪術」を少々齧ったので、一般の方よりは幾分知識が有る(積りだ)。
で、ガキの頃から明治生まれのジジババに育てられ、家の中にある神棚や仏壇、外の井戸神様、便所の神様、広い庭の片隅にあるお稲荷さんに毎日必ずお水とお供物を上げるのが日課で俺の役目だった。
つまり、神仏を信じると言うより、神仏と共に在ると言う生活だった。
良く不可思議な出来事にも出会ったが、特に自分では不思議だとは思わなかったんだね。
で、「人の念」と言うものを意識しなくても感じる様になり、今でもそれは続いている。
と言う事は、向かいの親父の邪悪な念も感じる。
「人の念」と言うのは「呪い」にも通じる。もちろん、正常な気持ちであれば、それは「呪い(のろい)」では無く「呪い(まじない)」と言う事になる。
それは人にとって当然の願い事で、全く問題は無い。

俺は、外の玄関脇にデカい水槽を設置してデカい金魚を飼っている。
「玉サバ」と言う比較的新しく創出された金魚で、新潟県の錦鯉業者が鯉の餌のあまりもんを食わせるために作り出した。
だから、様子を見るために良く外に出て餌をやっているが、向かいの親父と顔を合わせる事もしょっちゅうある。
「う~ん、邪悪な念を送って来るなぁ!何も考えてはいないんだろうが」
と言う事がしょっちゅうあるが、其処が怖いところだ。
見る度に、痩せて来るのが判る。そりゃそうだ。そんな念を送ってくれば、俺の方も無意識下でお返ししているからだ。
言っとくが、俺は藁人形作って真夜中の神社の大木に五寸釘を打ち付ける様なアホな事はしない。
そんなバカをやる必要も無い。
俺の茨城県古河市で経営していた居酒屋の常連の女の子が、真夜中に電話して来て「マスター、お願い!助けて!助けて!」って言う出来事が有った。
「ママ、何だか知らんが友ちゃんがエラク焦って来てくれって言うからこれから行って来るな」
って自宅を訪ねた事がある。俺は直ぐに「こりゃ普通じゃねぇ雰囲気だぞ」と周りを見渡したら鴨居に紙人形が張り付けて有り、無数のマチ針がブスブスと指してある。
「ばかやろ~、何でこんな事するんだ。今どうなってる?」
「目が見えなくなったの!両目とも見えない!」
と言う訳だ。当然だ。「人を呪わば穴二つ」は本当の事だ。
直ぐに、紙人形をお炊き上げして事なきを得たが、怖いもの知らずとはこの事であります。

で、ついに彼は電気屋の看板を下ろしちまった。
息子のような友人(とは言え40歳にならんとする男だ)が
「よう、暫く。買い物に行くんなら何処でも行くぞ。ところで、向かいの電気屋、どうしたんだろな?看板全部外しちまったな」
と言う。
俺と同じ歳の親父だから、わざわざ看板下す必要も無い。
だって、店で電気製品を販売している訳じゃねぇからだ。
意味がない。もし、看板下す意味が有るなら「もう十分儲けました。仕事は止めて悠々自適な生活します」って事だ。
まぁ、それも有るだろうが・・・。

以上が、俺の「呪詛返し」の顛末であります。
えっ、全然怖くない? じゃぁ、今度はもう少し怖い話を書きますね。



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