「親切に教えました」ではダメ? ~「~てくれる」をなぜ使うのか?~

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 今日は「あげる・もらう・くれる」という授受表現の中で特に「くれる」を日本人がなぜ使うのかというテーマでお話ししていきます。

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 ある時、おばあさんが重い荷物を持って歩いていました。それを見た親切な男性が「お荷物、お持ちしますよ」とおばあさんに声をかけました。おばあさんはその男性に感謝して「まあ、ありがとうございます」と答えました。おばあさんは、その時のことを何と言うでしょうか。「A.親切な人が私の荷物を持ちました」「B.親切な人が私の荷物を持ってくれました」日本語のネイティブスピーカーなら、必ず「B.持ってくれました」を使うでしょう。「持ちました」でも事実としては同じことを表していますが、なぜ「持ってくれました」と言うのでしょうか。それは、おばあさんが感謝しているからです。

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 もしおばあさんが、「自分で持てるのに若い人が勝手に持って行った」とか、「若い人がお年寄りの荷物を持つのは当然のことだから私が感謝する必要はない」と思っていたら、「持ってくれました」と言わずに「持ちました」と言うでしょう。つまり、日本語では同じ事実でも、話す人が感謝すべきことだと思っているか、感謝するようなことじゃないと思っているかによって、動詞の形を使い分けているということになります。このように言うと、ある人は疑問に思うかもしれません。「先生、ちょっと待ってください。さっきは親切な人がって言っているんだから、感謝している意味になるでしょう。」と。

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 「親切に」とか「私のために」などの表現をつけても、動詞の後に「~てくれる」がくっついていないと、やはり日本語では感謝している意味が表せません。英語などの他の言語ではkindlyなどの副詞で表すことはあっても動詞の形を変えることがないので、日本語の「~てくれる」をつけ忘れてしまうのでしょう。しかし、日本語には「運んでくれる」という感謝の気持ちを表す専用の表現があるので、「~てくれる」を使わないで「運ぶ」と言ってしまったら、感謝の気持ちを持っていない意味になってしまいます。
 卒業式の日に留学生が「先生、今まで本当にありがとうございました。先生は私たちのために熱心に教えました」と言ってしまうと、せっかく感謝を表したかったのに、なんだか上から目線の言い方になってしまって、感謝が伝わりません。でも、こういう間違いがよくあるんです。日本語には感謝の気持ちを持っている場合と持っていない場合で動詞の形が変わるということを覚えておかないと、気持ちを伝えられないことがありますから、注意が必要です。

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 ここまでお話ししてきた「~てくれる」という表現ですが、日本語教育では、「あげる・もらう・くれる」という3つの動詞をまとめて「授受(じゅじゅ)表現」という名前で呼びます。
 なぜこの3つの動詞をまとめて教えるのかというと、この3つはすべて感謝の気持ちに関わっているという共通点があります。ただ、この三つの動詞を正しく使い分けるには、さまざまな条件を考える必要があります。主語がだれなのか、「~に」の部分に誰が来るのかを考えなければなりませんし、物をあげる場合は、誰から誰に物が移動するのかという方向性に注意しなければなりません。「誰に視点を置くか」という「視点」という言葉を使って説明する場合もあります。つまり、あげる人に注目して述べているのか、もらう人に注目して述べているのかということです。いつも、主語に視点があるわけではありません。「~に」の方に視点がある場合もあるのです。このようなさまざまな条件によって使い分けられるので、初級の日本語の勉強の中で特に難しい項目になっています。

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 さらに、難しいことに、「あげる・もらう・くれる」は一つの動詞として使われるだけでなく、他の動詞にくっついて使われることがあります。「くれる」を例に考えてみると、「友達がわたしにプレゼントをくれました」というのは、一つの動詞として使われている例です。このように使う場合は「くれる」は本動詞です。本動詞の場合は、必ず物の授受(じゅじゅ)、つまり、物をあげたり、もらったりする時だけ使われます。何か人がしてくれたという行為の授受を表す場合は、動詞の後に「~てくれる」の形をつけて、「若い人が私に席をゆずってくれました」のように言います。もちろん「~てあげる」「~てもらう」の形もあります。行為の授受にも三つの動詞の使い分けがあるので、少し解説しておきましょう。
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 まず、親切な行為の授受であることは三つに共通です。たとえば、「太郎君が学校に教科書を持ってくるのを忘れて困っていたので、花子さんが太郎くんに教科書を見せてあげました」こういう場面で、主語があげる人、つまり花子さんである場合、そして、花子さんを中心に述べる場合は、「花子さんは太郎君に教科書を見せてあげました。」と言います。

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 では、同じ場面で主語はもらう人、つまり太郎くんで、太郎くんを中心に述べる場合には、「太郎くんは花子さんに教科書を見せてもらいました」となります。つまり、「~てあげる」と「~てもらう」は主語があげる人なのか、もらう人なのかで使い分けるということです。

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 さて、では「~てくれる」はどんな時に使うかというと、あげる人が主語で、もらう人が私の場合です。この場面では「花子さんはわたしに教科書を見せてくれました」のように言います。ちょっと混乱してきたのではないでしょうか。「見せてあげました」ではダメなんですか?と思った人もいるかもしれませんね。「あげる」も「くれる」も主語はあげる人、つまり、giverが主語ですよね。同じgiveなのに、日本語には二つの動詞があるんですか?はい、そうなんです。行為を受ける人recieverが「私」や「私の家族」の場合は、「あげる」ではなくて「くれる」を使うのです。
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 では、整理してみましょう。(1)(2)(3)の中で絵の内容を正しく表している日本語はどれですか?(1)は「わたしに見せてあげました」になっていますから間違いです。「わたしに」の時は「見せてくれました」の形にしなければなりません。「わたし」という言葉は特別です。人間は「わたし」を中心にいつも考えていますから、「わたし」に視点を置きます。「あげる」は主語に視点を置く表現ですから、「花子さん」に視点が置かれることになってしまいます。「わたし」に視点が置かれるはずなので、間違いになるということです。
 (2)はわたしが主語です。そして、私はもらう人です。これは正しい使い方です。
 では(3)も正しい使い方ですか?「花子さんが見せました、正しいですよね?」と思ってしまいましたか?いいえ(3)も間違いです。花子さんは親切な行為をしたのに、ただ「見せました」というと親切な行為だと思っていないことになってしまいます。これが最初にお話しした問題です。(3)は「見せてくれました」に直さなければなりません。「あげる・もらう・くれる」をまとめて勉強して、さらに、本動詞の使い方と補助動詞の使い方、主語がだれなのか、方向性は・・・・などなどいろんなことを勉強しているうちに、一番大切なことを見落としてしまいます。それは「なぜ使うんですか?」という問題です。ただ、事実だけを考えれば、「花子さんがわたしに教科書を見せました」は正しいと思うでしょう。しかし、日本語では事実だけではなく、親切な行為に感謝しているなら、それを表す専用の形を使わなければ間違いになってしまうのです。
 今日は、「くれる」をなぜ使うのか、というテーマでお話してきました。周りの日本人の友達や日本人の先生と良い人間関係を作るためにも、「~てくれました」とか「~てくださいました」という表現を正しく使えるようになりましょう。

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