大好きなアーティストの不倫報道。
盛り上がるメディアの火祭り。
応援、批判、悲しみ、擁護の声が混濁するSNS。
該当メンバーの活動自粛。
20年間誠実でひたむきな姿勢だったシンガーの振り絞る声、謝罪。
一人分の空席を埋めることもせず、彼らの活動は続いた。
そのアーティストがドラマ主題歌で世に一斉に出回った頃、
私の家では毎夜母の金切り声の怒声が響いていた。
怒り、憎しみ、時に嘲笑。
高校生の私は自室にいた。
怒声の内容は父の不倫と愛人に貢いで作った多額の負債について。
最初は好奇心に耳をそば立てた。
二日目からはどうやって耳を塞ぐかのほうが重要だった。
大粒の涙を流すほど私は家族と仲良くはなかった。
それでもずっとそれは止まらなかった。
どれほど続いたかよく覚えていない。
少なくとも母が家を出てからは、静寂と平和が訪れた。
離婚はダメ、両親揃ってなければ子供が不幸になると言ったのは誰だ。
揃っているから不幸になっている私のことを認識できた人間なんていなかった。
大人になって自分が女であることが嫌いだった。
ワンピースを着て鏡を見ると、なんと気持ち悪い人間がいることか。
そういえば母は私が女の体になることを汚らわしく見てるようにも感じた。
母のあの怒声の日々の中で、今でも覚えてる、毎日夕方18時にかかってくる電話と、猫なで声で出る母。
日に日に増える化粧品と、見たこともないおしゃれなミュール。
今日は友達の家に泊まるね、という母の初の外泊。
母が家を出て一年後、目が覚めると知らない女が父に連れられ家にいるのを私は初めて見た。
父と共に女はどこかへ行った。薄情だが私は何も感じなかった。本当に何も感じなかったのだ。
しかし次の瞬間私は堰を切ったように号泣した。何も悲しくないのに。ついに頭がおかしくなったと思った。
一人ぼっちで子供のようにわんわんと三十分泣いた。
あのときの感情を今も私は説明出来ない。
それから数年して色んなことがあり、また父も母も何事もなかったかのように家にいる暮らしが始まった。
私は職場のパワハラで引きこもりになり、そんな私に母から悪口や文句が投げられた夜。
私は終電に走って男の元に逃げた。彼は既婚者だった。
生まれて初めてアイシテルと言われた。
関係は長くは続かなかった。
自分が女であることを憎むほど、女の自分が理性を越えて暴走した。
女の自分が憎いのに、女である以外に人から必要とされる理由を感じなかった。
二股されたり遊ばれ捨てられたりと様々なトラウマを塗り重ね幾年か経ち、そしていくらか落ち着いた。
もう女である部分を無闇に嫌うこともしない。
大事にしてくれない男についていくこともしない。
自分を大切にする方法は知らないが、それを日々一生懸命模索するくらいにはなった。
そうしてまた人を好きになった。
その人は既婚者だった。もういたずらに関係を持つことはしなかった。
そんなにプラトニックな性格でもないが、好きでいることを心の喜びにできた。これは年と傷を重ねたおかげか。
不倫報道から長らく活動自粛していたメンバーが復帰した。
「浮気」に痛むトラウマは今も私の中にある。
しかし私はもう件のメンバーの復帰に抵抗はない。
(2021年某日)1292文字