救い

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コラム
おはようございます*^^*

今日も今このひとときが完全なんだなあと感じると
満たされた心地に包まれています。

あまり忙しく動くことも好きでないし、予定を立てることも
好きではありません。のほほ~んとゆっくりすることが大好き。
なので、おのずと、一人で過ごしていることが日常です。

以前だったら、こんなことしていてはだめだ。なんて
罪悪感湧いてきていたかもしれませんね。

お電話いただく方も、意識の顕現として
自分の中にあるものや、過去の記憶の中にあるようなことを
映し出し教えてくださることが多いです。

愛で在らねば・・・
光で在ること。

そう在ることが素晴らしいと感じていたとき、
私も、マイナス的な状態に陥ると自分を責めたり
なんとか前むきにならなきゃと、
マイナスの状態に蓋をしたり、置き去りにしたり・・・

心地よくなるものを探したり。

もがいていました。

頑張らなくても、何もしなくても
愛だった、光だったと気が付いてから、

そんな風にもがいてる自分を超えて抱きとめてあげる心地で
存在すること・・・

まるまる許せた状態が愛で光だったのだなあと・・・

尊敬していた魂の片割れ(と感じる存在)に認めてもらいたいと必死に向き合っていたとき
最後、相手の伝えることを超えて、自分自身を許せた時、
相手と分かち合うという瞬間が現れました。

相手と一緒にいること、認めてもらうことが救いだと勘違いしていたのでした。

自分自身を救えるのは、自分だったのです。

外に外にそれを求めていましたが
一瞬救われても、自己否定が止まないうちは
また無意識に否定し、苦しいマイナスだと感じる状態へ陥ります。

自分の内側から湧き上がるものを見るしかない。

他者は内に宿るものを教えてくれてる。

嫌なことを演じてくれてる人には本当は感謝なのですね。

責められても、まだまだですねと言われても・・・
相手がそう捉えたとしても、
その言葉を超えて自分を信じる、認める、許すということ。

それが、愛、光で存在するということなのだと感じています。

昨日、お話した方にも、”できる形で輝いていてね”

そのようなメッセージでした。

自分の思い描くような在り方でなかったとしても
どのような状態の自分をも認めてあげることが、
輝き。

自分のこと、救ってあげたいですね。
他になにをいわれようとも、それを超えて・・・

超えられる、超えた存在なのです。私たちは・・・



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