名指揮者~私の幸せのカタチを語る~

記事
音声・音楽
                 作詩 北村敦
私の心は、沈んでいた。 
少しも治らない身体の痛みを 憂いていたのだ。  
それで、友からもらったチケットを眺め 、
気晴らしでもするかと会場に向かった。 

七時開演のコンサートホールの入り口は 、
五時だというのに 老いも若いもぞろぞろと、  
蟻のように一列に連なっていた。 
この町始まって以来の大演奏会だ! 

五時半になり、ようやく入場が開始された 。
ほとんどが自由席とあって 町の人たちは、 
我先にと 場内に怒涛のように流れ込んだ 。
私は、婦人たちの勢いに押されて立ちすくんだ 。

六時近くに、どうにかこうにか着席ができた 。
辺りを見回すと 座席につけない人たちが、  
生い茂る生垣のように 立ち並んでいる 。
演奏会は、驚くばかりの大盛況だ!

六時半、待ちくたびれた人たちの話し声や、 
子どもの泣き声で場内は、遊技場のような喧騒だ 。
興味本位で集まった、  
自分勝手な皆の心は、ばらばらだ。 

まもなく七時、注意事項が告げられた。 
幕が上がり ステージライトが点灯すると、  
待っていましたとばかりに 、
拍手が、いっせいに鳴り響いた。

勇ましい打楽器や、煌びやかな金管楽器、 
お洒落な木管楽器や、美しい弦楽器 、
それらが、賑やかにステージを埋め尽くし、  
そして、整然と居並んでいた 。

間もなく、場内の中央を通り 老指揮者が登場した 。
とぼとぼと歩きながら ステージに上った 。
彼は、奏者たちと談笑した後 振り返って 、
前後左右の観客に 笑顔で手を振った。  

いよいよ、老指揮者は 指揮台に上った 。
下手から上手を見渡し タクトを振り上げると 、
奏者たちの目が、その一点に注がれた。 
場内が一瞬にして 緊迫感と静寂に包まれた 。

老指揮者にとって これが最後の檜舞台!
奏者たちは、知っていたのだ 。
今 楽器の音色を最高に引き出せる人間は 、
この男しかいないのだと 。

老指揮者にとって これは有終の美を飾る演奏会 !
奏者たちは、知っていたのだ。  
大事なのは、振り上げ振り下ろされるタクトを、  
ただ信じることだけなのだと 。

打楽器奏者は、
マレットを上下に 打ち叩き 、
トランペット奏者は、  
マウスピースに唇あてて震わせた。 
フルート奏者は、  
リッププレートに静かに息を吹きかけ 、
バイオリン奏者は、 
弓で弦を軽やかに擦らせた 。

個性溢れる楽器たちが、タクトに合わせ、  
まるで、人形遣いに操られる人形のように 
体を動かしながら 、
その音色を 場内いっぱいに響かせた !

楽器たちは、これでもかこれでもかと、  
打ち寄せる波のように 持てる音色を響かせた 。
聴衆たちは、魔術をかけられたかのように、  
時を忘れて 聴き入った !

オーケストラは、絶頂のクライマックス!
聴衆すべてが、息をのんで聴き惚れた !
二度とは聴けない 最初で最後の名演奏 !
この感激を どう表現したらいいだろう ?

言葉では、言い表せない!
身振り手振りでも、伝えられない !
スマホで録画しても、伝わらない !
この感激を どう伝えたらいいだろう ?

どうすることも できなくなって 、
思わず涙がこみ上げてきて、私は泣いた。
すると、隣の老人も泣き出した 。
後ろも前も、泣き出した 。

涙の波は、一人十人百人と  瞬く間に広がって 、
場内すべての聴衆が、泣いた泣いた! 
感流のうねりを 背に感じながら、  
老指揮者は、より激しくタクトを振った! 

打楽器奏者は、
勇ましく正確なリズムを刻もうと 
マレットを上下に
力強く打ち叩いた!

金管楽器奏者は、
煌びやかで華やかな音色を響かせようと 
頬を膨らませ
唇を震わせた !

木管楽器奏者は、
お洒落で綺麗なハーモニーを加えようと 
口を尖らせ
息を吹きかけ た!

弦楽器奏者は、
美しく伸びやかなメロディを奏でようと 
弓で弦を
忙しく擦った!
演奏者たちの胸の中に 
今だかって感じたことのない 、
「解放感」「シビレ」「躍動感」  
そして、「歓喜」が込み上げた! 

場内は、時間空間 
一切の制約が、消えたのだ。
やがて、タクトが止まった 。
私は、息をのんだ 。

一瞬の空白が、 
場内全体を覆い 、
聴衆たちは皆、 
どうしていいのか 我を忘れた 。

すると、隣の老人が、 
思い出したかのように 手を打ち鳴らした。 
つられて 私も拍手をし 、
隣の人もまた、私につられて拍手をした 。

すると、前も後ろも 拍手をし出し、
拍手の渦は、一人十人百人と  火炎のように広がって、 
いつまでも場内に 鳴り響き、
老指揮者の最後の演奏会は、大成功で終わった!

彼に薔薇の花束が贈られた 。
彼は、その真紅の薔薇の花束を高く掲げ、 
奏者たちに向かって、 
満面の笑みを浮かべながら Vサインを贈った 。

それから、老指揮者はゆっくりと振り返り 、
聴衆に向かって 深々と礼をした 。
そして、伸びやかな声で、
「Thank you so much!」と叫んだ 。

ふと、気が付くと、 
隣の老人が、私の手を握り 、
「よかった よかった」
と微笑んでいた。 

そして、辺りを見回すと、 
皆が、口々に、 
「よかった よかった」 
と微笑んで、手を握り合っていた 。

私は、この演奏会によって、  
この町の人たちが、互いに打ち解け合え 、
それぞれの心の中に新たな友情の種が、  
しっかりと蒔かれたのだと感じた 。

癌に侵された、名指揮者の、 
これが、最後の演奏会だった 。
命を懸けた一人の力が、周囲の人々に
どれ程の勇気を与えるか、私は思い知ったのだ!   

沈んでいた心が 晴れやかになり 、
苦しんでいた身体の痛みも 消え去って、  
私の心に再び、勇気の灯がともり、  
冬の夜空に 希望の星が、確かに輝いた 。


(ひとこと)
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