「ツインレイを応援しています!」と、上辺の言葉でポイントを稼がないといけないほど己の実力を思い知ったのか。お前、覚えてるぞ。

記事
コラム
なんか名前を知っているのです。
当時は花のアイコンだったような……(それはうろ覚えです)。

2023/09/11 の記事ですね。
なんだ「フラット期」って。と思ったのをよく覚えています。


たぶん、それに対して私が述べたのはこの記事ですかね?
『幸せになるお手伝い』と言って次に、『こう言うのは失敗です』と人の人生の否定に入るのです。
https://coconala.com/blogs/2997019/342344

お前は本当に“ツインレイ”を知って、それを語っているのか? と、私はちょっと不思議に思います。

違うような気もしますけど……。


こっちか?
何かあった時に、『“わかっています”風に解説を述べて己の評価を上げようとする人』と、「日ごろから相手にどう思われようと己を述べられる人」では、確かに、違うのでしょう。
https://coconala.com/blogs/2997019/342802

これならタイトルと繋がります。

あとになって「私は、“わかっています・できています・知っています”風に解説を述べて己の評価を上げようとする人」です。


***

ツインレイでよくありがちですけど、
「行動できる人はすごい」と相手を褒めているようで、そのアドバイスを本人が言いたいだけですからね。

つまり、ツインレイで誰かの役に立ちたいと言う己の承認欲求を満たしたいだけです。


お前、自分は変われなかったのか。


まぁ、早いからいい。すごい。と言った「早い・遅いに優劣を感じている」と言うことです。

「サイレント期間を早く明ける方法(=私を頼りましょう)」とか煽ってくる手法ですね。


本人は善悪二元論をまだ脱していないようですね。

「ツインレイは光と闇を超越する」と言う話は“光VS闇=どっちか1つ”ではなく、「光と闇は対等であり、2つで1つ」と言う意味なのかな?と改めて考えてみました。
https://coconala.com/blogs/2997019/390376
善悪二元論とは、善と悪により分類し、悪を排他する意識のことである。

この意識は必ず『自分が善』であり『他人が悪』である。

...

特徴として、善悪二元論は『悪を創りつづける』ことにあり『自分は善』であること。その悪の定義は人それぞれ違い、悪を忌むところがある。

人に悪を見つけては「あのような人間にはなりたくない」と思うのが私たちのなかに存在する善悪二元論的な思想である。また、これが人の本質にある。
***
「ツインレイの世界線の選択ルートマップ」…by私の7人目のツインフレームの彼女
https://coconala.com/blogs/2997019/406543
二元性へとどまってしまうとは、善悪二元論でもあるが、これは『精神』である。正しい心を持っているともいえる。そして正論的であり、自身のなかに『あれをしてはならない』という考え方も生じる。

そのとき、私たちは自身へ『禁止』を行い、他者へも『禁止』を行うことになる。

なぜ私たちは、道徳精神を中心にし、考え方を展開しているのかと言えば、それは『神に縛られているから』である。神に縛られている限り私たちは一人前とは認識されないし、一人前でないならば、私たちは神の道徳に従い、道徳により生じる善悪を中心的に試走せねばならない。



だから「応援しています!」と上辺の言葉で己のポイントを稼ごうとするのです。


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