読み切り超短編小説 「もうひとつの片想い」

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「すみません、『片想い』もう歌っちゃいました?」ボクの右隣に腰かけながら髪の長い女性が聞いてきた。
「いいえ、まだ歌ってないですよ。」
ボクがそう答えると彼女はニコリとした。

 2011年9月 日本ガイシホール(名古屋市)
この日ボクは浜田省吾のコンサートに来ていた。ボクの両隣は空席だった。左隣は1ヶ月前に些細なことが原因でけんか別れした元カノの席。右隣は理由は分からないが誰も座っていなかった。コンサートが始まって3曲目でボクより1~2歳年上に見える松嶋菜々子に似た女性がボクの右隣に腰かけた。
彼女の右側は通路だった。たぶん一人で来たのだろう。これは失恋で落ち込んでいたボクに神様がくれたプレゼントかもしれない。ボクは神様とチケットぴあに感謝した。
 6曲目の『もうひとつの土曜日』を浜省が歌い終ったところで勇気を出して彼女に声をかけた。「あのー良かったら…」
「ゴメン、遅くなっちゃって。」ボクが話しかけたと同時に彼女と通路を挟んだ隣の席に竹野内豊似の男性が腰かけながら彼女に声をかけた。
「大丈夫、私もさっき来たところなの。」
彼女の表情を見ただけで二人の関係は容易に想像できた。二言三言彼女たちが言葉を交わした後で彼女がボクに話しかけてきた。

「あっ、すみません、なんでしたっけ。」
「あのー、良かったら…向こう側の席と代わりましょうか。」自分でも思ってもいない言葉が出てきた。
「えっ、いいんですか、ありがとうございます。」松嶋菜々子が竹野内豊にそのことを小声で話した。
 竹野内豊は軽く会釈しながら小声でありがとうございますとお礼を言いながらボクと席を交代した。
ボクは通路の向こう側に移る前に「そうだ、ついでにトイレに行ってこよっ。」と少し大きな独り言を言って出入り口の方に向かった。

 神様はいたずら好きだ、チケットぴあのバカヤロー、ボクは心の中でそう叫んだ。
ボクの片想いは20分で終わった。
ボクの足は駐車場へと向かっていた。
真夏に比べると陽射しは幾分か優しくなっていた。
ヒグラシの鳴き声がやけに寂しく感じた。

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