昨年、一人暮らしの母が転倒して利き手を骨折したため、1か月程度、実家に手伝いに行きました。
実家は築60年くらいの一軒家、田舎なので結構、広い庭があります。母は植物が好きな人で、亡くなった父は庭づくりが好きでした。
私は草木のことも庭のこともよく知らないのですが、実家の庭はそこそこ風情があるものではないかと思います。
門から玄関まで飛び飛びにおかれている大きな敷石、松の木やその他にも名前は知りませんが、立派な木が何本もあって、苔むした岩がいくつもあります。うっそうとした感じもしますが、母はその庭のあちらこちらに花を植えて世話をするのが日課でもあり、楽しみでもあるようです。
転倒して骨折したのは、2023年1月の中旬でちょうど今くらいの時期でした。
幸い手術の必要はなく、三角巾で腕を固定して、なるべく動かさないようにというそれだけの状態でしたが、本人はかなりショックを受けているようでした。
骨折だけではなくあちこち打撲していて、腰も痛めていたせいもあり、しばらくは痛み止めの薬を服用していても、痛みが強くてつらそうでした。
食欲もなく、口数も少なく、ベッドで横になってばかりで過ごしていました。
本人としては日頃からかなり気を付けていたのに、ちょっとした不注意が原因で転倒してしまったことにかなり凹んでしまったのでしょう。
年齢は81歳でしたが、比較的若く見られるのと、田舎育ちなので足腰が丈夫であることに自信を持っていたので、余計に落ち込んでしまったのかもしれません。
その日、何気なく庭を眺めていたら、松の木の根元あたりに青紫色のきれいな花が咲いていることに気づいて、そのことを母に伝えたところ、「寒アヤメが咲いた!」と急に笑顔になりました。
普通のアヤメは5月か6月に咲くそうですが、この寒アヤメはその名のとおり、寒い時期に花を咲かせるそうです。やや薄めの青紫色が冬の大人しい青空によく合っていて、とてもきれいな花だと思いました。
庭に出るには体がつらそうだったので、写真を撮ってみせたところ、何度も「寒アヤメが咲いた」「寒アヤメが咲いた」と繰り返し、俳句が趣味の友人に知らせてあげよう、などと急に元気を取り戻した様子に私はかなり驚きました。
どこにでもあるような話ですが、花が咲いた、ただ、それだけのことで人はこんなにも気分が変わるものなのですね。
それから、母は、この寒アヤメは四国にお遍路に行った時に、”お接待”を受けたお宅の庭に咲いていたものを分けていただいたものだとか、その”お接待”というのはお遍路さんに無料で飲み物やお菓子を提供してくれるという話や、寒アヤメの他にも庭に咲いている曙(あけぼの)椿の話などを楽しそうに語りだし、それを境にいつもの母に戻っていく様子は、見ていて清々しさを感じるほどでした。
本当に、どこにでもある話だとは思いながら、このところの寒さの続く日々に、ふと思い出した出来事について書いてみました。
余談ですが、父は50代で急逝したため、母は49歳から今まで独身で過ごしました。今は一人暮らしができるほど元気ですが、一時期は精神がまいってしまい、長い間つらい日々を過ごしました。
その後、四国のお遍路を始めて八十八か所の御朱印を頂き、それらを掛け軸に仕立て上げて父の供養とすることで、気持ちに区切りを付けることができたという経験をしています。
そのお遍路の思い出ともいえる寒アヤメは、母にとっては大きな意味のある花だったのでしょう。
骨折もすっかり治って、2023年4月から放映の始まったNHKの朝ドラの「らんまん」を上機嫌で見て、夏の暑さの中でも庭の手入れをし、そして、今年もまた寒アヤメが咲いたと喜んでいる母にまだまだ長生きしてもらうべく、くれぐれも転ばないように注意を繰り返しています。
スマホで撮った画像が残っていたのでサムネに使ってみました。