「統計の示す相関関係と因果関係との違い」慶應義塾大学総合政策2017年

記事
学び
(1)問題
出題
総合政策学部は、環境情報学部とともに、問題発見・解決を理念としています。問題が個人の問題であれ、企業やNPOや政府の組織の問題、社会の問題や国際的な問題であれ、問題発見・解決を行うためには、まず、問題がきちんと把握(発見)されることが必要です。そして次に必要なのは、原因の分析です。問題が把握されても、問題の原因がわからなければ、解決策を提案することは難しいからです。また、一つの問題の原因を分析した結果、問題自体の定義を変更する必要性が生じたり、あるいは分析の結果将来予測が可能になり、別の問題が発見できたりすることもあります。ですから、原因を分析するということは、問題発見・解決の重要なプロセスの一つだということになります。将来、どんな道を選ぶにしても、原因分析の基本的な考え方や手法を、大学時代に身につけておく方が良いでしょう。以下の問いに答えてください。
問1 因果関係と相関関係とはどう違いますか。また相関関係から因果関係に迫るには、何
をすればよいですか。資料1~4を読んで、自分の言葉で要約してください。(300字以内)

問2 図1は都道府県の成人男性(65歳未満)の糖尿病の死亡率(人口10万人当たり死亡人

数)と平均年収(万円)を散布図にしたものです(データは仮想です)。各都道府県の年齢構成は同一となるよう調整してあります。ここでは糖尿病の死亡率が最終的な結果だとします。問1の回答および資料5~7を踏まえ、必要に応じてさまざまな要因を加え、糖尿病の死亡率と平均年収との間の相関関係を図示してください。因果関係を示す時には、A(原因)→B(結果)、相関関係を示す時には、A←→Bとします。Aが増える時、Bが増えるなら⊕、Aが増える時、Bが減るなら⊖をつけて表してください。数式化して表現しても構いません。なお、図示化の例は資料3の中にあります。
図1散布図.png
注)糖尿病とは、膵臓から出るインスリンというホルモンの作用が低下したため、体内に取り入れられた栄養素がうまく利用されずに、血液中のブドウ糖(血糖)が多くなっている状態です。Ⅰ型(インスリンが出ないタイプ)とⅡ型(インスリンが出ても、肥満などにより作用が出にくいタイプ)に分かれますが、日本の糖尿病患者の95%がⅡ型です。回答に当たっては、全患者がⅡ型糖尿病であると仮定してください。

問1 問2で示した相関関係や因果関係の構図をわかりやすく文章で説明してください。(500字以内)
資料1
順問題と逆問題
①原因から結果を予測する。これが順問題。それに対し、結果から原因を探る。これが逆問題である。
②たとえば、水の中にインクを落とす。水の流れなり渦なりの知見から、インクの拡散する様を理解する。これは順問題である。しかし、より興味深いのは、インクが拡散する紋様を見て流れや渦が水面下でどうなっているかを知ることであろう。この思考の方向は、どうなるのかではなくなぜそうなるのかに在り、謎解きに似る。
③17世紀にニュートンが物体の運動の力と加速度による記述を発見して以来、数学は自然現象の理解に有用な言語と演繹法を提供してきた。しかし、原因から結果を導くという形で科学に貢献するのが主流であった。そして、科学は現象を理解し、それを予測に役立てる方向で進化してきた。
④だが、古典物理で説明不可能な現象が顕在化しその限界が意識され始めた19世紀末頃から、数学や数理物理学の分野で逆問題の発想による研究が、おのおの孤立した成果ではあるが散見されるようになる。そして、これらは次第に「逆問題」として括られ、その発想法は諸科学や工学の世界に広く浸透するようになった。
⑤科学者が圧倒的な意識改革を迫られた場面場面に、逆問題は関与してきた。たとえば、プランクのエネルギー量子発見、恐竜絶滅に対するアルバレスらの隕石衝突説、ストンメルらの海の流れの研究、これらはすべて、実は逆問題の発想による。
参考文献(一部編集・改変上村豊『逆問題の考え方―結果から原因を探る数
学」講談社(2014)

資料2
因果関係の難しさ
① ある事柄を原因として、ある結果が生じる場合、因果関係があると一般的に言います。
今、腕時計を金づちで叩くことをイメージしてみます。強く叩いたら当然、腕時計は壊れます。この場合、金づちで叩いたことが原因、腕時計が壊れたことを結果とする、因果関係があると言えます。この場合には、比較的容易にそう言えるようなのですが、それはなぜでしょうか。
②まず、この例では、原因も結果も実際に同時に観察しています。原因が結果に先行しており(叩く前には壊れない)、原因と結果の間に空間的・時間的近接性があります(叩いた場所と異なるものが壊れるのではないし、強く叩いてから数年後に壊れるのでもない)。そして、一定以上の力で叩けば必ず毎回腕時計は壊れるはずであり(これを難しい言葉で表現すると、恒常的連結性があると言います)、しかも、力の入れ方と壊れ方との間には、力を強くすれば壊れ方がひどくなるという、相関関係があります。さらに、どうやって測定するかを考えると、壊れ方の方にはやや主観的な評価が入りますが、力の入れ方はニュートンという単位できちんと測ることができます(1ニュートン=1キログラムの質量をもつ物体に1メートル毎秒毎秒(m/s2)の加速度を生じさせる力)。そして何よりも、疑問が出てきたら、繰り返し実験して確かめることができます。このような場合には、因果関係を認定することは比較的容易だと思われます。
③ でも、世の中の多くの問題では、これほどうまくはいきません。まずは、たいていの場合、結果は観察できても原因は簡単には観察できません。たとえば、車のエンジンの調子が悪いという結果はわかっていても、その原因は複数あるはずであり、どれが本当の原因なのかは、いろいろと調べ、推論しながら突き止める必要があります。次に、原因と結果の間に時間的乖離がある場合も少なくありません。糖尿病にかかったという結果の原因の一つとして、カロリーの過剰摂取がありますが、糖尿病であるという結果は一時点で確定できても、原因の方は長い間の食生活の積み重ねにあります(時間的近接性がない)。しかも、長い間カロリーを過剰摂取していても、糖尿病にならない人もいます(恒常的連結性がない)。ですから。(どんな人に対しても)カロリーの過剰摂取は糖尿病の原因であるかどうか(特定病因論)という問題ではなく、カロリーの過剰摂取は糖尿病のリスクを高めるか(確率的病因論)という集団の問題に転換して、因果関係を考えざるを得ません。また、糖尿病の原因としては、食生活のほかにも遺伝的要因等もあるはずです。原因が一つでない場合には、原因同士はどういう関係にあるのか(原因構造)ということも問題になってきます。考えている対象が社会における人間行動になると、個々人の自由意志や相互作用も関係するので、より難しくなります。株価や為替の値動きを考えれば理解しやすいでしょう。一般的に、為替は国力を反映すると言われますが、為替はさまざまな出来事を反映して複雑な動きを示します。
④このほかにも、原因となるものが客観的に測定可能か、可能であってもデータが入手可能かという問題もあります。また、物理の問題と違って、社会問題の多くは実験することが、実際にも倫理的にも難しい状況がほとんどです。たとえば、国の債務残高が膨張すると財政破綻がもたらされるのか、あるいは核兵器の保有は安全保障上の抑止力になっているかというような疑問や仮説に対して、実験をして確かめることはできないでしょう。
⑤このように因果関係をめぐる困難を列挙すると、気が滅入ってくるかもしれませんが、ある程度のデータが入手可能なら、統計的に因果関係に迫る方法もあります。

資料3
因果関係と相関関係
① コーヒーマシンの職場導入を推進している会社から「コーヒーを飲むと生産性が上がりますよ」と言われたので、話を聞きました。営業マンは、「コーヒー1杯(150ml) には100mgのカフェインが含まれており、カフェインには、自律神経である交感神経を刺激してエネルギー消費を促進し、集中力を高める効果があります。だから、職場にコーヒーマシンを導入すれば生産性が上がりますよ」と言います。そして、図2のようなデータを見せてくれました。
図2.jpg
②このデータは、多数のオペレーターを雇って電話セールスをしている会社のオペレーター・グループの生産性(セールス獲得率)とそのグループの1日のコーヒーの消費量を散布図にしたものです。これを見ると、コーヒーの消費量と生産性という二つの変数の間には正の相関関係があることは明らかです。コーヒー消費量の多いグループほど生産性が高いと表現できるかもしれません。それでは、職場にコーヒーマシンを導入して、職員にコーヒーを飲ませれば、生産性が上がると言えるのでしょうか?
③ 実は、このような相関関係を示した散布図から、因果関係を想定するには注意が要ります。問題が少なくとも二つあります。最初の問題は、因果(原因と結果)の方向の問題です。仮に生産性の代わりに「私の気分」、コーヒー消費量の代わりに「その日の気圧」であったら、気圧のレベル(原因)によって私の気分が変化する(結果)と言えます。私の気分が変わっても気圧が変化することはあり得ないからです。図のように縦軸に生産性、横軸にコーヒー消費量を取ると、あたかもコーヒーを飲むと生産性が上がるように見えますが、縦軸と横軸を転換してみてください。その場合の自然な解釈は、仕事を一生懸命行って生産性を上げると、(疲れるので)コーヒーをより多く飲むというものです。逆の因果関係です。ですから、コーヒーをより多く飲んだからと言って、生産性が上がるとは限りません。
④このように、相関関係は二つの事柄の関係を記述するだけで、因果の方向までは決めてくれないのです。冒頭のセールスマンの詳しい説明は、コーヒーの消費→生産性の上昇の根拠となる因果のメカニズムを示したものですが、反対の困果の方向の説明では、生産性の上昇→コーヒーの消費という別の因果のメカニズムが提供されていることになります。この場合、少なくとも生産性の上昇とコーヒーの消費量の上昇のどちらが時間的に先行しているのかの確認が必要です。
⑤ もう一つの問題は、コーヒーの消費量と生産性の間の相関関係が見せかけにすぎない可能性です。たとえば、各オペレーター・グループにグループの業績管理をしているリーダーがいるとします。リーダーの業績に対する意欲は様々だとします。意欲あふれるリーダーがいるグループではメンバーは一生懸命仕事をするので、生産性が上がります。一方、意欲あふれるリーダーが必死に業績管理をすれば、グループのメンバーにはストレスがたまり、それを解消するためにコーヒーを飲むようになるかもしれません。この場合には、リーダーの業績管理の意欲と生産性、リーダーの業績管理の意欲とコーヒーの消費量との間には因果関係がありますが、コーヒーの消費量と生産性の間の相関関係は(少なくとも部分的には)見せかけだということになります。この場合、見せかけの相関を生んだのは、「リーダーの業績に対する意欲」という要因ですが、これは当初の生産性とコーヒー消費量という二つの変数だけを考えていた場合に比べると隠れていたことになります。このような要因を潜在変数と言います。性別や年齢、時間の経過などが代表的な潜在変数です。もっとも、このような潜在変数がある場合でも、コーヒーの消費量と生産性の間に因果関係が残っている場合もあります。
⑥ さらに問題なのは、このような潜在変数はいろいろ考えることができることです。たと
えば、会社の社長が全社員を前に、会社のビジョンを語り、熱心に社員の動機付けをしているとします。このような動機付けは、「リーダーの業績に対する意欲」だけでなく、職員の動機付けも強化しますし、これらがコーヒーの消費量と生産性の双方に影響することも考えられます。このように複雑になってくると、因果関係に関するモデルを作る必要が出てきます。下に因果関係に関する構造図の例をあげておきます。

図3.jpg
資料4
身体的特徴と出世
① アメリカのビジネスの世界では、肥満や喫煙習慣は出世にとって不利だとよく言われる。太っていることは、喫煙をやめられないことと同様、自分をコントロールできないことの証拠であり、エリート・ビジネスマンに必要な自己管理能力の欠如を示しているとみなされ昇進する上で不利になる、ということらしい。そこまで言わなくてもよいではないかとも思ってしまう。身体的特徴に基づく不当な差別である、という批判が出てくるのも当然かもしれない。しかし、これについての当否はともかく、身体上の特徴が原因となって出世や所得に影響が出るという因果関係は、はたして現実に存在しているのか。
②歴史をさかのぼると、社会的身分が体格に影響するという逆の因果関係の方がむしろふつうに存在していた。どの国でも、昔は身分の高い人ほど体格が良かった。彼らの栄養状態が良かったからである。たとえば、昔はイギリスの上流階級の人は、庶民より優に頭一つぶん背が高かったから簡単に見分けがついた。十九世紀初め、イギリスの王立士官学校に入学した平均十四歳の上流階級の少年たちは、同年齢で海軍に入隊した労働者階級出身の新兵に比べて二五センチメートルは背が高かったという。ずいぶんな違いである。
③現代のアメリカで、肥満への差別ということが問題になっているということは、庶民階級が食べるに困るほど貧しかった時代は少なくとも先進国では過去のものとなった、ということを意味するのだろう。それはそれで、喜ばしいことである。
④なぜ身長のような身体的特徴と出世との間にこのような相関関係が観察されるのだろうか。背が高いと周りから信頼感を得やすく、仕事上のパフォーマンス(実績)も自ずとよくなるからだろうか。あるいは、自分に自信を持つために仕事にも積極的になって成功するからだろうか。このような推論は、実際に身長が所得に影響を及ぼしていることを想定している。しかし、もしかすると身長が高いということは、子どものころから裕福な家庭に育って栄養状態が良かった結果であり、また裕福な家庭であったから高い教育を受けることができて、現在の所得も高くなっているのかもしれない。それならば、背の高さは所得を決める本当の原因ではないことになる。
⑤ 後者の例では、本当に所得に影響しているのはその人が裕福な家庭に生まれたことである。つまり、親の所得が原因であり、観察された身長と所得の2つの事柄の間に見られる計測可能で数量的な比例関係ということになる。このような関係は、「偽の相関」とも呼ばれる。因果関係があると言えるためには、親の所得のような他の変数が同じ値をとったとしても、なおかつ身長が本人の所得に影響を及ぼしていることが必要である。他の変数の影響をそろえる、すなわち統制(コントロール)した上でも、相関関係が確認できなければならない。
参考文献(一部編集・改変 久米郁男『原因を推論する-政治分析方法論のすヽめ」有斐閣(2013)

資料5自制心と欲求充足
① 発端は、1960年代にスタンフォード大学のビング保育園で行なった単純な実験で、学生たちと私は、園児たちにとっては厳しいジレンマを突きつけた。報酬一つをただちにもらうか、一人きりで最長20分待って、より多くの報酬をもらうかの、どちらかを選ばせたのだ。たとえば、エイミーは、ほしければすぐに食べられるマシュマロ1個と、待てばもらえる2個のマシュマロと向かいあって、一人でテーブルに着く。マシュマロの脇には卓上ベルがあり、いつ鳴らして研究者を呼び戻し、1個のほうのマシュマロを食べてもいい。だが、研究者が戻るまで20分待ち、それまで席を離れたりマシュマロを食べ始めたりしていなければ、2個のほうがもらえる。子どもたちがベルを鳴らすのを我慢しようと悪戦苦闘する様子は涙ぐましく、彼らの創意工夫には思わず拍手して声援を送りたくなり、幼児さえもが誘惑に耐え、あとでご褒美をもらうために我慢する能力を秘めているのだと思うと、新鮮な希望が湧く。
② 未就学児たちが待ち続けようとして何をし、欲求の充足の先延ばしにどうやって成功したか、あるいは失敗したかからは、意外にも、彼らの将来について多くが予想できることがわかった。4歳か5歳のときに待てる秒数が多いほど、米国の大学進学適性試験の点数が良く、青年期の社会的・認知的機能の評価が高かった。就学前にマシュマロ・テストで長く待てた人は、27歳から32歳にかけて、肥満指数が低く、自尊心が強く、目標を効果的に追求し、欲求不満やストレスにうまく対処できた。中年期には、一貫して待つことのできた(先延ばしにする能力の高い)人と、できなかった(先延ばしにする能力の低い)人では、中毒や肥満と結びついた領域の脳スキャン画像ではっきり違いが見られた。
③ この自制する能力は民族によって異なるのだろうか。私はある年の夏を、トリニダード島の南端にある小さな村のそばで過ごした。島のこのあたりの住民は、アフリカ系かアジア系のどちらかで、その祖先は奴隷か年季奉公人としてこの地にやってきた。どちらのグループも、一本の長い泥道を挟んで、それぞれ別の側に建てた家々で平和に暮らしていた。
④ 私は近隣の人たちを知るにつれ、彼らが語る自らの生活の話に魅了された。また、二つのグループが互いに相手の特徴をどう捉えているかには、一貫性があることに気づいた。アジア系の住民によると、アフリカ系の人は快楽のことしか頭になく、衝動的で、楽しい時間を過ごして後先のことを考えずに暮らすのに熱心で、将来についてはあらかじめ計画も立てなければ、考えもしないという。一方、アフリカ系の住民の目に映るアジア系の人は、いつも将来のためにあくせく働き、人生を楽しむこともなく、せっせとお金をマットレスの下にため込んでいる。両者の説明を聞くと、有名なイソップのアリとキリギリスの寓話を思い出さずにはいられなかった。無精で快楽主義のキリギリスは、夏の日差しの中、あたりを跳ね回り、幸せそうに鳴き声を上げ、今、この瞬間を楽しんでいるのに対して、心配性で働き者のアリは、冬に備えて食糧集めに精を出す。キリギリスが快楽にふける一方、アリはあとで生き延びるために、欲求充足を先延ばしにしている。親たちから聞かされていた固定観念を裏づけるように、トリニダード島のアフリカ系の子どもはたいてい即時の報酬を好み、アジア系の家庭の子どもは先延ばしにした報酬を選ぶことがずっと多かった。だが、たんにそれだけのはずがない。父親不在の家庭(当時、トリニダード島のアフリカ系住民の間ではありふれていたが、アジア系ではごく稀だった)の子どもは、約束を守る男性に接したことがあまりなかったのかもしれない。もしそうなら、見知らぬ人(私)が約束した先延ばしの報酬を持ってあとで現われるとは信じにくいはずだ。「あとで」が現実のものとなるという信頼がないかぎり、「今すぐ」を見送るまっとうな理由はない。事実、男性が一緒に暮らしている家庭の子供だけに注目して2つの民族グループを比較すると、両者の違いは消えてしまった。
参考文献(一部編集・改変、ウォルター・ミンェル柴田裕之訳『マシュマロ・テスト―_成功する子・しない子』早川書房(2015)

資料7
社会疫学
① 個々の社会が持っている社会構造はその社会における有利と不利の分布を生じ、この分布が社会における健康と疾病の分布を形成する。
② 社会疫学は、こうした社会構造―個人健康および疾病の関連を多重レベルからなる相互関係としてとらえようとする点に特色がある(図4)。

図4.jpg
②社会疫学では、身体的・心理的・社会的な側面を統合した視点(bio‐psychologicparadigm)を重要視する。現代医学が多くは生物学的なメカニズムに注目している。しかし、社会構造が人の健康に影響を与える経路を理解するためには、これに加えて、心理社会学的な視点が不可欠である。ストレス科学の進展にともない、生活上の出来事や日常的な困難などの心理的な刺激(ストレッサー)によって、視床下部―下垂体―副腎を介したアドレナリン放出および交感神経興奮を介したノルアドレナリン放出を通じて、心拍、血圧、血糖値、免疫能などの身体機能に影響が及ぶことが明らかとなっている。また人の行動が学習や社会規範によって影響を受けることは、行動科学・心理学・社会心理学の研究の蓄積から明らかになっている。これらから、社会構造はそれに応じた特徴的な社会環境や労働環境、あるいは物質的環境をその社会内に形成し、これが人の心理および行動に影響を与え、これらが神経内分泌学的な経路を介し、あるいは直接に人の身体に変化を生じると考えられている。社会疫学はこうしたモデルに基づいて、社会構造が健康に及ぼす影響を明らかにしようとしている。
③ たとえば、経済的水準の低さや貧困が健康状態の悪さや疾病の発生に関係していることは古くから知られている。経済的水準と健康の関係は、国間の比較において顕著に観察される。例えば、世界銀行の報告では、1人あたり国民総生産(GNP)と平均寿命の間には明らかな相関関係があり、GNPが増えると平均寿命は増加する。この関係は特にGNPの低い国々で顕著である。貧困は、衣服、食物、住居、医療など健康にとって必要最小限度の必需品へのアクセスを制限し、これによって健康の悪化を招くであろうことは十分に理解できる。貧困による生活必需品の入手困難がなくとも、収入の水準により得られる、バランスのとれた栄養、快適な持ち家、自家用車の所有などの豊かさは連続的に健康に関連しているのかもしれない。こうした物質的な豊かさは、社会心理的な満足を通じて健康に寄与する可能性も指摘されている。また、社会関係資本と健康の関係も議論されている。社会関係資本は、ある社会における相互信頼の水準や相互利益、相互扶助に対する考え方(規範)の特徴と定義されている。社会関係資本は、相互信頼など集団の社会的活動の基本構造である。人間関係資本は、個人を支え、集団としての行動を促進する働きを持っており、また個人的な利益ではなく公共の利益を生み出す点に特徴がある。ある研究者グループは、米国の36州で実施された世論調査から、「たいていの人は機会があれば自分を利用しようとしている」と回答した住民の割合を求め、これと各州の年齢別死亡率の間の相関を検討した。他人が自分を利用しようとしていると回答した者の割合が多い州ほど、年齢別死亡率が高かった、この結果から著者らは社会的な信頼感が健康に影響を与えている可能性があるとしている。
④さらに、社会疫学では、社会構造が人の生涯のごく初期にもたらす影響や、生涯の期間を通じて蓄積的に作用する生じる影響が、人の健康を決定する要因であるというライフコースの視点も重視している。ライフコース学は「胎児期、幼少期、思春期、青年期およびその後の成人期における物理的・社会的曝露による成人疾病リスクヘの長期的影響に関する学問」と定義される。ライフコース・アプローチによる疾病要因の相互の因果関係は図5に示す4つのモデルを用いることが多い。大まかに分けて、モデル(a)とモデル(b)はリスクの蓄積モデル。モデル(c)とモデル(d)はリスクの連鎖モデルである。
⑤ このうち、モデル(a)は異なるタイミングにおいて、さまざまな独立したリスクが蓄積して疾病発症にいたるモデルである。たとえば、成人期の高血圧を、幼少期における鉛の曝露1、学童期における運動不足、青年期におけるアルコール摂取により発症するというモデルを立てることができる。モデル(b)はリスクが1つの大きな要因から派生しており、集積化している点で異なる。たとえば喘息は貧困という大きな要因から派生した喫煙曝露、服薬コンプライアンス2の低さ、犯罪の多い地域という住環境で病院にアクセスしにくい、という要因によって発症した。というモデルを立てることができる。モデル(c)は要因Aによって要因Bがおき、要因Bによって要因Cがおき、そして疾病が発症するというモデルである。この連鎖反応は決定的なものである必要はなく、確率が高いつながりであればよい。モデル(c)はさらに、個々の要因が独立に疾病発症に影響するというモデルである。たとえば、心疾患を引き起こすモデルとして職場での長時間労働(A)により運動不足になり(B)、それによって肥満になった(c)というケースを考えた場合、リスクは連鎖しながらもA、B、Cのどれもが心疾患を引き起こすリスクとなっている。この場合、それぞれのリスク要因が発症に付加効果(additive effect)をもたらしているので、リスクの蓄積の一種と考えることもできるしモデル(d)は、最後の要因(c)のみが疾病発症の直接的要因であって、それ以前の要因(A、B)は疾病発症に影響しない場合のモデルである。たえば、親を亡くし(A)、ギャングと付き合うようになり(B)、薬物乱用をした(c)場合にHIVを発症するが。HIVに感染する直接の要因は(c)のみである。これは引き金効果(trigger effect)と呼ばれる。

図5.jpg

参考文献(一部編集・改変)川上憲人・小林廉毅・橋本英樹[編]『社会格差と健康―社会疫学からのアプローチ』東京大学出版会(2006)と川上憲人・橋本英樹。近藤尚己[編]『社会と健康―健康格差解消に向けた統合科学的アプローチ』東京大学出版会(2015)
1ばくろ:さらされること
2:医師・薬剤師の指示通り、きちんと服薬すること

まんが.jpg

(2)考え方と注意事項


問2・問3
①図5の連鎖モデルか重積モデルかを選択すること。
②因果関係と相関関係の両方を図示・解説すること。
 特に相関関係と判断した理由を記すこと。
  1)潜在変数が存在する 2)逆の因果関係
 1)の場合に想定される潜在変数も考えて書くこと

因果関係.png

(3)解答例


問1
因果関係とはある事柄を原因として、ある結果が生じる場合を言う。因果関係の成立には、2つの事柄間に計測可能で数量的な比例関係である相関関係を持ち、恒常的連結性があり、検証可能性が条件となる。相関関係から因果関係に迫るには、統計や散布図を用いる手法がある。相関関係は因果の方向を判断できず、逆の因果関係の可能性も考えられるので、事柄の時間的前後関係を確認する必要がある。潜在変数がある場合には、「偽の相関」の可能性があるが、この場合にも2つの事柄の間に因果関係が残っている可能性を排除できない。その因果関係を証明するには、他の変数の影響を統御した上でも、相関関係が確認できなければならない。(299字)

問2

問2改定.png
問3
糖尿病発症の直接的な発症要因は肥満である。肥満の原因は不適切な食習慣と運動不足にある。以下その機序を論じる。平均年収が少ないと社会関係資本も減って相互信頼の水準が低下して孤立する。対人関係への不信感はストレスの増加となり、これを解消しようと高脂質・高カロリーの食事を摂り食事の栄養バランスも低下する。また飲酒量も増えることで肥満につながる。社会関係資本(子供の生育環境)が整っていれば子供は成人して自制心がつき栄養バランスを考えた食事を選択する。暴飲暴食を防ぎ1日の摂取カロリーや脂質を抑え飲酒も適量となる。この食習慣は肥満を防ぐ。自制心があれば欲求不満に対処しストレスが軽減する。ストレスや自制心と栄養バランスのとれた食事、摂取カロリー・脂質、飲酒量は潜在変数の存在(ストレスは料理人などの職務上の背景、自制心は精神的な疾患)も考えられるので、これを相関関係と捉えた。年収が高い人は費用や時間的な面で十分な運動時間を確保できるが、低い人は働いても生活費をまかなうことだけで精一杯で運動に充てる時間が取れず運動不足となり肥満となる。運動習慣や年収の多寡は個人の性格や嗜好、家庭環境などの潜在変数が考えられるので、両者の関係は因果関係ではなく、相関関係である。このような肥満が糖尿病の発症率を高め、最終的に糖尿病の死亡率も上昇する。以上、因子の連鎖によって平均年収が糖尿病の死亡率と因果関係を持つ。
(500字)

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